公取委の異例対応で際立つ損保大手の悪しき体質
損害保険大手4社と保険代理店の共立に対して、行政処分を言い渡す公正取引委員会(写真手前)(編集部撮影)
「公正取引委員会としては、この(排除措置と課徴金納付の)命令を確実かつ速やかに実行してもらうとともに、再発防止に万全の対応をするよう強く求める」
10月31日午前10時。東京・霞が関の中央合同庁舎6号館の会議室で、公取委の大胡勝審査局長はそう言って行政処分を言い渡した。
大胡局長の言葉をかみしめるようにして聞いていたのは、三井住友海上火災保険、損害保険ジャパン、あいおいニッセイ同和損害保険、東京海上日動火災保険の4社と保険代理店・共立の社長、総勢5人だ。
損保大手4社はいずれも、企業・団体向けの共同保険などで、提示する保険料を事前に調整するカルテルや入札談合という独占禁止法上の違反行為(不当な取引制限)があったと、公取委の審査によって今回認定された。
同違反行為が認められた契約案件は、国内最大の発電事業会社であるJERA、コスモ石油、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)、シャープ、京成電鉄、警視庁、東京都、仙台国際空港、東急向けのもので計9件。課徴金総額は20億7164万円に上る。
3つの部隊が厳密な審査にあたる「異例の事態」
幅広い業種にまたがる違反行為であったことから、公取委の5つある審査部隊のうち第一、第四、第五の3つの部隊がそれぞれ厳密な審査にあたるという「異例の事態」(公取委幹部)だった。
異例なのはそれだけではない。処分対象者を集めて申し渡す場面を、わざわざ報道陣に公開するというのも「記憶の限りでは初めて」(大胡局長)の対応だ。
また違反行為の主な舞台となった企業・団体向けの共同保険について、「損害保険会社等の間で協調的行動がとられやすく独占禁止法上の問題が生じやすい構造がある」などと、厳しく指摘する別添資料を出すというのも、通常ではあり得ないものだった。
なぜそこまで異例ずくめの対応となったのか。
理由は大きく2つに分けられる。
1つ目は、損保業界の法令順守意識の低さだ。
市場の9割近くを握り、日本を代表する金融機関にもかかわらず、「多岐にわたって数多くの違反行為をしており(中略)一従業員、一組織の問題ではなく、会社としての体質が問われる」(大胡局長)とまで糾弾されてしまうのが、損保業界の実情だ。
そもそも損保業界は、1990年代に損保各社で構成する日本機械保険連盟(1997年に解散)や、自動車の修理工賃(レバーレート)においてカルテル行為が認められたことで、公取委から勧告や警告を受けた経緯がある。
にもかかわらず、喉元を過ぎて熱さを忘れたかのように、損保大手4社は多岐にわたる分野でカルテルや談合を働いていた。
「付ける薬がないような状態」(金融庁幹部)
まさに「付ける薬がないような状態」(金融庁幹部)にあって、「法令順守の外形的な内部規律を改めるだけでなく、魂を入れて規律を守るという意識」(大胡局長)を持てというメッセージが、異例の対応には込められている。
2つ目の理由は、危機感の薄さだ。
東急をめぐるカルテル事案の発覚をきっかけに、各社が独禁法違反の疑義があるとして申告した案件は、合計で600先にも上る。そのすべてを公取委が審査し処分の有無を決めるのは、膨大な作業量と時間が必要になるため、ほぼ不可能だ。そのため、公取委は事案の悪質性などを踏まえて9つの案件を取り上げ、厳しい処分を下すことで一つの区切りをつけている。
損保大手4社などへの処分の一覧表(画像:公取委の公表資料)
一方で、損保側にしてみれば600もの疑義案件を申告しながら、たった9つの案件での処分にとどまった。
そのことで危機感が薄れ、気を良くしたのか、一部の損保は公取委に対して「排除措置命令をなしとする方向にできないかと主張し始めた」と、複数の関係者は明かす。
損保側としては、電力カルテル問題で主導的な役回りを演じながら、自主申告による課徴金減免制度(リーニエンシー)を利用し、独禁法上の処分なしとなった関西電力の事例が念頭にあったとみられる。
独禁法上の広範な審査が、人的・時間的制約上難しいことを逆手にとり、自分たちが犯した法令違反を矮小化するような損保の言動が、公取委の職員たちを刺激したであろうことは想像に難くない。
公取委のある幹部は、経済活動の「インフラ」を担い「社会的な影響が大きい損保が、ここまでの違反行為をしていたことの責任は非常に重い。一部案件でリーニエンシーを利用したからといって、責任や問題の大きさを考えれば、排除措置命令を出さないという選択肢はなかった」と話す。
「調査を終結させたとは考えていない」(公取委幹部)
さらに別の公取委幹部は、「われわれは調査を終結させたとは考えていない。今回は行政調査による審査だったが、もし今後同じような違反行為が発覚することになれば、刑事処分の可能性がある犯則調査も辞さない」と語気を強める。
つまり公取委は、いまだ疑義が残る500件超についてはお咎めなしと判断したわけでは決してなく、逮捕者が出るリスクのある案件を損保が依然として抱えていることを忘れるな、と言っているわけだ。
しばらくの間、損保大手4社は、「顧客軽視の業務運営」をしてきたことの代償を払い続けることになりそうだ。
(中村 正毅 : 東洋経済 記者)