仁川(インチョン)で燃えたEVを移動させる警察(写真:EPA=時事)

ここ数年、世界で急速に普及が進んだEV(電気自動車)。足元では欧米を中心にその勢いに陰りが見え始めている。さらに火災事故が相次いでいることで安全性に懸念が広がっている。

韓国では、8月1日に第3の都市・仁川(インチョン)広域市内のマンション地下駐車場でEVの火災事故が発生。煙を吸い込むなどして住民ら約20人が負傷し、100台以上の車両が燃えるなど損傷した。

火災の原因となったのはドイツ、メルセデス・ベンツの「EQE」。同モデルは寧徳時代新能源科技(CATL)と孚能科技(ファラシス・エナジー)といずれも中国メーカー製電池を採用しており、今回燃えたのはファラシス製電池を搭載したEVだったという。

韓国政府は2025年2月から実施する予定だったEV用電池の情報公開などを求める認証制度を、今年11月までに前倒しで実施することを決めるなど対応に追われている。韓国メディアによると、10月には韓国のEQEオーナー約20人がメルセデスの本社や韓国法人、販売会社を相手取った損害賠償請求訴訟を起こした。

安全性に課題残るリチウムイオン電池

ポルトガルのリスボンでも、8月に空港近くのレンタカー会社の駐車場で火災が発生。海外メディアは200台以上が全焼したこと、火元がテスラ車である可能性を報じている。英国ではロンドンのEVバスで火災が発生し、地元当局は中国BYD製電池を搭載したバス約2000台をリコールした。

9月2日にはドイツBMWがEV「ミニ・クーパーSE」について電池の不具合を理由にグローバルで約14万台リコールすると明らかにした。搭載していた電池はCATL製とみられ、電池の制御システムに問題があり、オーバーヒートによって火災につながる恐れもあるという。

現在、EV用電池として主に使われているリチウムイオン電池には、エネルギー密度が高く、航続距離を延ばしやすいというメリットがある。反面、過充電や過放電、大きな衝撃が加わった場合などに出火リスクが高いなど安全性に課題が残る。火災時に水をかけると化学反応を起こしてさらに火が強まる性質があることも対応を難しくさせている(大量の放水でなら消火可能)。

「EVの普及が進んだことが大きい」と指摘するのは、素材メーカーでリチウムイオン電池を専門とするベテラン研究者。「0.001%でトラブルが出るとして、1000台なら出なくても、10万台普及すれば1台、100万台なら10台でトラブルが起きる」。

もちろん、この確率は計量的なものではなく、あくまでイメージとしてのものでしかない。ただ、EVが社会で広く普及していくためには、あらゆる使用状況に耐えられる高い安全性が求められることは間違いない。

電池メーカー、自動車メーカーともに過充電を防ぐシステムや衝撃を逃がす構造に工夫を凝らすなど安全性を向上させる取り組みは進めている。しかし、EV自体が普及し始めて日が浅く、メーカーが想定していない使われ方をするケースもある。また、電池の製造、特に大量生産における品質の安定性は常に課題となる。

電池トップメーカーの危機感

「安全性に関わる問題を解決しなければ、いずれ破滅的な結果を招きかねない」

9月1日に中国四川省で開かれた電池産業フォーラムの講演でCATLの曾毓群(ズン・ユーチュン)董事長はそう訴え、業界全体で安全対策の強化を呼びかけた。韓国・仁川でのマンション火災など市民に不安を与える事故が相次いだことを受けた発言と見られる。

中韓電池メーカーはここ数年、巨額の投資と積極的な国家支援と受注の獲得を背景に大きく市場シェアを伸ばしてきた。調査会社テクノ・システム・リサーチによると、2023年の車載リチウムイオン電池の世界シェアで、1位CATL、2位BYD、3位韓国のLGエナジーソリューションと続く。中韓大手5社では世界シェアの8割弱を握っているが、社会からの信頼を失えば、その地位は一気に崩れかねないため危機感は強い。

ただでさえ、ヨーロッパやアメリカではEVの成長速度は鈍化している。車両価格の高止まりや充電時間の長さが敬遠されていると見られ、補助金の打ち切りや減額をきっかけに販売が急減する事例が頻発。ドイツのフォルクスワーゲンやアメリカのゼネラル・モーターズ(GM)、スウェーデンのボルボなどEVに積極的だったメーカーも次々とEVの開発計画や移行時期の目標の見直しを打ち出している。

