それは9月11日に開催されたMTV VMAのレッド・カーペットでのこと。プレゼンターのひとりとして姿を見せたマネスキンのダミアーノ・デイヴィッドがAP通信の記者とのやり取りの中で突如、「僕は長い間新しいプロジェクトに取り組んでいて、27日にそれをリリースするから、楽しみにしていて欲しいな」と発言したのである。

瞬く間に世界中に広まった彼の言葉通り、幾つかのティーザー映像を経て送り出されたのは、すでにご承知の通り、ソロ名義のデビュー・シングル「Silverlines」だった(‟silver lining”は‟ポジティヴな兆し”を意味する)。英国人プロデューサーのラビリンス(サム・スミス、ビヨンセなど)をプロデューサーに迎えたこの曲は、新たなチャプターの始まりでありながらもグランド・フィナーレと呼ぶに相応しい趣を湛えた、荘厳なオーケストラル・バラードに仕立てられており、ダミアーノのボーカル力を存分にショウケースすると共に、バンドのそれとは全く異なる方向性を提示。何らかの大きな試練に直面していたことを示唆する内省的な歌詞の内容も然りで、ダミアーノにとって差し迫る理由があったからこそ生まれた曲なのだと、窺い知ることができる。

ならばなぜ今なのか、何が彼を駆り立てたのか、なぜグランド・フィナーレから始まるのか? マネスキンからヴィクトリア・デ・アンジェリスに続いてソロ・プロジェクトをローンチした彼に、早速訊いてみた。

ソロ・プロジェクトが動き出すまでの背景

―まずは、ソロ・デビュー・シングル「Silverlines」を世に送り出す今の率直な気持ちを教えて下さい。

ダミアーノ:単純に”新曲をリリースする”ということは、過去に何度も体験しているから新しい体験ではないけど、ソロ名義というのは初めてだから、もちろん興奮しているよ。

―新人に戻って再スタートを切るような気分だったりもするんでしょうか?

ダミアーノ:僕の今の心境にはふたつの異なる側面があって、一方では、確かに新人に戻って自己紹介をしている気がする。でも他方では、これまでの活動を通して僕が人々に見せてきたものがあって、ソロ活動を通してそこにさらに積み重ねていくという捉え方も、できると思うよ。

―そもそも、このプロジェクトはいつスタートしたんですか?

ダミアーノ:今年1月に着手したから、もうすぐ1年になるね。

―ずばり、なぜこのタイミングでソロ活動を始めようと決心したんでしょう?

ダミアーノ:第一に、ここにきてバンドの全メンバーが、少し立ち止まってひと息つくにはいいタイミングなんじゃないかという意見で一致したんだ。そして第二に、これまで長い間バンドで活動してきて、バンドでは見せることが出来ない、自分の別の面を見せたいという欲求が高まってきたというのもある。今までとは異なるフィーリングを表現し、異なる視点に立って歌いたいな、と。それがバンドの枠内では叶わないということにだんだんフラストレーションが募っていって、今こそ一歩踏み出すべき時が来たと感じたし、これを実行することが自分にとって必要不可欠だという結論に至ったんだよ。

―2023年初めに3rdアルバム『RUSH!』を発表し、ツアー共々大成功させたことで、マネスキンがひとつの時代の終わりに辿り着いたようなところがあったんですか?

ダミアーノ:どうなんだろう。僕が思うに、アルバムの1枚1枚がひとつの時代だと言えるし、新しいアルバムをリリースするたびに、その前の時代に終止符を打ってきたように感じるけどね。

―例えばこれまでマネスキンの曲を書いていて、「これはパーソナル過ぎるからやめておいたほうがいいな」と、自分を抑制するようなケースはありましたか?

ダミアーノ:う〜ん、そこはどういう風に話していいのか、ちょっと難しいところなんだよね。バンド内の力関係というかバランスみたいなものって、その時々に常に変わるもので、何らかの判断をする時には色んな理由が絡んでくる。ひとつの出来事がソロにつながったというわけじゃないし。うん、たくさんのことが複雑に絡み合ってこういう答えを出したという感じだね。

終着点から始まるストーリーテリング

―これまでにもソロのシンガー・ソングライターになりたいと思ったことはあるんですか?

ダミアーノ:子ども時代にシャワーを浴びながらひとりで歌っていた頃の僕はもちろん、バンドで歌いたいとか、ソロ・シンガーになりたいとか、具体的に考えていたわけじゃない。ただとにかく音楽をやりたいと思っていただけだからね。そして僕がバンドに加わったことも、計画していたわけじゃなくてたまたまメンバーとの出会いがあって、意気投合して一緒に音楽を作ろうという流れになった。とはいえソロ・プロジェクトへの関心は以前からあったし、単純にバンドとは異なる形態の表現だから試してみたいと思っていたんだ。どちらかがより優れているという話じゃなくてね。

―シングルのリリース前にあなたはティーザー映像を数本公開しました。その1本の中で自分の人生を振り返って、”In my life Ive been a thief, a liar, a lover, a shapeshifter”と語っていましたね。”a lover(恋人)”はさておき、自分を”a thief(盗人)”であり、”a liar(嘘つき)”であり、”a shapeshifter(シェイプシフター:変身能力者)”と呼んでいる理由を説明してもらえますか?

