リアは以前からADHDの支援を受けていたが、疲労や吐き気への対応を求めても「宿題を2日延ばす」「トイレは自由に行っていい」という形だけの変更で終わった。ダコタも特別支援の認定を得たものの、実際には授業も課題も以前と同じ量を求められた。
背景には、「ロング・コロナなんて存在しない」という教員や校長の偏見がある。制度が整っていても、それを運用する側が信じていなければ、子どもは救われない。

一方で、学校には出席率を維持しないと予算が減るという事情がある。そのため、欠席を繰り返す生徒への対応が”懲罰的”になる傾向が強い。ミズーリ州では、出席率が低い親が刑事罰を受ける可能性がある。インディアナ州では、欠席を「無断」と判断すれば家族が調査対象となる。診断書の提出を毎回求める学校もあり、慢性的な体調不良を抱える子どもほど不利になる。

「娘は病気で学校に行けないのに、制度はそれを”怠慢”と決めつける」とジョイは言う。リアが通う学区では、10日以上欠席すると自動的に科目落第となる規定があり、医療証明の更新が切れた瞬間、彼女の欠席は”違反”扱いに変わった。

「支援」から「排除」へ――オンライン学習の現実

結果として、多くの子どもがオンライン学習へと追い込まれている。リアは504プランを維持しながらも、欠席が相次いだことで在宅教育を選ばざるを得なかった。バーチャル授業で勉強は続けられても、友人との関係は薄れ、行事にも参加できない。「プロムにも行けなかった。みんなの中に自分の居場所がなくなっていく感じ」とリアは語る。

ダコタの学区では、彼を「オルタナティブ校」という別枠に転校させた。追加の支援はなく、本人は「病気ではなく怠け者と見なされた」と感じている。

教育省のデータでは、特別支援を必要とする生徒の数はパンデミック後に急増しているが、実際に適切なサポートを受けている子どもはごく一部だ。特別支援を監督する連邦機関も縮小され、監査や救済の仕組みは機能していない。

政府の後退と「忘れられた世代」

こうした現場の混乱を支えるべき連邦政策も、いま大きく後退している。第二次トランプ政権のもとで、NIHによるロング・コロナ研究「RECOVER」の約20億ドルの予算は打ち切られ、HHS(保健福祉省)のロング・コロナ研究室も閉鎖。ワクチン研究センターも縮小され、教育省の民権局は人員削減により未処理案件を抱えたままだ。

「数百万人のロング・コロナ患者がいるのに、連邦政府は背を向けている」と上院議員ティム・ケインは批判する。医療も教育も、支援の網がほどけていくなかで、病気を抱える家庭はますます孤立している。

「光を取り戻したい」――子どもたちの声

リアはようやく小児ロング・コロナ専門外来にたどり着き、塩分や電解質の摂取、薬の併用などで少しずつ回復し始めた。高校を卒業し、大学進学の準備を進めながら「新しい自分としてやり直したい」と語る。

一方のダコタは、「将来は外科医になりたい」と夢を描く。「人の話をちゃんと聞ける医者になりたい。意見や偏見が、誰かの回復を妨げてはいけないから」と。

母のミシェルは言う。「制度の隙間に落ちたまま、彼の光は少しずつ弱っていく。それが一番つらい」

”見えない障害”を、見ようとすることから

この記事が描くのは、単なる医療の問題ではない。それは、社会が「もう終わったこと」として切り捨てた病と、そこに取り残された子どもたちの物語だ。

ロング・コロナという言葉は、もはや一時的な診断名ではない。教育、医療、政策――すべてのレベルで支援を失い、孤立した若者たちをどう支えるか。

ジョイが言った言葉が、その問いを端的に示している。「見えない障害を抱える人は、共感すら得られない。世界がもう先へ進んでしまったみたいに感じるの」

忘れられた世代の声に耳を傾けること――それが、回復への第一歩なのかもしれない。

from Rolling Stone Japan