(左から)中村七之助、中村勘九郎

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2024年11月2日(土)~26日(火)明治座にて『明治座 十一月花形歌舞伎』が上演される。

『明治座花形歌舞伎』は、次世代を担う花形俳優たちが人気演目の大役に挑む機会として2011年から上演されてきた。2020年3月には中村勘九郎、中村七之助を中心とした座組による『明治座 三月花形歌舞伎』の上演を予定していたが、新型コロナウイルス感染拡大に伴い全公演中止となった。勘九郎と七之助が明治座に出演するのは2016年以来8年ぶりとなる。

昼の部は歌舞伎の様式美溢れる『車引』、長谷川伸の傑作『一本刀土俵入』、華やかな女方舞踊『藤娘』、夜の部は義太夫狂言の名作『鎌倉三代記』、息もつかせぬ早替りが圧巻の『お染の七役』が上演される。『鎌倉三代記』では、高綱を中村勘九郎、三浦之助を坂東巳之助、時姫を中村米吉がそれぞれ初役で勤め、米吉は『藤娘』の藤の精も初役で勤めるなど、花形歌舞伎ならではのフレッシュさにも注目だ。

本公演の製作発表が行われた後、勘九郎と七之助が合同インタビューに応じ、4年前の中止を乗り越えて迎える本公演への意気込みを語った。

その人としていれば何をやっても大丈夫

ーー製作発表の中で、『一本刀土俵入』で役を勤めるときに大切なのは心である、というお話しが出ましたが、具体的にどのような心が大切なのか教えてください。

勘九郎:心と申しましても、ストレートに表現する心、嬉しさや喜び、悲しさ、哀愁というものもそうですけれども、『一本刀土俵入』だと風景を見ている心、風情というものが大事になってきます。茂兵衛として生きる、ということをしないと粗が見えてしまう作品だと思うので、そこで生活している人物になりきるというか、その人としていれば何を言っても何をやっても大丈夫だ、と父も言っていたので、そこは大切にしていかなければと思います。

七之助:特に前半のお蔦はいろいろやり方があると思いますが、もちろん親身になって聞く部分もありつつ、あまり同情してしまうと10年後の再会のときも茂兵衛のことを覚えているだろう、と。かといって愛を全く含まずに冷たくなってしまっては駄目なんです。何か強い気持ちで動くのではなく、日常の中でふわっと行動する、という空気感を出しておかないと説得力がなくなってしまうと思います。そして長谷川伸さんのすごいところは、10年飛ぶというところですよね。今の時代、全部説明しないと「わからない」と言われてしまいますが、そうではなくて、10年の間をお客様それぞれが想像する、10年をお客様が心で埋めていくという、これがとても素敵なところで、後半の風情になるんです。

勘九郎:しかも休憩を挟むのではなく、場面転換で10年飛ばすというのが、これはなかなか面白いですよね。

七之助:(9月に『第二回 神谷町小歌舞伎』で『一本刀土俵入』のお蔦を勤めた)鶴松を見て思ったのは、やはり後半のお蔦の家というのはすごく大切なんだな、と思いました。前半の安孫子屋にいるお蔦と別人格に見えないようにしないといけないですし、何を自分の中でバックボーンとして持っているかを考えるということを、やるのとやらないのとでは全く違うと思います。

ーー七之助さんが製作発表のときに「心を作らないで型から入るのはあまりよろしくない」というお話しをされましたが、そこはどういう思いがあるのでしょうか。

七之助:昔の役者さんの芝居を見ると、みんな本当にいろんなやり方があって、いろんな心の出し方があるんですよ。例えばこの間の歌舞伎座『八月納涼歌舞伎』でやった『髪結新三』の手代忠七だって、左團次さん(三代目市川左團次)の音源があるんですが、「そんなに普通にやるんだ」とびっくりするぐらい自然というか、歌舞伎っぽくないというか。僕たちが先人の何かをなぞったとき、悪い部分だけを取ってしまうということがあると思っていて、真似するときに一番いけないのは、その人の悪いところを真似しちゃうことなんですね。真似をしようと思ったとき、悪いところが良く見えるものなんです。あれは気をつけなくちゃいけないな、と僕も思います。真似をされる側の方はそこに気持ちが入ってやっているから悪くないんですよ。でもこれを真似すると、気持ちが何にもないのにその形になるという、これは嘘なんです。ということが最近よりわかってきました。

ーー勘九郎さんは昨年歌舞伎座で幸四郎さんの代役という形で茂兵衛を久しぶりに勤められました。

勘九郎:群像劇なので、チームで作られてきた中に代役で入っていくというのはとても大変なことですが、茂兵衛でそこに入れば何ともないんですよ。代役って絶対緊張するんです。袖で待っているときに緊張感が高まって気持ち悪くなったりするんですけど(笑)、このときは全然普通に「お腹すいたな」とか思いながら待っていられましたね。それはやはり、何回もやらさせてもらった役だということもありますし、この作品の空気というか空間が好きなので、そこに行けるのが嬉しかったです。でも以前勤めたときとは舞台装置が全然違って、しかも舞台稽古がなかったのでそこは大変でした。幸四郎さんが復帰なさるときに「(堀下根吉を勤めていた)いっくん(市川染五郎)が、(勘九郎の茂兵衛が)めちゃくちゃ怖かった、ってずっと言ってた」と教えてくださったのが嬉しかったですね。

