中学受験で“全落ち”という厳しい結果を避けるため、併願戦略はどう立てればいいのでしょうか(写真:genzoh / PIXTA)

秋になり、いよいよ年明けの中学受験シーズンが迫ってきている。模試の結果や塾の面談などを通して、志望校選びで頭がいっぱいになっている保護者も多いのではないだろうか。そこで教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏に、中学受験「併願戦略の原則」について寄稿してもらった。

中学受験は構造的な負け戦であるという現実

10月、11月あたりは、小6の中学受験生の親にとって「魔の月」といわれます。最も感情が不安定になります。模試の結果によって、いよいよ志望校を絞り込まなければいけないからです。場合によっては、頑張ればぎりぎりで手が届くかもしれないという淡い期待に終止符を打ち、現実を受け入れなければなりません。

通学可能圏内のさまざまな学校の説明会、運動会、文化祭に参加して、最も魅力を感じる学校が第一志望になります。そこに合格できれば万々歳ではありますが、第一志望に合格できるのは3割にも満たないともいわれています。つまり中学受験が構造的に負け戦であることは、中学受験生の親がまず受け入れなければならない現実です。

しかし、第一志望に合格できなかったからといって中学受験の失敗を意味しません。甲子園を目指す高校野球の選手たちのほとんどが県大会で敗退したからといって、彼らが白球に青春を懸けたことが失敗だったことにはならないのと同じです。受験生を見守る親としては、第一志望は子どもに受験勉強のモチベーションを与えてくれる存在だととらえたほうが精神衛生上、健全です。

ですから模試の結果、偏差値が足りなくて合格可能性が低くても第一志望はあきらめなくていいと、ベテランの塾の先生たちの多くは口をそろえます。それによって仮に不合格をくらっても、結局はそのほうが中学受験の後味が良くなることを経験上よく知っているからです。

憧れの学校から不合格をくらえば当然傷つきます。傷ついているわが子を見るのは親としても非常につらいことです。でも、傷つくことは悪いことではありません。その痛みから何を学び取るかが重要です。傷ついても腐ることなく前を向き、堂々と新しい道を歩み出すわが子の横顔を見て親は、「どんなことがあってもこの子は自分の人生を歩んでいける」と感じられるようになります。それは中学受験が親子にもたらした大きな果実といえるでしょう。

むしろせっかく中学受験をするならば、どこかで納得できる合格を手にすることは前提として、悔しい不合格の1つや2つを経験するほうが、親子にとっての学びは大きくなるんじゃないかと私は思います。

その併願戦略でどこかには受かる確率は何%?

ただし、高嶺の花を第一志望にするのであればなおのこと、慎重な併願戦略が必要になります。納得できる合格を手にできるかどうかは、併願戦略にかかっているといっても過言ではありません。

首都圏模試センターによれば、2019年までの首都圏における中学受験の合格率は100%以上で、つまり選り好みしなければどこかには入れる計算だったのですが、2020年以降は100%を切ってしまいました。2024年の合格率は92.5%。受験生が100人いたら、そのうち7.5人はどこにも入れない計算です。

さらに男女別に合格率を見てみると、男子の親は戦慄します。女子の合格率は102.3%であるのに対し、男子の合格率は83.5%と、約20%もの開きがあります。女子は相変わらず選り好みしなければどこかには入れる状況であるにもかかわらず、男子の約6人に1人はどこにも入れない状況なのです。女子校に比べて男子校の数が圧倒的に少ないことが一因です。男子の場合はより慎重に併願校を選ばなければなりません。

ところで、合格可能性が50%の学校を2校受けたら、どちらかの学校には合格できる可能性は何%だかわかりますか? 「50%+50%で100%」とはなりません。A中学に不合格になる確率は50%、B中学に不合格になる確率は50%。ですから、両方に不合格になる確率は0.5×0.5=0.25で25%です。つまりどちらかには受かる確率は75%となります。

ということは、第一志望の合格可能性が20%であったとしても、合格可能性が50%の学校を2校、80%の学校を2校受けたとすれば、どこにも受からない確率は、0.8×0.5×0.5×0.2×0.2=0.008で0.8%となります。つまり、99.2%の確率でどこかには合格できる計算です。こうやってまさかの全落ちを確率的に防ぐのが併願戦略の基本です。

そのうえで、併願校を選ぶ考え方を、「前受け受験」「午後受験」「複数回受験」の3つ観点から説明します。中学受験関係者のあいだでは常識的なことですが、中学受験の裾野が広がったためか、意外とこの基本を押さえていなかったがために後悔した話を最近よく聞くようになったからです。

