本格韓国料理×立ち飲みの斬新コラボで人気店となった「韓国スタンド@」に学ぶ、“ないジャンルの作り方”>
参鶏湯専門店や韓国料理の立ち飲み店など、これまで日本になかった韓国料理業態を立ち上げ繁盛店へと成長させてきた(株)SOME GET TOWN。代表取締役の山崎一さんと「韓国スタンド@」の店長・竹口美穂さんに、お店づくりの考え方や昨今の韓国居酒屋ブームについて伺いました。
創業40年を超える大阪・鶴橋の韓国料理店「韓味一 朴邸(カンミイチ パクテイ)」を軸に、大阪、京都、東京で韓国料理業態を複数展開する(株)SOME GET TOWN。どのお店も盛況で、大阪・福島と東京・恵比寿などにある「韓国食堂 入ル(イル)」「韓国食堂 入ル 坂上ル(イル サカアガル)」はミシュランガイドビブグルマンにも選出されるほど。また、学芸大学にある姉妹店「韓国スタンド@(アットマーク)」は韓国料理×立ち飲みという革新的な業態で、接客面でも同業者やお客さんから高く評価されています。
代表取締役の山崎一さんと「韓国スタンド@」の店長・竹口美穂さんに、お店づくりの考え方や昨今の韓国居酒屋ブームについて伺いました。
(株)SOME GET TOWN代表取締役。関西外国語大学卒業後、スポーツ関連の商社で営業職に就く。27歳で母・朴三淳(パク・サムスン)さんが営む韓国料理店「韓味一」に入り、料理修業ののち2012年に事業継承。2016年に株式会社化し、母の味を守りながら、大阪、東京、京都で計9店舗(うち1店舗はFC)の韓国料理業態を展開中。
竹口美穂さん「韓国スタンド@」店長。「韓国食堂 入ル」のアルバイトスタッフとして入店し、一度は退社するも「韓国スタンド@」のオープンを機に山崎さんからのオファーを受け、現職に就く。
韓国で女性初の国家調理技能試験に合格した母の味を継承
――(株)SOME GET TOWNとして、現在「韓国スタンド@」を含めた9店舗を展開しています。それぞれのお店の特徴について教えてください。
山崎さん:創業ブランドとして、母の朴三淳が立ち上げた韓国料理店「韓味一」があります。ここは韓国宮廷料理を中心にしたフルコースのみなので、お店の味や価値を継承しながら、アラカルトで気軽に注文できるお店をつくりたいと各店を展開していきました。
韓味一の看板料理・蔘鶏湯を中心に、アラカルトでも楽しめる「韓国食堂 入ル」が3店舗、おひとりさま用の参鶏湯専門店「蔘鶏湯 人ル(二ル)」が2店舗。大阪の「入ル」と東京の「入ル 坂上ル」は、ミシュランガイドビブグルマンにも選出されています。
また、韓味一の味を小皿料理で提供する立ち飲み業態「韓国スタンド@」が学芸大学ほか、9月には京都・祇園にもオープンしました。その他、大阪に豚カルビ焼肉を中心にした「韓国食堂 入ル の」*1があります。
――山崎さんのお母様・朴三淳さんは女性で初めて、韓国の国家調理技能士一級の資格を取得した方だとか。
山崎さん:はい。母は大阪・道頓堀にある「新羅会館」の初代料理長として1975年に来日し、その後独立して「韓味一」を開業しました。以来40年にわたり営業を続け、多くの常連さんに来ていただけるお店になりました。現在運営する店舗のすべての料理は「朴三淳の料理」がベースになっています。
家業の韓国フルコースをアラカルトに分解、再構築
――山崎さんは商社でサラリーマンをしていたとのことですが、家業に入ろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
山崎さん:当時、たまたま韓国料理店で食事をした時、「そんなにおいしくないな」と思ったんです。実家から離れて初めて「うちのおかんの料理っておいしかったんやな」と実感しました。
それから次第に、「異国の地である日本で40年もお店を営業し続けられたのは、その味が日本でも受け入れられたからだろう。これは後世に残すべきなんじゃないか」と考えるようになって。母が体調を崩したこともあり、大阪に戻ってお店の手伝いをするようになりました。
――でも、それまでに飲食業の経験はまったくなかったんですよね。
山崎さん:そうです。包丁もほとんど握ったことがないくらいだったので最初は厨房に入らせてもらえず、接客を任されました。17時からの完全予約制で、実働5時間くらいです。常連さんに「息子、このままで大丈夫か」と心配されるほどでした(笑)。これではあかんと昼は定食屋で働き、その後、店に戻って母の隣で仕込みを見て覚えるという生活になりました。
