1966年「そば清」という店名で開業した名代 富士そば。実は根強いファンがいる、「カレーかつ丼」というメニューをご存知でしょうか?(筆者撮影)

外食チェーンに足を運ぶと、「定番ではないけど、ファンの多いメニュー」が少なからずあることに気づきます。店側はどんな思いで開発し、提供しているのでしょうか。

人気外食チェーン店の凄さを「いぶし銀メニュー」から見る連載。今回は「名代 富士そば」の「カレーかつ丼」を取り上げます。

飲食チェーンには「代名詞」「定番」というべきメニュー以外にも、知られざる企業努力・工夫を凝らされたものが数多く存在します。本連載では、そうした各チェーンで定番に隠れがちながら、根強い人気のある“いぶし銀”のようなメニューを紹介していきます。

富士そばは「かつカレー」よりも「カレーかつ丼」推し?

今回のテーマは、都内を中心に首都圏で多く店舗を展開している名代 富士そばのカレーかつ丼です。

「かつカレー」や「かつ丼」を目にしたことはあれど「カレーかつ丼」というのは非常に珍しい響き。実は富士そばでは、かつ丼こそあるものの、かつカレーはほとんど販売していません。その代わり……かはわかりませんが、かつカレーより多い店舗数で販売しているのが、今回扱うカレーかつ丼です。

SNS上では「カレーとかつ丼を食べたいときに最適」「富士そばはカレーかつ丼一択」といったファンの声があがっています。さて、いったいカレーかつ丼とはどんなメニューなのか。実食してみましょう。

【画像8枚】「かつカレーでもかつ丼でもない、まさにカレーかつ丼」…。名代 富士そばの「カレーかつ丼」はこんな感じ

都内駅前で目にすることの多い、富士そば。今回は、中央線沿線・吉祥寺駅前の富士そばを訪問しました。


お昼前なので、比較的すいていました(筆者撮影)

時刻は午前11時前、まだ昼時ではないこともあり、先客はまばらに数人ほど、男性のみ。


メニューサンプルが充実していて、何だかワクワクします(筆者撮影)

独特の盛り付け「カレーかつ丼」を実食

券売機でカレーかつ丼とそばのセットを購入し、店員さんに渡します。厨房のすぐ向かいの席に座り、卓上調味料を眺めながら待つこと、5分もかからずに提供されました。さすが、立ち食いをルーツに持つこともあり、非常にスピーディーです。

さて、到着したのがこちら。


これが富士そばの「カレーかつ丼」(筆者撮影)

カウンターから席まで持ってくる間にも、カレーの良い香りが鼻をくすぐります。

パッと見て思ったのが、通常のカレーライス(ないしかつカレー)ではカレー部分とライス部分がそれぞれゾーニングされているのに対し、このカレーかつ丼はそれがありません。


普通のカレーやかつカレーとは違う盛り付けが目を引きます(筆者撮影)

真ん中にかつの卵とじが鎮座し、その周囲を囲むようにカレーがかかっています。

さっそく一口いただきましょう。頬張って感じるのは、どこか懐かしく思える「カレーの中央値」とでも言うような味わい。安心感とともに「そうそう、カレーと言えばこれだよね」と妙な納得感があります。

具材で目立つのが、じゃがいも。しっかりと形を残しており、ルーだけで口当たりが平坦にならないのがうれしいところです。また、食べ進めていくと、牛肉らしき肉もあり、なかなかラッキー。

肝心のかつ部分は、かつが4切れ。「かつカレー」ではなく「かつ丼」としての側面が強いのか、衣はかなりしんなりとしています。一方で玉ねぎはシャキシャキ感がしっかりと残っており、アクセントとして十分。また、卵はしっかりめに火入れされていました。

かつ部分の味付けは甘めですが、主張が過度に強いことはなく、カレーと良い塩梅で調和しています。かつカレーでもかつ丼でもない、まさにカレーかつ丼というほかないメニューだと感じます。

脂の“暴力”を少し受け流すために、そばもいただきましょう。つゆの蓋を開けると、だしの香りがかつとカレーの風味でいっぱいになった鼻腔を洗い流してくれます。


もちろんそばもいただきます(筆者撮影)

そばはコシがしっかりしており、のど越しも良く狙い通り、口の中をさっぱりとさせてくれました。あっさりとしたそば、そしてこってりとしたカレーかつ丼のコンビネーションを楽しみつつ、あっという間に完食です。

生そばに座席シフト、演歌BGM…激動の1990年代

さて、あらためて富士そばの紹介です。公式Webサイトによると、富士そばが開業したのは1966年で、当時は「そば清」という店名でした。

1号店を渋谷に、そして続く2号店は新宿、3号店を池袋と都内の繁華街へと次々に出店していきました。その後、24時間営業も行いつつ店舗を増やしていきます。


1974年ごろの池袋店の様子(出所:富士そば公式Webサイト)

長い歴史の中でいくつかの転機があり、その一つが平成の初期に生そばを店内で茹でるようにしたこと。以前は茹でそばをあたためて提供していたそうですが、店内で生そばを茹でるようになったことで、より高品質な商品を提供できるようになりました。