1月の受験では合格も不合格も経験しておく

東京都と神奈川県の私立中学は2月1日より前には入試を行わないことをお互いに約束しています。一方、埼玉県と千葉県では1月から入試が行われます。東京都や神奈川県在住の受験生が、1月に埼玉県や千葉県の私立中学を受験することを一般に「前受け受験」や「おためし受験」と呼びます。

そのなかに、もし合格したら実際に通ってもいいと思える学校があればラッキーです。1月に進学先を確保できれば、2月の併願校選びは強気に攻めることができます。

通学時間の問題などから実際には通える学校がない場合でも、前受け受験で合格と不合格の両方を経験しておくと、落ち着いた気持ちで2月の入試を迎えられているケースが多いように、これまでの取材経験からは感じます。

実際には通えない学校だとしても本物の合格をもらえることは12歳の子どもにとって大きな励みになります。一方で、前受け受験でいい結果が出てしまったがために油断したという話はよく聞きますし、1月に不合格から立ち直る経験をしていなかったから2月の本命入試での不合格にショックを受けて立ち直れないまま中学受験が終わってしまったという話も聞きます。前受け受験は傷つく練習にもなるのです。

2月2日の夜は「魔の夜」になりがち

前受け受験で進学先が確保できていない場合には、2月1日か2日のいずれかの午後受験で早めに進学先を確保しておくことが、もし3日以降の後半戦まで入試が長引いたときのお守りになります。

さきほど10月・11月が受験生の親にとって魔の月だと述べましたが、2月2日の夜が「魔の夜」になることが多くあります。この時点でどこにも合格がもらえていないとパニックに近い状態に陥る親御さんも少なくありません。そうなると、後半戦もガタガタになります。

ですから、できれば2月1日の午後受験で、遅くとも2日の午後受験で、確実に合格を手にするように併願校を選びましょう。特に男子の場合には、ここで下手に高望みをしてしまったがために合格を手にできず、メンタルが崩壊して全落ちというパターンも十分に考えられます。

2月1日や2日に午後入試を行う学校の中から、偏差値的には十分に手が届いてなおかつ実際にその学校にわが子が通うことになっても前向きな気持ちでいられる学校を見つけることが、親の重要な役割です。わが子が落ち着いた気持ちで最後まで中学受験をやりきるための環境づくりです。それができれば、仮に第一志望校が不合格だったとしても、どこかで納得できる合格を手にする可能性は高まります。

第一志望の複数回受験をどこまで深追いするか

前受け受験や1日・2日の午後受験で進学先が確保できていれば、憧れの第一志望校の2回目、3回目の入試をどんどん受けてかまいません。複数回受験してくれた生徒には加点の優遇措置がある学校も少なくありません。しかしいくら憧れの第一志望であったとしても、ほかに進学先が確保できていないのに複数回受験に全振りするのは危険です。

一般に初回の入試の難易度がいちばん低く、後半の日程になればなるほど難しくなります。初回の入試で緊張などのために実力が発揮できず紙一重で不合格になったような場合であれば、2回目以降の入試で少しゲタを履かせてもらうことで合格を引き寄せることはありますが、いくら加点措置があるからといって、もともと箸にも棒にも引っかからない受験生が逆転合格をする可能性は極めて低いのが現実です。

第一志望校は子どもにモチベーションを与えてくれる学校だと先述しました。その意味では合格可能性が低くても、チャレンジはさせてあげたほうがいい。ただし、初回の入試でも偏差値が遠く足りていなかったり、過去問でほとんど合格最低点をクリアできていない状況ならば、その現実を受け入れて深追いを避ける決断も必要です。

つらい決断です。でもその現実を徐々に受け入れるという意味で、複数回受験を行う学校を第一志望にする場合、「12月の最後の模試でこれくらいの成績がとれていなかったら、第一志望のチャレンジは2月1日だけにして、そのほかの日程は別の学校を受けようね。いい学校はほかにもいっぱいあるからね」などと、10月や11月の時点からやんわりと子どもに伝えておくことが実は重要です。

現実から目をそらすのではなく、10月・11月の「魔の月」の苦しさに真正面から向き合い、この時点から少しずつ現実を受け入れていくことで、いざ入試本番にパニックに陥る可能性を減らせます。仮にどんな結果になったとしても「やりきった」という達成感を味わうための地ならしになります。結果にかかわらず中学受験を笑顔で終えている親子には、その点が共通している--。それが、これまでの取材経験からいえることです。

中学受験に必勝法はありませんが、必笑法ならあるのです。

(おおたとしまさ : 教育ジャーナリスト)