予約をブッキングしたり、料理の最後の仕上げを忘れたりと、いろいろやらかしましたが徐々に仕込みも仕入れも任されるようになって。厨房に入れるようになると、小さい頃から母の料理を食べてきたこともありますが、常連さんですら母が作ったのか、僕が作ったのか分からないレベルの料理を作れるようになりました。
家業に入って3年くらいした頃、常連さんが「駅から遠い(徒歩20分)から駅近の場所で店をやってくれ」「トイレは洋式がいい」「フルコースだと量が多いからアラカルトで注文できるようにして」と僕に言うようになりました。みんな長年思っていたそうですが、母には怖くて言えなかったそうです(笑)。そうしたリクエストに応える意味もあり、「韓味一」を分解して、再構築するような形で店舗を展開していきました。
看板料理の参鶏湯も、韓味一だと丸鶏一羽分で提供していますが、「入ル」ではアラカルトでいろいろ注文できるようにと半身にしています。
「本格韓国料理×立ち飲み」のコンセプトが理解されず、集客に苦戦
――2022年にオープンした「韓国スタンド@」はなぜ立ち飲み業態にしたのでしょうか。
山崎さん:コロナ禍で飲食店が苦戦した時期も、周りを見ると立ち飲み店はよくお客さんが入っていました。立ち飲みに来るお客さんは飲食店で過ごす時間が好きで、お店との関係性がしっかりしているように思えたんですね。
実は韓国には「立ち飲み」という文化がないのですが、日本だからこそ、「韓味一」の本格的な韓国料理を小皿料理として立ち飲みで楽しむ業態は面白いのではないかと。「他の韓国料理も学びたい」というスタッフもいたので、母の味をベースにしつつも、立ち飲みならではの自由な発想でメニューの幅を広げられるのではないかとも考えました。
――そうだったんですね。SOME GET TOWNは新規オープンのお店だと常にサイレントスタートだと伺ったのですが、最初からお客さんの入りは順調でしたか?
山崎さん:いえ、苦戦しましたね。「立ち飲み」と聞いて、立ってサムギョプサルを焼く店とか、プデチゲを立ち食いする店と勘違いされるお客さんが多く、敬遠されてしまったんです。本格的な韓国料理×立ち飲みという業態はこれまで日本になかったので、仕方ない部分ではありますが……。お客さんに足を運んでもらうまでのハードルが高かったですね。
店長の竹口を始め、スタッフが「こういうお店なんです」と、来店したお客さんやSNSなどで地道に呼びかけていって、ようやく今認知されてきたかな、という感じです。
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「一般的な居酒屋」と比較されないためにメニュー構成を工夫
――お客さんはどういった方が多いですか?
山崎さん:オープン当初は20~30代の方が多かったんですが、今では年齢層も広がって40~60代以上の方も来てくださるようになりました。男女比は半々で、平日は地元に住む仕事帰りの常連さんが中心、週末は遠方から来られる新規の方が多いです。
――メニュー構成についても教えてください。
山崎さん:最初ははしご酒もできるようにと一皿380円からという安価な設定にしていましたが、最近少しメニュー構成を変えました。料理の価格を安く設定すると、一般的な居酒屋と同じフィールドで比較されてしまうんです。僕たちは「本場・韓国で経験を積んだ母の味を伝える」という価値を全面に出していきたいので、そこで勝負はしたくない。
そこで、気軽に注文できるあて盛りや小皿料理だけでなく、活〆のカニを使ったケジャン、複数人でシェアする前提の大きなチヂミなど、料理のバリエーションを増やしました。ケジャンの原価は70%を超えますが、他店と差別化を図るためメニューに入れています。結果、本場仕込みの料理が食べられるという価値を理解してくださるお客さまが増え、客単価も2,500円から3,300円程度に上がりましたね。
――人気や売れ筋のメニューを教えてください。
山崎さん:「韓味一」で出しているサイズの1/4ポーションで作る「蔘鶏湯」も人気ですし、あて盛りに入っている「キムチになる前のキムチ」もよく出ますね。オーダー後に白菜とヤンニョムを合わせたもので、通常のキムチとは違うシャキシャキの食感が楽しめます。その他、竹口が考案した「生おくらと特製ダレ」や「セロリのナムル」も注文率が高いですね。
トッポギなど、別の韓国料理店でも食べられるようなメニューはあえて置いていません。日本ではあまり見たことがないような本格的な韓国料理をカジュアルに楽しめるようなメニュー構成にしています。
ドリンクはマッコリやクラフトビール、ナチュラルワインなど豊富にそろえています。特に韓国のクラフトビールは珍しいものも多く、人気です。
――山崎さんは昨今の韓国居酒屋ブームについてどう捉えていますか?
