「夫の隠し子発覚」65歳妻を襲った"地獄の日々"
「夫の死後に隠し子が発覚した場合の相続問題」を解説します(写真:Luce/PIXTA)
結婚しても子どもをもたない夫婦、いわゆる「おふたりさま」が増えている。
共働きが多く経済的に豊か、仲よし夫婦が多いなどのメリットはあるものの、一方で「老後に頼れる子どもがいない」という不安や心配がある。
そんな「おふたりさまの老後」の盲点を明らかにし、不安や心配ごとをクリアしようと上梓されたのが『「おふたりさまの老後」は準備が10割』だ。
著者は「相続と供養に精通する終活の専門家」として多くの人の終活サポートを経験してきた松尾拓也氏。北海道で墓石店を営むかたわら、行政書士、ファイナンシャル・プランナー、家族信託専門士、相続診断士など、さまざまな資格をもつ。
その松尾氏が、「夫の死後に隠し子が発覚した場合の相続問題」について解説する。
人もうらやむ仲よし夫婦、夫の死後に発覚した衝撃事実
何が起こるか、最後までわからないのが人生です。
今回は、仲よし夫婦の末路が、地獄のような苦しみとなってしまった例を紹介します。
65歳のA子さんは、10歳年上の夫、A男さんを看とったばかり。
ふたりは周囲からも「おしどり夫婦」などと呼ばれ、その仲のよさが自慢でした。
最愛の夫の死という悲しみの中、A子さんはA男さんの相続手続きを開始しました。
A男さんの両親はすでに鬼籍に入り、A男さんはひとりっ子のため、きょうだいもいません。さらにA男さん、A子さんの間には子どももいませんでした。
そのため、A男さんの財産は、A子さんにすべて渡る……はずでした。
相続手続きの最中、A子さんは衝撃の事実を知ることになります。
なんとA男さんには、過去に認知した「子ども」がいたのです。
結婚したのはA子さん30歳、A男さん40歳のとき。お互い初婚でした。
しかしA男さんには、過去に相手と結婚せず認知だけした子どもがいたのです。
結婚時はわからないが、死亡後の相続手続きで必ずバレる
なぜ、これまで子どもの存在がわからなかったのでしょうか。
A男さんは子どもを認知後、A子さんと結婚する前に別の市区町村に引っ越しして戸籍を移していました。
戸籍には認知事項が記載されますが、新しい戸籍には認知事項は記載されないため、これまでA子さんには子どもがいることがバレなかったのです。
結婚後も過去の戸籍を確認するようなことはなかったため、子どもの存在はまったくわかりませんでした。
しかし、相続手続きを進めるにあたっては、故人(被相続人)が生まれたときから亡くなるまでの戸籍謄本をすべて取得したうえで、相続人を明らかにしなければなりません。
その過程で、認知した子どもの存在が明らかになったのです。
子であるB太さんが生まれたのはA男さんが30歳のとき。B太さんは現在45歳になっていました。
A男さんは養育費を一括で支払ったため、B太さんとその母親とも、これまで交流はなかったようです。
A男さんの財産は、現預金3000万円と、A子さんとともに暮らした持ち家(評価額2000万円)でした。
A子さんは専業主婦だったこともあり、預金や不動産はすべて夫名義でした。
A子さんは「老後は贅沢をしなければ、なんとかなるだろう」と考えていたのです。
しかし、A男さんのように結婚せずとも自分の子であると認知をすれば、その子(非嫡出子)には正当な法定相続人として、相続の権利があります。
「相続人として浮上」したB太さんの要求は?
法定相続分は、配偶者が2分の1、子が2分の1です。
これは非嫡出子の場合も同様です。
父親の相続発生を知ったB太さんは、法定相続分通りの2分の1を要求してきました。
そのまま分ければ「現預金の半分1500万円と不動産の所有権の半分」ということになります。
A子さんは「老後が不安だから、B太さんの相続分を減らしてもらえないだろうか」と打診してみましたが、B太さんは譲りませんでした。
聞けばB太さんには子どもが3人いて、学費がかかる時期なのだそうです。子どもの頃は母子家庭で苦労したようで、その恨みもあったのかもしれません。
結局、不動産(持ち家)はA子さんが相続することになりましたが、評価額の半分の1000万円を加えて、B太さんに渡すことになりました。
つまり、A子さんは500万円と家を、B太さんは2500万円を相続することで決着がついたのです。
持ち家は残ったものの、老後資金が500万円ではこの先が少々不安です。
心から信じきっていた夫に裏切られたという思いもあり、A子さんは打ちひしがれました。
忘れようと思っても、夫の息子であるB太の存在が頭から離れません。
老後資金の少なさからパートをはじめたものの、慣れない仕事でミスも多く、若い人たちから叱責されることもあるそうです。
夫の遺影も伏せられたまま…
A子さんの生活は徐々に荒れていき、夫の遺影も伏せられたまま。
「これまでの35年はなんだったんだろう……」
A子さんは心のよりどころを完全に失ってしまいました。
ありし日の夫を懐かしみながら老後生活を送るはずが、夫への恨みと経済的な不安から、地獄のような苦しみの日々を味わうことになったのです。
どんな事情があったのかはわかりませんが、A男さんに認知した子どもがいるという事実を変えることはできません。
そのため、A男さんが死亡したときに子どもであるB太さん(あるいはB太さんの子どもや孫)が相続人になることは、避けられません。
しかし、実は「打てる対策」はあったのです。
それは、A男さんが「すべての財産を妻のA子に渡す」という遺言書を作成しておくことです。
遺言書があれば、結果はまったく変わっていた
子には4分の1の遺留分(最低限保証された遺産の取得分)があるため、実際には全財産がA子さんに渡るわけではありませんが、それでも以下のようになります。
【遺言書がない場合】(今回の例)
A子さん(妻):不動産(2000万円)と現預金500万円
B太さん(子):現預金2500万円
※不動産などの分割方法は話し合いによるが、財産は50%:50%の割合で分けられる
【遺言書がある場合】(A男さんが「妻にすべての財産を渡す」との遺言書を残す)
A子さん(妻):不動産(2000万円)と現預金1750万円
B太さん(子):現預金1250万円
※不動産などの分割方法は話し合いによるが、財産は75%:25%の割合で分けられる
上記のようにB太さんに遺留分の1250万円が渡るとしても、A子さんに残るお金が1750万円なら、遺言書なしの500万円とは大きな違いです。
認知した子に財産が渡るのは仕方のないことですが、A男さんが遺言書を残しておくことで、A子さんの老後を少しでも安心に導くことができたはずです。
A男さんがA子さんを愛していたなら、これは準備不足としか言いようがありません。
ちなみに、子どものいないおふたりさまご夫婦の場合、故人(被相続人)の親やきょうだいにも相続の権利が発生します(「おふたりさま夫婦」だから起る「"相続"の大問題」)。
「配偶者の今後」を思うなら、隠し子がいようがいまいが、やはり「遺言書」を残しておくことを、強くおすすめします。
(松尾 拓也 : 行政書士、ファイナンシャル・プランナー、相続と供養に精通する終活の専門家)