(撮影:今井康一)

自分のスキルや能力に「自分ならできる」と思える感覚である「自己効力感」。自己効力感は、スタンフォード大学で提唱・研究され、科学的に高められることが実証されています。VUCAの時代、AIが台頭する時代に生きるすべての人に必須の感覚ですが、日本人は欧米諸国に比べて自己効力感が低い傾向があるのです。失敗を恐れず、前向きに次の一歩を踏み出すためにはどうすればいいのでしょうか。

自己肯定感を土台に「根拠のある自信」を高める具体的な方法を紹介した、工藤紀子さんの著書『レジリエンスが身につく自己効力感の教科書』より一部抜粋・再構成してお届けします。

なぜ自己効力感が必要なのか

自己効力感がビジネスや個人の社会生活においてなぜ必要になるのでしょうか。

「10〜20年後には日本の労働人口の49%がAI(人工知能)やロボット等で代替可能になる」という未来予測が、2015年に野村総合研究所と英国オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授とカール・ベネディクト・フレイ博士との共同研究で示され、大きく取り上げられました。このときからすでに10年近く経過していますので、その未来はさらに近づいていることになります。

この研究結果は、「AIに仕事を奪われる」といったネガティブな取り上げられ方をされることがあります。その一方で、日本の労働人口は今後急激に減少していくことが予測されるため、人手不足をAIやロボットが補うという意味では、むしろポジティブに捉えることもできるでしょう。
野村総合研究所(NRI)が出している「AIが代替しにくい業務の特徴」を見てください。

創造的な思考
・ 抽象的な概念を整理・創出することが求められる
(例)芸術、歴史学、考古学、哲学、神学など
・コンテクストを理解した上で、自らの目的意識に沿って、方向性や解を提示する能力

ソーシャル・インテリジェンス
・理解・説得・交渉といった高度なコミュニケーションをしたり、サービス志向性のある対応が求められたりする
・自分と異なる他者とコラボレーションできる能力
※ソーシャル・インテリジェンス=社会的知性、コミュニケーションや協調性などの能力

非定型
・役割が体系化されておらず、多種多様な状況に対応することが求められる
・あらかじめ用意されたマニュアルなどではなく、自分自身で何が適切であるか判断できる能力

AIが目覚ましいスピードで進化することによって、多くの仕事のあり方が変わり、なくなる仕事もあるかもしれません。そんなAI時代を迎え、先行き不透明な時代にこそ、磨いておくべき“人だからこその能力”があります。

「創造的な思考」はその一つです。これまでの方法では対応できない課題を解決するために、新しい概念や手法といった複数の領域をつなぎ合わせて発想する力はAIにはない、人に求められる能力です。

AIは人間が作ったルールや構造に従って、情報を蓄積、分類しそこから学習することを得意としています。つまり、高度で複雑な内容であっても、パターンが決まっている仕事ではAIが力を発揮して遂行してくれますが、状況に応じて、多種多様な判断や対応が求められることはAIの苦手分野なのです。

「AIを使いこなす力」が必要に

さらに「AIを使いこなす力」が必要になります。その力を発揮してそれを遂行するためには、個人の資質としてのメンタリティが非常に重要です。

そこで、何か新しいことに取り組むときに「自分ならできる」という信念を持ち、自らの行動を主体的にコントロールできる「自己効力感」が重要な役目を果たします。

自己効力感は、これまでもビジネスやスポーツの世界、病気の克服などでも注目されてきましたが、これからは人がAIを使いこなし、よりクリエイティブな成果を生み出していける共存関係を構築していく上でも、ますます重要になってくるはずです。

私たちが自信(自己効力感)を持ちづらい背景

内閣府の「子供・若者白書」や他の国際調査で、日本の子どもたちや青少年の自己肯定感が低いことが指摘されるようになって10年以上になります。

未来を切り拓く力となり、次の一歩を踏み出す力となるのが自己効力感だとすると、その前に、自分自身を認めて自分は大丈夫と信じられる自己肯定感が必要なのです。

経済的な豊かさは向上し、人生の選択肢も増えているはずなのに、日本の子どもたちは逆に「自信」を失っています。

自己肯定感が低いことで「自分は大丈夫」「自分の将来は明るい」「未来は自分の力で拓ける」というポジティブな感情が持ちづらくなっています。そのため、自己効力感も低い状況なのです。

