アングル:トランプ氏勝利貢献のマスク氏、狙うは政権への強大な影響力

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Marisa Taylor Rachael Levy Chris Kirkham

[6日 ロイター] - 米大統領選で、実業家イーロン・マスク氏が支持した共和党候補のトランプ前大統領が決定的な勝利を収めて返り咲きを果たした。これによってマスク氏は、自身が率いる企業が次期政権からさまざまな恩恵を享受できるよう絶大な影響力を振るうことができる立場を得たと言える。

ロイターがマスク氏の企業関係者6人やこれらの企業と幅広いやり取りをした経験を持つ政府高官2人に取材したところでは、マスク氏がトランプ陣営に少なくとも1億1900万ドル(183億円)の献金を行った狙いは、傘下企業を規制や行政権執行の対象外に置きつつ、政府からの支援をより手厚く受けることにあった。

マスク氏の事業は電気自動車(EV)大手テスラから宇宙企業スペースX、人間の脳とコンピューターをつないで健康管理を目指す医療ベンチャー企業ニューラリンクに至るまで、いずれも政府の規制や補助金、各種政策に大きく左右されるのが特徴だ。

元スペースX幹部の1人は「イーロン・マスクは全ての規制を自身の事業やイノベーションの妨げになると見なしている。彼はできるだけ早く、やりたいことが何でもできるように可能な限り多くの規制を撤廃するための手段として、次期トランプ政権を利用できると考えている」と指摘した。

マスク氏は、トランプ氏がペンシルベニア州で暗殺未遂事件に遭遇した7月13日に同氏への支持を正式表明。その後の選挙戦を通じてしばしばトランプ氏の応援演説に乗り出し、投票日夜にはフロリダ州にあるトランプ氏の別荘でともに勝利を味わった。トランプ氏は、政府効率化を推進する組織を立ち上げ、トップにマスク氏を起用するとも約束している。

かつてマスク氏は、汚染物質排出を制限できるEVや、いつか滅び行く地球から火星に人類が移住する手段になり得るロケットを生産することで、気候変動問題と戦う男というイメージを主に掲げていた。しかし今は、カリフォルニア地域に長らく根付いてきた左派イデオロギーに反発する形で次第に増えつつあるリバタリアニズム(自由至上主義)を掲げるシリコンバレーの富豪たちの先頭に立つ。マスク氏はいま、こうした左派イデオロギーを「意識高い系ウイルス」と呼んで嘲笑する。

マスク氏の政治への関与が強まるとともに、同氏の「企業帝国」は従業員や元従業員から昔の「金ぴか時代」にたとえられるほど強大になっている。金ぴか時代とは、19世紀後半にJ・P・モルガンやジョン・D・ロックフェラーといった有力資本家らが自分たちの企業や資産に影響する政府の政策を自由自在に動かす力を持っていた時期を指す。

マスク氏のファンや支持者らは、同氏の力が強まりつつあることに興奮を隠さない。同氏のハイテクベンチャーにとって政府は邪魔でしかないと見なし、シリコンバレーのトランプ氏支持を訴えてきたのが彼らだ。その1人でスペースXに投資しているベンチャーキャピタリストのシャービン・ピシュバー氏は、規制をなくせばスペースXの火星到達に向けた取り組みは加速すると話す。

ピシェバー氏は、マスク氏が「米国をスタートアップ企業のように機能させる。米国の歴史でイーロン・マスクより偉大な起業家は存在しない」と言い切った。

<お手盛りの政策>

マスク氏の政治的な存在が高まった背景には、バイデン政権から軽視され、反動でトランプ氏の右派的なポピュリズム(大衆迎合主義)への接近を加速させていったという事情がある。例えば2021年8月にホワイトハウスが開催したEVサミットにテスラは招待されず、呼ばれたのは労組が組織化され、テスラの販売台数よりはるかに少ない数のEVしか生産していないデトロイトの既存メーカーだった。