そのうえ、安全性への疑念が深まれば、EV失速に一層拍車をかけることになる。

 「品質と安全性の高い製品に裏打ちされた日本勢にとってチャンスとなる」。日系の大手自動車メーカーや電池メーカー幹部からはこうした声が多く聞かれる。

日本の電池メーカーは安全性に自信を持つものの、コスト最優先の風潮の中でシェアを落としてきた。車載電池のグローバル市場でのシェアはパナソニックが6%にとどまるなど、日本勢を合計しても10%に届かない。改めて安全性がより重視されるようになれば、日本製電池が巻き返す余地が出てくる。

もっとも、安全性を強みとしてきた日本勢でも火災事故はゼロではない。

安全自慢のリーフも火災とは無縁ではない

2010年にEV「リーフ」を投入した日産自動車。販売開始から10年以上もの間、電池に起因する火災事故を起こしていないことをアピールしていた。だが、最近になってこうしたアピールを控えるようになっている。

実は、2019-20年モデルイヤーのリーフに関して、電池火災の報告がアメリカで9件確認され、今年9月に現地当局へリコールの届けを出している。急速充電中に電池内の電気抵抗が増加する可能性があり、電池が急激に加熱され発熱や火災が発生する可能性があるという。

日産によると「原因を調査中で、詳細についてはコメントを控えるが人的被害は報告されていない」という。日産側は電池内の異常の予兆を検知するソフトウェアを開発中で、対策が完了するまでは急速充電しないよう顧客に呼びかけている。

一方、2009年に世界で初めて量産型EV「i-MiEV(アイ・ミーブ)」を投入した三菱自動車は、これまで投入したアイ・ミーブ、軽自動車「eKクロスEV」、商用軽「ミニキャブEV(旧ミニキャブ・ミーブ)」のEV3車種では電池に起因する火災事故は発生していないという。

リーフに関しては、日産が言うように詳細がはっきりしない以上、電池に欠陥があると断言できない。約70万台というリーフの累計販売台数を考えれば、海外勢のEVと比べても安全性は高いのかもしれない。

いずれにしろ安全重視は日本勢にとっては望むところだ。


日本メーカーの車載用電池。中韓勢に対し劣勢が続いてきたが巻き返しなるか(記者撮影)

パナソニックは和歌山工場で、安全性を維持したうえで従来品と比較し容量を5倍に向上させたEV向け円筒形電池「4680」の量産準備を今年9月に完了。東芝はホームページで自社のチタン酸リチウム電池「SCiB」に釘を刺し、30分間破裂・発火しないという動画を掲載し安全性をアピールする。SCiBは安全性や長寿命では評価が高いが、採用実績はHVがメインだった。改めてEV向けに拡販を狙う。

トヨタ自動車、日産、ホンダは、大容量かつ発火の可能性が低いとされる全固体電池の開発を進めると同時に、電池の内製化にも動き出している。

伊藤忠総研エグゼクティブ・フェローの深尾三四郎氏は「発火事故をこれまでほとんど起こしていない日本勢の電池ニーズが高まる可能性がある。中国勢の安値競争に追随しなくても戦えるよう、日本は官民をあげて電池安全に関する標準規格のルールメイキングで主導権を握るべきだ」と指摘する。

EVでも日本勢巻き返しのチャンスに

日本勢が電池の安全性で業界をリードできれば、電池メーカーだけでなく、自動車メーカーにとっても武器になる。

EVではテスラやBYDに先行を許してきた日本の自動車メーカー。遅れた理由として、EVが収益性で厳しく、製品としてまだ欠点も多く、市場動向を見極める意向が強かったことがある。電池のエネルギーマネジメントでも安全性を重視する考えから冗長性を持たせれば、航続距離や充電時間といったEVの商品性は一定程度犠牲になる。

EVの安全性に対する消費者の疑念が高まっているからこそ、「日本勢のEVなら安全」というブランドを構築できれば、テスラやBYDを追撃するうえで大きな意味を持つ。

商品性や安全性に疑問符がつき始めたEV。このピンチをチャンスにできるか、新たな勝負が始まっている。


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(横山 隼也 : 東洋経済 記者)