その他では、1990年代から女性客にも利用してもらおうと、座席で食事できる店舗を増やしていきました。その結果、今や店舗数が100を超える中で立ち食い形態の店舗は笹塚店のみ。当初は女性客がほとんどいなかったところから、現在は1店舗当たり2〜3割程度にまで増えているそうです。

今では店内で演歌が流れているのが一般的な富士そばですが、もともと有線でラジオや音楽を流していたのを演歌に切り替えたのも、1990年代から。

創業者の丹道夫氏が演歌の作詞を始めたことをきっかけに、店舗でも流すようにしたとか。余談ですが、2006年にはビクターエンタテインメントから『演歌魂〜富士そば編〜』というCDも登場しています。

そんな富士そば、きつねやたぬきといった定番に加え、同チェーンならではの「特撰富士そば(うどん)」や「肉富士そば(うどん)」、さらにはSNSで話題になるような独特なメニューも数多く提供しているのが特徴です。

開発企画広報を務める工藤寛顕さんによると、メニューのうち安定して人気があるのは「天ぷらそば(うどん)」と「紅生姜天そば(うどん)」とのこと。その他、醬油ラーメンやかつ丼も人気があり、多いときでは1日に200食ほどの注文があるそうです。


高い人気を誇るという2商品(筆者撮影)

ちなみに、そばとうどんのいずれかを選べるメニューでは、そば派が7〜8割、うどん派が2〜3割といい、うどん派もそれなりにいることがうかがえます。

富士そばにかつカレーが(ほとんど)ないワケ

そんな中、今回のメインであるカレーかつ丼が登場したのは1995年。富士そばではメニューの企画開発で現場の裁量が大きく、このカレーかつ丼も、池袋店(当時)の店長を務めていた方の考案だといいます。

「もともとは水道橋にあった店舗の店長を務めていた方なのですが、そのときに水道橋限定でかつ丼を発売したんです。その後池袋店に異動となってからもかつ丼を販売していると、あるお客さんから『かつカレーが食べたい』と言われたそうで、そこからカレーかつ丼の開発が始まりました」(工藤さん)

なぜ「かつカレーが食べたい」という声を受けたのに「カレーかつ丼」という着地になったのか、気になるところ。

工藤さんによると、富士そばは立ち食いがルーツであることから、スピーディーに商品を提供するために基本的にかつを「揚げ置き」しています。これが「かつ丼はあるのに、かつカレーが(ほとんど)富士そばにない」ことの答えです。

つまり、揚げ置きしたかつでも、鍋で卵とじにしてあたためられるかつ丼ならおいしい状態で提供できますが、カレーの上にかつを載せるかつカレーでは、揚げ置きでは不十分だと判断し、基本的にかつカレーを提供していないのです。

だからこそ、かつカレーが食べたいという声から、かつが温かい状態で、なおかつカレーも楽しめるメニューとして「カレーかつ丼」という結末に至りました。

ちなみに現在は平らな皿で提供されるカレーかつ丼ですが、もともとはかつ丼にカレーをかけて提供していたとのこと。「それでは見た目のインパクトがないため、より洋風に見えてユニークな現在の形に変更しました」と工藤さんは振り返ります。

ちなみに「富士そばといえば」という商品の筆頭格である、肉富士そば(うどん)も、この店長が考案したとか。工藤さんいわく「お客さんが求めるのは肉だ、という強い信念を持って数々のメニューを開発された方です」とのこと。

「売れる」のに、なぜか「売らない」店も

2025年で30周年と、長い歴史を持つカレーかつ丼ですが、その特徴はそば用のだしをカレールーや、かつの卵とじに使っていることだと工藤さん。

その他では、かつの厚さにリニューアルを加えたり、具材のゴロゴロ感を出すために何度もカレーの変更もしたりしてきたといいます。

「特に大きく変わったのが、15年ほど前にカレーのコンセプトとして『家庭の味の延長線上』を打ち出したタイミングでした。

それまではこれといった軸がなく『おいしければ良い』という考え方でリニューアルをしていたのですが、以降は家庭で味わうカレーを軸に、若干辛さを足したり、具材を増やしたりといった改良を重ねています」

面白いのが、カレーライスは全店、かつ丼も笹塚店を除いて提供しており、理論上は笹塚店以外でかつカレー丼を提供できるにもかかわらず、そうなっていないこと(コラボフェア時などを除く)。

工藤さんによると、提供している店舗は90ほどで、特に本部から売るように指示することもないそうです。その理由とは?

本部が「売るように」と指示しない理由

「『売らないなら、まあ良いか』くらいの受け止めです(笑)。

というのも、富士そばの良さって、ある種の『緩さ』だと思うんですよね。チェーン店らしくないところがあり、商品の企画もそうですし、現場にゆだねる部分が大きいのが、富士そばだと考えています。

“あそび”を残して、仕事の楽しさを味わってもらう。それが活力になりますし、お客さまから評価されることにもつながるのかな、と」(工藤さん)

工藤さんの話す通り、かつ丼やカレーかつ丼など、さまざまなメニューが現場発で生まれ、ファンをつかんできた富士そば。

今後もどんなユニークなメニューが出るのか楽しみです。


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(鬼頭 勇大 : フリーライター・編集者)