北中米ワールドカップ決勝トーナメント1回戦。森保一監督が率いる日本代表はカルロ・アンチェロッティ監督のブラジル代表と戦い、1−2と逆転負けを喫した。ワールドカップ歴代最多5回の優勝を誇る王国を相手に先制したが、後半アディショナルタイムの失点で幕を閉じた。

「健闘」「善戦」「奮闘」......それらの表現がふさわしい試合だったと言える。

 しかしながら、本気で「ワールドカップ優勝」と言うのなら、重大なディテールの差に目を背けるべきではない。

 前半の日本はゲームプランどおりだった。序盤からボールを握られる展開を想定し、しっかりとブロックを作りながら、ブラジルの攻撃をうまくいなし、飲水タイムまでを乗りきった。「いい守りから」という森保監督の狙いが出た。

 一方、アンチェロッティ監督も「勝つためのチーム」に特化していた。ポゼッションを使いながら、じわじわと日本に足を使わせる狙いで、攻撃は崩しきれなかったが、勝負どころをうかがう不気味さがあった。90分間を通じて勝利する戦略だったのだ。


ブラジル戦の前半29分、佐野海舟のゴールで先制した日本代表だったが... photo by JMPA

 もっとも、日本が機先を制した。前半29分、佐野海舟がインターセプトから独力で持ち上がり、ドリブルから右足ミドルでゴールを突き刺した。相手と入れ替わる形で、全盛期と比べて反応が落ちたカゼミーロを嘲笑うかのような一撃だった。日本は劣勢ながらも、最大効率でリードに成功したのである。

 ひとりでゴールを決めた佐野は粘り強く、鋭い動きでタフさも見せ、今大会を通じた日本の躍進の殊勲者と言える。スウェーデン戦を"休養"したことで、パワー満タンだった。ヴィニシウス・ジュニオールの進撃に対してもクッションとなって、好きなようにやらせてはいなかった。

 ただ、ブラジルはそうした戦いを折り込み済みだったのである。後半、彼らは攻撃のインテンシティをどんどん上げてきた。ファーポストに早めにクロスを送るなど、日本のウイングバックの弱点をつく戦いは執拗だった。

【後半勝負だったブラジルに対して......】

 日本は徐々にラインが下がり始めると、クロッサーへの寄せがさらに遅くなってしまう。ほとんどフリーで正確なクロスを送られてしまうことで、その対応でも後手に回った。繰り返されるクロス攻撃に、守備のバランスは崩れていったのである。

 後半11分、ブラジルはカゼミーロが右ファーサイドに流れ、決して高さがあるとは言えない中村敬斗とミスマッチを起こすことで、豪快なヘディングを叩き込んでいる。この時も、クロッサーへの寄せが遅れていた。直前にも右からのクロスをファーで折り返し、カゼミーロがダイビングヘッドで際どいシュートを放っていた。予兆のあるゴールシーンだった。

 ブラジルは戦略的に"後半勝負"だった。

 たとえばカゼミーロは全盛期を過ぎ、前半は惨憺たる出来だったが、後半になると積極的にゴール前へ入り、自分の長所を敵の弱点にぶつけるしたたかさがあった。流れを読む目も感じさせた。また、ヴィニシウスも前半は冨安健洋、堂安律、佐野が作った守備網に苦戦する場面もあったが、試合が進むにつれて優位に立っている。後半途中から体力ゲージが再度フルになったかと錯覚を覚えるほどだった。

 森保監督はサイドの守備を補強しようと、中村に代えて鈴木淳之介、堂安に代えて菅原由勢を入れたが、それによって攻め手を失った。まるでPK戦を狙ったような引きこもり戦術は怯懦(きょうだ)に等しく、その臆病さをブラジルにつけ込まれた。つまり、タフに戦い抜く体力、あるいはその駆け引きという点で、日本は敗れたのだ。

「三笘薫、南野拓実、遠藤航がケガでメンバー外、久保建英も使えない状況でよく戦った」

 それは正論だが、戦い方の本質とすり替えるべきではない。たとえばブラジルがクロス中心に戦いを切り替えてきた時にズルズルと後ろに下がってしまうなど、自滅に等しかった。さんざんサイドから攻撃されたあと、今度は中央の守りが疎かになり、中へ決定的なパスを通されて失点した。田中碧のミスはカオスの一端に過ぎないだろう。森保ジャパン8年間の集大成の限界点が浮き彫りになったと言える。

 これだけ攻撃センスのある選手を抱えながら、"弱者の兵法"にならざるを得なかった。親善試合を含めて格上相手に勝つことはあったが、ことごとく受け身に回っていた。ボールを持つことができないなかで、受け身からの素早いカウンターは武器になったが、能動的な戦い、再現性のある試合はできなかったのである。

 百歩譲って、もし森保監督が「勝利に徹したチーム」を作り上げたのなら、引き分けても2位突破の可能性が高かったスウェーデン戦で、主力の鎌田大地、中村、上田を休ませるべきだった。また、守田英正を招集していたら、スウェーデン戦で鎌田の代わりに起用できただろう。これは"たら・れば"の話ではない。過去のワールドカップでも、日本が決勝トーナメントの1回戦で敗れているのは、それまでに主力を酷使してきた影響もあって、指揮官はそれに対する策を準備するべきだった。

「ワールドカップ優勝」

 そう口にしていた選手たちは全力を尽くした。しかしそれに乗っかった監督や煽った関係者、メディアは恥ずべきだろう。「感動をありがとう」は勝負の本質を曖昧にするだけだ。