教育改革実践家の藤原和博氏は、子どもたちを見ていると、叱られることや失敗を恐怖するあまり、叱られないように、失敗しないように振る舞う態度が顕著になっているといいます。

親は子どもに対して「早く、ちゃんとできる、いい子」を望みます。熱心な親や先生であればあるほど、褒めるより注意することのほうが多いでしょう。すると、子どもは知らず知らずのうちに自信を損なってしまうのです。

ビジネスパーソンはどうでしょうか。これまで10年以上、多くの企業で自己肯定感を軸にした人材育成や組織開発の研修を実施してまいりました。現場で感じるのは、大人になって社会で働くようになったからといって、自信が持てるようになるわけではないということです。

むしろ、自信をなくす出来事のほうが多い中で、いかにそれを糧にリカバーして自信にしていけるかが問われています。

自信を妨げるインポスター症候群

昨今、ビジネスパーソンが自信を持てない要因の一つに「インポスター症候群」が挙げられています。

インポスター症候群とは、自分の能力や実績を認められない状態を指します。仕事でうまくいっても、周囲から高く評価されても「これは自分の実力ではなく、運が良かっただけ」「周囲のサポートがあったからに過ぎない」と思い込み、自己を過小評価してしまう傾向のことです。

インポスター(impostor)は詐欺師、ペテン師を意味する英語です。仕事でうまくいっても自分のキャリアは“まがい物”だと後ろめたく感じて、自分には能力がないと不安に感じるのが特徴です。

組織行動学のアンディ・モリンスキー教授は著書の中で、スターバックスの会長、社長、CEOを歴任したハワード・シュルツは、「CEOに就任するすべての人が不安を感じていて、自分がこのポジションにふさわしいという自信を持っている人はめったにいない」と述べています。

心理学者のキャロル・ドウェックによると、この症状に悩む人は、成果を重視する人が多いといいます。成果重視の人は、自分は力不足だという気持ちになる傾向があります。失敗すると自己の限界を強く感じてしまうため、自分はこの仕事にふさわしくないという懸念が増幅し、自信を喪失するのです。

前出のアンディ・モリンスキーは、インポスター症候群を克服するには、「成果重視」から、その体験から自分が何を学べるかに意識を向ける「学習重視」の発想に変えることが効果的だとすすめています。

「学習重視」の発想になれば、失敗は力不足の証拠とはならず、学習につきもののプロセスとして自分を成長させてくれると捉えることができるからです。

企業でも、とても仕事ができるのに自信が持てず、インポスター症候群だと自覚されている人が少なくありません。

そのような人の多くは、自分の価値を外的要因に左右されやすい仕事の成果や能力、資格などで支える傾向があります。そのため、仕事の成果が上がらなかったり、能力がないと思えることがあったりすると、一気に自分への評価が低くなり自信をなくしてしまうのです。

自己肯定感の研修でインポスター症候群の傾向が改善されるケースが多くあります。それは外的要因に左右されない自分にゆるぎない価値を見いだしていくからです。

ビジネスの現場で求められているもの

企業が力を入れたいテーマとして注目しているのは、「能動的に自分で考え動ける人材(自律型人材)の育成」「仕事における困難を乗り越えられるマインドの醸成」「メンタルヘルス、ストレスマネジメント」などです。


ビジネスの現場で求められているのは、前例がないとやらない「前例主義」やリスクがあることは避けて通る「事なかれ主義」を打破してくれる人。

つまり、前例がなくても能動的に先例を自分が示していこうとする人や、困難や難題に対して、逃げたり避けたり断ったりせず、まずやってみて、失敗しながら試行錯誤を繰り返していけばいいというイノベーターのマインドを持てる人です。

そこには、予期せぬトラブルやリスクがあっても、チームで向き合い、人として成長していける、社員の人生を豊かに幸福にする組織風土をつくっていきたいという企業の思いが伝わってきます。

企業が組織の中で抱えている課題を解決するために、働く人の人的資源である「自己肯定感」や「自己効力感」、「レジリエンス」からのアプローチが注目され、研修では実際に効果を上げています。そのような社員の人的資源を大切に育てていこうとしている企業が増えているのです。

(工藤 紀子 : 一般社団法人日本セルフエスティーム普及協会 代表理事)