積水ハウス事件の「ヤラカシ社長」がクビ直前で大どんでん返し!人事刷新クーデターの舞台裏とは

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今Netflixで話題の「地面師」...地主一家全員の死も珍しくなかった終戦直後、土地所有者になりすまし土地を売る彼らは、書類が焼失し役人の数も圧倒的に足りない主要都市を舞台に暗躍し始めた。そして80年がたった今では、さらに洗練された手口で次々と犯行を重ね、警察組織や不動産業界を翻弄している。

そのNetflix「地面師たち」の主要な参考文献となったのが、ノンフィクション作家・森功氏の著書『地面師』だ。小説とは違う、すべて本当にあった話で構成されるノンフィクションだけに、その内容はリアルで緊張感に満ちている。

同書より、時にドラマより恐ろしい、本物の地面師たちの最新手口をお届けしよう。

『地面師』連載第16回

『実は積水ハウスは「地面師詐欺」に気づいていた⁉...被害額の誤差や不自然な取引が与える”違和感”』より続く

会長追い落としクーデターの舞台裏

それは、積水ハウス事件から半年あまり経った2018年1月24日の出来事だった。

「ではこれより取締役会を開催します」

午後2時ちょうど、大阪市北区の積水ハウス本社で、会長の和田勇が議長として、重役会の開催宣言をした。76歳(取締役会当時。以下同)の和田は細身の身体に似合わないハリのある声をしている。取締役会のメインテーマが、東京・五反田の海喜館をめぐる地面師詐欺なのは言うまでもない。和田はすぐにその議題に入った。

「本日、調査対策委員会が進めてきた調査報告書が提出されました。執行の責任者には極めて重い責任があります」

積水ハウスでは事件を公表したひと月後の9月、社外監査役と社外取締役らで調査対策委員会を立ち上げ、事件の経緯を調べてきた。その調査結果の報告がなされたのが、この日だったのである。和田を含めた9人の社内役員に加え、2人の社外取締役を加えた11人の内外の重役が会議に参加していた。

「したがって最初に、最も重い責任者である阿部俊則社長の退任を求めます」

和田はそう切り出した。社長解任の緊急動議である。戸建て住宅のハウスメーカーとしてスタートした積水ハウスは、近年のマンションやリゾート施設の開発、さらには海外事業も手掛け、業績を伸ばしてきた。その立て役者が和田であり、実力会長として業界に名を馳せてきた。10歳違いの阿部を社長に引き立て、バックアップしてきたともいえる。いわば2人は師弟関係にあったのだが、その弟分の社長をばっさり切り捨てようとしたことになる。それほど事件の衝撃は大きかった。

社長の解任動議から反撃へ

半面、実は社長の解任については、本番の前に開かれた社外取締役会でも諮られていたので、すでに情報が漏れ伝わっていた。そのため出席した重役たちのあいだにはさほどの驚きも、混乱もない。まるで予定されていた行事であるかのように、採決へと進んだ。事前におこなわれた社外取締役2人の協議では、阿部の退任に異論はなく、和田の申し出が了承されていたからでもある。解任動議の当事者である阿部は、ひとり会議室をあとにし、10人の重役による社長退任の決議が粛々とおこなわれた。

しかしその緊急動議の採決は予想外の結果に終わった。賛成5に対して反対も5--。数だけでみると真っ2つに割れているように思えるが、阿部を外した10人の出席者の内実は、社外の2人と会長である和田以外に2人の賛成しか取り付けられなかったことになる。むろん過半数にも達していない。そのため、社長の解任動議は流れてしまう。

すると今度は、会議室に呼び戻された社長の阿部が反撃に出た。

「私は混乱を招いた(取締役会の)議長解任を提案します。新たな議長として、稲垣士郎副社長を提案します」

すでにこの時点で勝敗は、決していたともいえる。単純に計算すると、内外11人の全取締役のうち、和田派は5人、一方の阿部派は本人を入れると6人だ。その計算どおり、議長交代が6対5で可決された。そして返す刀で阿部が立ちあがって告げた。

「ここで、会長である和田氏の解任を提案します」

こうなると、退席した和田の一票が減る。そうして10人の重役の投票により、会長の解任動議が6対4で可決されたのである。

満を持したクーデター

社長の阿部は、もとよりこの日のクーデターを想定して動いてきたに違いない。08年に社長の座に就いて以来10年ものあいだ、会長の和田の顔色をうかがいながら、経営にあたってきた。とりわけ東京の不動産ブームに乗り、マンション事業を推し進めてきたが、まさにそこで躓いたのである。

危機感を抱いた阿部は取締役会に先立つ17年12月には、マンション事業部本部長を務めてきた常務執行役の三谷和司に詰め腹を切らせた。東京シャーメゾン事業本部長で同じ常務の堀内容介にマンション事業を兼務させ、法務部長や不動産部長の部長職を解くといった更迭人事に手を付けていった。

そうしておいて自らは、和田に代わって会長に就任すべく、事件直後から動いた。

「今度の件で、君に社長を任せたい、と思っているのだけど、どうかな」

そう囁かれたのが、常務執行役の仲井嘉浩だった。仲井は阿部にとってひと回り以上年齢が下の52歳で、和田からするとふた回り違う。大幅な若返り人事でもある。なにより社長の椅子を約束する打診を断るはずもなかった。

こうして和田退任のレールを敷いた上で臨んだのが、先の取締役会だったのである。阿部会長、仲井社長という新たな布陣を決めた重役会のあと、阿部が会見に臨んだ。

「五反田の件の責任はどうなるのですか。今度の社長人事はその結果でしょうか」

そう尋ねる質問が相次いだ。それは無理もない。五反田の海喜館取引に積極的に乗り出したのが、当の阿部だった。自ら現地の視察にも訪れ、社内では社長案件と呼ばれてきた。が、阿部は自らの取り組みはむろん、取締役会でのクーデターのことなどおくびにも出さず、こう言い張った。

「それは関係ありません。(若返りのための)人事刷新です」

3月5日には、個人株主が阿部を善管注意義務違反などで訴え、損害賠償と遅延損害金の支払いを求める請求をおこなった。そのあたりから、警視庁による本格的な捜査が始まる。

『《積水ハウス地面師事件》主犯格が「ファーストクラス」で悠々と高飛び…「内通者」の可能性まで囁かれた警視庁の「大失態」』へ続く

《積水ハウス地面師事件》主犯格が「ファーストクラス」で悠々と高飛び…「内通者」の可能性まで囁かれた警視庁の「大失態」