山崎さん: 韓国料理店や韓国居酒屋といっても、SNS映えするお店から昔ながらのお店までいろいろな業態がありますよね。ただ、同じ韓国カテゴリーでも、僕らの目指しているところと他店とは違うなと感じています。
僕たちは「韓国料理で日本にない店をつくる」をモットーに営業してきました。「韓味一」らしく本格的な韓国料理のおいしさを伝えながらも、地域に密着してお客さんに長く親しまれる。そんな2つの要素がうまくかけ合わさったお店にしていきたいと考えています。
立ち飲みだからこそ、おしぼりは両手で手渡す。「韓国スタンド@」の接客術
――ここからは店長の竹口さんにもお話を伺いたいです。お店のクチコミを見ると接客の良さを挙げているものが多く見られます。実際、どんな点を工夫していますか?
竹口さん:「立ち飲みだからカジュアルな接客でいいだろう」ではなく、むしろ立ち飲みだからこそ丁寧に、と心がけています。例えば両手でおしぼりを手渡す、右利きの方には右側にグラスを置くなどですね。こうした丁寧な接客は、「韓国スタンド@」というよりブランド全体の方針でもあります。
山崎さん:参鶏湯専門店も、韓国料理の立ち飲みもこれまで日本になかったジャンルです。こういう新しいお店は、入って嫌な気分になったら、もう二度と行かなくなります。スタッフにも言うんですけど、日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルは絶対いいやつだったと思うんですよ。嫌なやつだったら、キリストに対するイメージも悪くなるじゃないですか。それと同じで、カルチャーを浸透させるために、まずはいい接客でお客さんの心をつかむことが重要だと思っているんです。
――お店の公式Instagramも、竹口さんをはじめスタッフさんの個性が伝わるというか、親しみを込めた投稿が多いですよね。
竹口さん:私も最初は他の飲食店さんと同じように料理やドリンク、店内の写真を中心に投稿していました。でも全然フォロワーが増えず……。ある時、山崎社長に「人重視でやってみたらどう?」と言われて、そこから私のエピソード、韓国料理についての簡単な解説などを投稿していきました。例えば、私は両祖父が韓国人なので、「実家でよく出てきた懐かしい韓国料理『生おくらと特製ダレ』をメニューに加えました」とか。すると、フォロワーも少しずつ増えていきました。
――なるほど……。Instagramを見て来店したお客さんとの会話も生まれそうですね。
竹口さん:そうなんです。自分も見てもらえるとうれしいから、「投稿をもっと頑張ろう」と思うじゃないですか。
店内にも、お客さんとコミュニケーションを図るためのいろいろな仕掛けがあります。席ごとに違う形の卓上塩コショウ、ハングルのメニュー看板、女将さん(朴三淳さん)の顔がプリントされたグラスなど。顔が正面になるようにグラスを置くと、「これ誰?」と聞かれ、そこからコミュニケーションにつながることもあります。
――では、常連さんを増やすために心がけていることはありますか?
竹口さん:「お客さんの明日の活力になる」をモットーに、積極的にお客さんとコミュニケーションを取っているところですかね。
お店の前を通る方と目が合うと、ガラス越しに手を振ってます(笑)。もちろん、お店に入られても入られなくてもどっちでもいいんですよ。
それに、お客さんが帰られる時はスタッフ全員で手を振ります(笑)。これはアルバイトさんのアイデアです。スタッフ全員が「お客さんを明るく出迎えて気持ちよく帰っていただくこと」を意識していますね。今では週に3日以上来られる常連さんも多くいらっしゃいますよ。とにかく、嫌なことがあった時、仕事で疲れた時も「ここに来てよかった」「明日から頑張れそう」と思ってもらいたいんです。
――接客のあたたかさが伝わってきます。最後に山崎さん、これからの展望をお聞かせください。
山崎さん:今後の可能性のひとつとして、アメリカに韓国料理店を出店しようと考えています。その場合、僕はそのままアメリカに移住して、日本のお店は独立制度を取り入れようかと。
母は日本で「新羅会館」の立ち上げに関わったあと、本来ならアメリカに行く予定だったらしいんです。もし、母の料理がアメリカに渡ったらどうなるのか、今度は僕がチャレンジしてみたいと思っています。
あの有名店の集客成功事例
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【取材先】
韓国スタンド@(アットマーク)住所:東京都目黒区鷹番3-12-3 真田ビル 1F
Web:(株)SOME GET TOWN
Instagram: 韓国スタンド@Instagram
取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。
編集:はてな編集部
*1:店名