「積水ハウス事件」首謀者・”内田マイク”の正体…世間が不動産バブルに沸く中、彼はいかにして「地面師のドン」になったのか

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今Netflixで話題の「地面師」...地主一家全員の死も珍しくなかった終戦直後、土地所有者になりすまし土地を売る彼らは、書類が焼失し役人の数も圧倒的に足りない主要都市を舞台に暗躍し始めた。そして80年がたった今では、さらに洗練された手口で次々と犯行を重ね、警察組織や不動産業界を翻弄している。

そのNetflix「地面師たち」の主要な参考文献となったのが、ノンフィクション作家・森功氏の著書『地面師』だ。小説とは違う、すべて本当にあった話で構成されるノンフィクションだけに、その内容はリアルで緊張感に満ちている。

同書より、時にドラマより恐ろしい、本物の地面師たちの最新手口をお届けしよう。

『地面師』連載第18回

『《積水ハウス地面師事件》主犯格が「ファーストクラス」で悠々と高飛び…「内通者」の可能性まで囁かれた警視庁の「大失態」』より続く

内田マイクの正体

2016年の暮れも押し迫った12月19日、不動産業者の耳目を集めた事件の裁判が、東京地裁で開かれた。被告人はこの数年来、都心の地面師詐欺事件の多くにかかわってきた内田英吾こと内田マイクである。積水ハウス事件でも、警視庁はずっと首謀者と睨んで捜査を進めてきた。数多くの地面師事件における最大のターゲットだ。実は積水事件の2年前に警視庁は内田を摘発し、内田はこのとき地面師詐欺の被疑者として証言台に立った。

午後2時、その裁判が始まった。傍聴席から見た証言台の内田は、妙な貫禄があった。

当時63歳、内田は身長180センチ前後ある長身で、がっしりした体躯をしている。丸刈りに近い白髪交じりの短髪に黒縁のメガネをかけ、黄色いネクタイに濃紺のブレザーを羽織っていた。一見すると、大学や企業のラグビー部監督のようないでたちだ。が、その正体は20年ほど前に「池袋グループ」と呼ばれた集団を率いていた犯罪集団のボスである。内田はいかにも詐欺集団を率いる親玉然としていた。

当時はあまり注目されなかったが、内田の存在が新聞などで初めて取り沙汰されたのは、2000年代に入ってからだった。ITバブルといわれた時期にあたる。六本木ヒルズ族に代表された新興成金がファンドを使った不動産投資に浮かれていった。それを後押ししたのが首相の小泉純一郎だ。内閣に首相肝煎りの都市再生本部が置かれ、文字どおり、東京や大阪などの都市の再開発計画が立ちあがっていく。ヒルズ族が集う六本木には、都市再生計画の目玉に据えた東京ミッドタウンが出現した。

久方ぶりに訪れたそんな都心の不動産バブルは、内田ら地面師たちの暗躍するかっこうの舞台となる。

地面師グループの実態

〈「地面師」5組織が暗躍 暴力団、直接関与も 警視庁が全容解明〉

2003年2月6日付毎日新聞夕刊は、彼らを特集した。2002年4月に警視庁捜査二課が内田を逮捕し、そこから地面師グループの実態が表面化してきた。記事は次のように書く。

〈不動産登記の申請書類を偽造して所有者になりすまし、他人の土地を勝手に転売する「地面師」のグループが都内に5つ存在することが警視庁捜査二課の調べでわかった。相互に連携を図りながら、少なくとも十数件の物件を転売するなどしていた。同課がこれまでに詐欺容疑などで逮捕した約30人のうち3人が暴力団組員で、暴力団の直接の関与が初めて明らかになった。警視庁は不況下で、暴力団が新たな資金源として地面師グループに接触を図ったものとみて解明を進める〉

地面師集団は、新宿や池袋、錦糸町などの駅前の喫茶店やホテルにたむろしてきたため、当時、警視庁はそれを「新宿グループ」や「池袋グループ」「総武線グループ」(別名・錦糸町グループ)などと呼んだ。そのなかで内田は池袋グループの頭目として逮捕され、悪名が知られるようになる。ちなみに当時の最大勢力は新宿グループとされた。1998年には元マラソン選手の瀬古利彦から3900万円を騙し取ったとして犯行グループが逮捕されたこともある。内田の率いた池袋グループと新宿グループについて、警視庁はこう発表していた。

〈「池袋」の事件では住吉会系組員(44)が所有者役を務めたが、「新宿」の事件では、43歳と47歳の山口組系組員2人が所有権移転のシナリオを描くなど中心的役割も果たすようになった。

ある捜査幹部は「暴力団は地面師詐欺だけでなく、取り込み詐欺や偽札づくりにも関与している。不況でしのぎが厳しくなって、資金源獲得のため、なりふり構わず犯罪に手を染め始めた」と指摘している〉(同・毎日新聞)

謎に包まれる「マイク」の由来

こうして内田はいったん検挙され、懲役暮らしを余儀なくされる。服役後、釈放された当人が数年前に復活した。2000年代初めに検挙された多くの地面師が引退するなか、活動を再開した数少ない地面師の1人だ。いまや日本の地面師集団の頂点に立つ、と評判の大物詐欺師である。

マイクといっても、外国人やハーフではない。本名ではあるが、以前は英吾と名乗っていた。マイクという外国人のような名にしたのは、どのような経緯なのか。

一説によると、駐留米軍の兵士と日本人妻のあいだに生まれ、苦労してこの世界に入った、とまことしやかに伝えられてきた。だが、どうやらそうではなさそうだ。積水ハウス事件のカミンスカス操が旧姓の小山から改姓したように、内田は服役後にマイクを名乗るようになった。

概して地面師たちは、詐欺のテクニックにかけて自信を持っている。単なる口八丁ではなく、彼らの犯行計画は計算された上で動いている。一方、いくら大物といっても、広域暴力団の組長や極左の過激派のリーダーのように著名でもなく、その素顔はほとんど世間に知られていない。そんな地面師の代表格の一人が、内田マイクといえる。

『「覚醒剤」「脱税」「暴力団」不祥事にまみれた不動産取引…マンション開発ブームの裏で六本木の黒服が「大物地面師」になるまで』へ続く

「覚醒剤」「脱税」「暴力団」不祥事にまみれた不動産取引…マンション開発ブームの裏で六本木の黒服が「大物地面師」になるまで