そのテスラの浮沈は、次期政権がEVと自動運転車に関する政策・規制や補助金などでどのような対応をするかにかかっている。これまで民主党政権はテスラが後押しした多くのEV優遇政策を提唱してきたが、共和党は伝統的にはEVに否定的で、トランプ氏も大統領選でバイデン政権のEV政策をけなしてきた。とはいえマスク氏は、今回の貢献により「既得権益」を守る可能性が見えてきた。

事情に詳しい関係者によると、テスラに関してマスク氏が目指すのは、同社の運転支援システム「オートパイロット」や「フル・セルフドライビング」の安全性を巡って米道路交通安全局(NHTSA)に規制権限を行使させないことだ。マスク氏が、自動運転車やロボタクシー(自動運転タクシー)といったテスラが計画する事業の規制を自社に有利な内容に設定させようと働きかける可能性もあるし、人工知能(AI)企業のxAIではマスク氏がお手盛りで新たな規制を策定したり組織を立ち上げたりしてもおかしくないという。

マスク氏は先月、ハンドルとペダルがない完全自動運転車「サイバーキャブ」の量産化を26年中に開始する計画を表明した。

ただそうした車両生産にはNHTSAの認可が必要になる。また米国では自動運転者についての一律の規制は存在せず、事業者は各州で異なる規制にそれぞれ対応しなければならない。

マスク氏はこうした州ごとの規制の煩わしさを嘆き、連邦レベルの統一された認可制度を導入すべきだと訴えている。

一方でスペースXは現在、政府の資金支援を受けたロケット打ち上げ業界で先頭を走り、テスラは多額の補助金が適用されるEVを年間200万台近く販売している。

<規制緩和の危うさ>

そもそも既にマスク氏の企業に対する規制強化の動きや、現行規制の執行は弱まっている、と先の企業関係者6人は証言する。一部の連邦政府機関は、マスク氏の企業による安全基準違反が指摘されても、これに対処するための政治的意思を結集するのが困難なようだ。その一因は、EVやロケットなど高度に規制され、政治化されている業界でマスク氏がすでに支配的地位を築いていることにある。

例えば米航空宇宙局(NASA)は、ボーイングの有人宇宙船「スターライナー」の推進装置トラブルで飛行士が宇宙ステーションに取り残された問題を解決する上で、スペースXのノウハウに頼らなければならなかった。

スペースXの対政府窓口の事情に詳しいある連邦政府職員は、NASAや他の機関がしばしば、スペースXのご機嫌を損ねないよう努力していると明かし、「NASAがスペースXを必要とする度合いは、スペースXがNASAを必要とする度合いよりも大きい」と付け加えた。

NASAはこれまでスペースXに150億ドル余りを投資。またスペースXは、米情報機関と共同で数百基のスパイ衛星網整備計画も進めている。

ロイターは昨年、スペースXの全米の工場で少なくとも600人の従業員が負傷しており、同社が安全上の規制や基準とすべき慣行に十分な配慮をしていなかった実態を報じた。スペースXの従業員の負傷率は昨年、業界平均をずっと上回り続けたことも判明した。

しかしNASAや、労働者の安全について企業を監督する米国労働安全衛生局(OHSA)は、スペースXに対して従業員の負傷と関連する違反行為を巡る相応の処分を行っていない。

それでもマスク氏は、政府の規制権限行使を弊害が大き過ぎると批判して「常軌を逸した」規制の撤廃を追求すると話している。

既に民間宇宙船分野では、イノベーション促進のため、議会が政府機関による監督を一時的に禁止した。次期トランプ政権はこの分野でさらに規制緩和を進める、というのがスペースXの規制戦略に通じる4人の関係者の見立てだ。

マスク氏とスペースXは、同社の優越的地位こそが政府の監督なしでもうまくやれる証拠だと考えているとされる。

ただ元スペースX幹部の1人は、この業界で規制を緩めようとする姿勢は危険だと指摘。ロケット製造には危険性が伴い、事故などで全ての計画が台無しになれば業界を10年後退させかねない、と警告している。