北中米ワールドカップで得た経験を、次は2年後のロサンゼルスオリンピックにつなげる。日本代表FW後藤啓介(フライブルク)はW杯敗退から一夜明け、ロス五輪世代の中心として歴史を塗り替える決意を語った。

 後藤はグループリーグ第2節・チュニジア戦で後半39分に途中出場してW杯デビュー。だが、出場はその1試合のみに終わった。大会終了後の感情を「何もできなかった悔しさとか、全員の目標にしていた優勝を達成できなかった悔しさ」と表現した。

 その思いを噛みしめながら、次の大会を見据える。後藤は敗退後、自身のインスタグラムで「2028年。大会は違いますが、もう一度このアメリカの地で闘い、新たな歴史を作りましょう」と投稿し、次の目標を示していた。

 囲み取材でその投稿について「2028年はコパ・アメリカではない。ロス五輪としっかり書いておいてほしい」と誤解を解きつつ、その真意を真剣な表情で語る。2005年生まれ以降が出場資格を持つロス五輪。05年6月3日生まれの後藤は「最年長としてロス五輪に出られる世代。このW杯を経験したのはおれと(塩貝)健人だけ。その二人がロス世代を引っ張っていかないといけない」と力を込めた。

 05年3月26日生まれの塩貝もロス五輪世代だ。後藤はW杯という大舞台を経験し、塩貝とともにその責任を果たすつもりだ。

「何十万人という中で、この経験ができたのは僕たち2人だけ。絶対につなげていかないといけないというのは、先輩方の表情や思いを見てすごく感じた」。W杯で得た経験を五輪世代へ共有し、さらに2年後の2030年ワールドカップにつなげる。それが後藤の描く道筋だ。

「世界で一番大きな大会を経験できた。次の五輪でも一緒に出る選手たちと、この舞台がどういうものかをしっかり共有したい。大会は違っても規模はかなり大きいので、まずそこでひとつ歴史を塗り替える。その2年後のW杯では、東京世代のようにロス世代が引っ張っていければ」

 五輪は代表招集の拘束力がなく、クラブが送り出す形で参加可能。所属クラブ次第では、五輪参加のハードルは高くなる。だが、今夏にフライブルクに加入する後藤は「クラブ次第にはなるけど、僕は出たい」と現時点で五輪出場を強く望んだ。

「このW杯を経験して、日本がW杯で勝つためには、大きな舞台で戦う選手が増えないといけないと感じた。そこで勝って優勝することがかなり重要だと思った。僕はU-20ワールドカップに出ていないので五輪はすごく重要になる。そこで結果を残して優勝することが2030年につながる」

 後藤や塩貝を筆頭に、ロス五輪世代はMF佐藤龍之介(FC東京)、MF大関友翔(川崎F)、GKピサノアレックス幸冬堀尾(名古屋)とすでにA代表デビューをしている選手も多く、さらにDF小杉啓太(フランクフルト)やDF市原吏音(AZ)、DF喜多壱也(ソシエダB)と海外で実戦経験を積んでいる選手も増加。後藤自身もロサンゼルス世代に可能性を感じている。

「パリ世代や東京世代と比べても海外でプレーしている選手がかなり多い。各国が必ずしもベストメンバーを揃えられる大会ではないけど、だからこそ優勝する価値はある。かなりチャンスはあると思う。そこでひとつ歴史を塗り替えたい」

 W杯を通じて、その思いはさらに強くなった。

「ずっと五輪には出たいと思っていましたけど、この大会を通して、(長友)佑都さんだったり先輩方が引っ張ってきてくれた思いを、チームの中でより感じた。2030年につなげるためには、やっぱり2028年、僕たちがしっかり優勝しないといけないと思った」

 代表活動中、ベースキャンプ施設を訪問したU-21日本代表の大岩剛監督と笑顔で言葉を交わした。大岩監督は昨年9月のU23アジア杯予選で後藤と塩貝を指揮。当時ベンチスタートが続いた後藤は指揮官に直談判し、出場機会を求めて練習場で15分ほど話し込んだこともあった。

 後藤はひさびさに再会した大岩監督からの言葉を明かす。「大岩さんからは『もう(五輪代表に)呼べないぐらいになってくれ』という話でした」。その大きな期待も受け止めながらも、なお五輪へのこだわりは強い。

「足りないものが多ければ多いほど成長する伸びしろがあると思うので、まだ何もかもが足りないのかなと思う」。W杯で見つけた多くの課題を、未来の財産に変える。世界の刺激を受けた新世代2人が、次代の日本代表を担っていく。

(取材・文 石川祐介)