『明治座 十一月花形歌舞伎』

初心を忘れずに、仕草やにおいや雰囲気で演じ分ける

ーー勘九郎さんは『鎌倉三代記』の高綱を初役で勤めます。

勘九郎:この作品は歌舞伎の時代物の中でも特に、徳川と真田の話をそのままではやれないから鎌倉時代に置き換えるという、当時の幕府に対しての反骨精神が凝縮されていますし、時姫は三姫のうちに数えられますし、その役ごとにちゃんと役割が分けられているという作品です。

ーー高綱という役をどのようにご覧になっていますか。

勘九郎:ぶっ飛んでるじゃないですか、とにかく。そしてかっこいいを追求するというか、最初は三枚目的に飄々と出てきて、という面白さは引っかかりますよね。義太夫さんとの掛け合い、乗地の面白さというのがふんだんに入っている作品なので、音楽的にもとても面白いセリフになっているので、そこは楽しく義太夫さんといいセッションをやれたらいいなと思います。

ーー七之助さんは『お染の七役』は何度も演じてこられましたが、やったことのあるお役に対するときの心構えはどのようなものなのでしょうか。

七之助:初心を忘れないように、ですね。これは玉三郎のおじ様に言われたことなんですが、早替りショーになっちゃ駄目だよ、と。セリフで役柄を変えるだけでは駄目で、若い女だから高い声を出しておけばいいとかそういうことではないんです。上手い人の落語を聞いてみれば、女性を演じるときにそんなに女っぽくやるわけではなく、男と女で声は一緒なんだけど、仕草だったりそのにおいや雰囲気でわかるようにやる、だから出てきたときに、この人は若いお嬢様なんだろうな、というのがパッとお客様にわかるようにやらないといけない、というのは口酸っぱく言われましたね。それは常に思いながら演じています。

ーー早替りについて言えば、今はいろいろな技術もありますし、早さを追求することはいくらでもできると思うのですが、歌舞伎の早替りの良さというのはどのあたりにあるのでしょうか。

七之助:早替りショーになってしまうと、そこに心というか、キャラクターや物語はないですよね。早くしようと思ったら多分もっと早く、例えば生地を薄くして着こんでどんどん脱いでいくということもできますが、それだとやはり全然違うものになってしまうので、それは気を付けたいなと思います。

歌舞伎の“型”の理由を忘れないことが大切

ーー長谷川伸さんの作品は『瞼の母』 なども含め、最近あまり上演機会がないように感じます。

勘九郎:『一本刀土俵入』も歌舞伎の代表的な作品の一つになってきているので、こうした股旅物もしっかりやっていかなきゃいけないな、ということは感じているので、これを習っておいてよかったなと思います。例えば茂兵衛のわらじの結び方は、お相撲さんのわらじの結び方なんです。これは聞かないとわからないことで、そういう細かいところの口伝というのがあるんですよね。相撲取りだった名残で、渡世人になってからもそのわらじの結び方をしてるんです。あとは相撲上がりで渡世人になる人が多くて、だから道の真ん中を歩かないということも言われて、僕は花道の真ん中をちょっと外して歩いて出てくるんです。これはお客様にはわからない部分ですが、このあいだ(9月の『第二回 神谷町小歌舞伎』で)福之助が教えてくれというので、それも教えました。

七之助:これが皆さんが知っている歌舞伎の“型”になっていくんでしょうね。ただ単に「こう歩いているから」というのではなく、その理由を忘れないというのが、これからとても大切になってくるんだろうなと思います。

ーー『一本刀土俵入』と『お染の七役』の作品の魅力を教えてください。

勘九郎:『一本刀土俵入』というのは、受けた恩を10年越しで返すという物語です。今の時代が薄情とは言いませんが、人と人との繋がりがなくなっていっている時代の中で、人のぬくもりを呼び起こしてくれるような作品だと思うので、その温かみに触れていただけたらいいなと思います。

七之助:『お染の七役』は、先ほど「早替りショーにならないように」とかいろいろ言いましたが、お客様はそういうことは全く関係なく、肩の力を抜いてただただ楽しんで見ていただけたらと思います。

ーー演じている側としては相当な重労働ですよね。

七之助:そうですね、でも玉三郎のおじ様に教わったとき、非常に細かく厳しく教えていただいたのですが、最後に「はい、全部忘れなさい。あなたが中村座を揺らすのよ」と言われたんですよ。稽古をしたのだからあとは自信を持って、お客様に「今大変なことをしてます」というのではなくやりなさい、ということですね。それを心のどこかに思って、一生懸命やります。

ーー最後にお客様へのメッセージをお願いします。

勘九郎:本当に念願といいますか、2020年にお見せできなかった分、僕たちと若手花形の皆さんと、みんなで力を合わせて楽しい芝居をお届けできたらいいなと思っております。11月は歌舞伎座が舞台機構設備の工事で長い演目はかけられないということなので、ぜひこちらにいらしていただいて、じっくりご覧ください(笑)。

七之助:昼夜ともに、歌舞伎の魅力を存分に楽しめる様々なジャンルの演目立てになっておりますし、製作発表で明治座の三田社長が、明治座の周りは芝居街の雰囲気が残っている、というお話しをされていましたように、あの周辺も楽しいんですよね。公園があったと思ったら、老舗があって、新しいカフェがあって、そして舞台を見て、と1日を通して明治座を楽しんでいただければなと思っております。

『明治座十一月花形歌舞伎』製作発表より(オフィシャル提供)

取材・文・撮影=久田絢子