ダミアーノ:なぜ”a thief”なのかと言えば、音楽って、ほかのアーティストから”盗む”ことだと僕は考えているから。さらに言えば、一組のミュージシャンから全部盗むとしたら”盗人”なんだけど、大勢のアーティストから少しずつ盗めば、その人は”アーティスト”になれる(笑)。そして”嘘つき”に関しては、ごく身近な物事を可能な限り美しいものに仕立て上げるという意味において、音楽は”悪意のない嘘”だと捉えることができるよね。濃いめにメイクをするような感じかな。それから”シェイプシフター”は、音楽の世界には様々な表現があるから、僕自身もたくさんの異なる試みに取り組んでいきたいという意思を表しているんだよ。

―なるほど。同じティーザーの後半では、”Ive travelled all over the world to find my voice just to end up where everything started(僕は自分の声を探し求めて世界中を旅した挙句、結局出発点に戻ってきた)”とも語っています。これも非常に興味深いコメントですね。

ダミアーノ:実はソロ・プロジェクトを始めた頃の僕は、すごくアンハッピーな状況にあってね。アルバムを作り上げることが、そんな僕に癒しを与えてくれたんだ。その癒しに到達するためにどういうプロセスを踏んだのかと言うと、僕は新しく何かを手に入れたのではなくて、言うなれば、自分の中からたくさんのものを取り除く必要があった。うまく説明できないんだけど、そういう想いが僕のコメントに込められているんだよ。

―今のあなたにとって必要ではないものを手放したということ?

ダミアーノ:そういうことだね。僕をハッピーにしてくれないものを排除して、出発点に戻ったってわけだ。

―となるとやはり、得られたカタルシスは大きかったんでしょうね。

ダミアーノ:もちろんだよ。

―音楽的にソロ・アーティストとしてやりたいことは、分かっていたんですか?

ダミアーノ:いいや。曲作りのアプローチそのものはバンドでやっている時と変わらなかったけど、サウンド面は完全に白紙の状態からスタートしたから、僕にとって全く新しい体験になったよ。自分が何を目指しているのか分かっていなかったと言うか、正確には、特に目標を定めていなかった。重要なのは作業を楽しむことであり、思い付くままに様々なスタイルを取り入れながら曲を作ることであり、そうやって色んなことを試したあとで、自分の心に最も強く訴えかけて、僕をインスパイアしてくれるものに焦点を絞ったんだ。

―では、なぜ「Silverlines」をソロ・アーティストとしての第一声に選んだんでしょう?

ダミアーノ:その理由は曲が持つ意味合いにあって、「Silverlines」はそもそも、旅の終わりを描写している。つまり敢えて終着点からスタートして、時間を遡って起きたことを辿っていくというストーリーテリングに挑戦していて、すごく面白かったよ。

―今後リリースする曲を通して、ここに至るまでの経緯を伝えていくということ?

ダミアーノ:そのつもりだよ。

マネスキンとは一線を画したサウンド

―共作者でもあるラビリンスをコラボレーターを選んだ経緯を教えて下さい。

ダミアーノ:実は僕自身がラビリンスを指名したというわけではなくて、そもそも彼みたいなアーティストとコラボできるとは思ってもみなかった。言うなればうれしい偶然が重なって、一緒にやれるかもしれないって話が飛び込んだんだ。そんな素晴らしいオファーに、ノーと言えるわけはないからね(笑)。ラビリンスと作った曲でソロ・デビューできるというのは、本当に光栄なことだよ。

―ギターの音が一切聞こえてこない、マネスキンの世界とは一線を画したサウンドは自然な成り行きなんでしょうか? それとも、ある程度意図したこと?

ダミアーノ:どちらとも言えるんじゃないかな。もちろん、バンドとの差別化は僕にとって重要なことではあった。ふたつのプロジェクトの音楽性がぶつかるとか、差が曖昧で混同されてしまうという事態は避けたかったからね。それは、僕にもバンドにもフェアじゃないと思う。と同時に、こういうサウンドになったのは自然な成り行きでもあって、僕というひとりの人間から発せられた音楽だから、完成に至るまでのプロセスは異なるし、妥協する必要がなかった。……いや、”妥協”というのとは違うな。バンドとしての音楽作りにおいては、そもそもメンバーの共同作業である以上、お互いに譲り合う部分が出てくることは織り込み済みなんだよ。でもソロ・プロジェクトに関しては、自分の思考の流れを途中で無理やりカットしたりする必要は一切ない。だからこそ、必然的に異なる結果に辿り着いたんだと思うよ。

―ゴスペルやクラシック音楽の影響を感じさせる、壮大なプロダクションですよね。

ダミアーノ:これは「Silverlines」だけではなくアルバム全体に言えることだけど、今回の僕は、非常に広いエモーションの振れ幅を描き出せるサウンドを探し求めていた――と説明するのが妥当なんだと思う。だからこそすごくドラマティックなサウンドが生まれたわけで、シアトリカルでさえあるよね。歌詞の激しさに相応しいサウンドを追求した結果なんだよ。

―歌詞もバンドの曲とは趣向が異なっていて、非常に率直な言葉で、心の中身を露わにしています。男性として、自分の内面をさらけ出すことに抵抗はあったんでしょうか?

ダミアーノ:まあね。

―じゃあ、何があなたの肩を押したんですか?

ダミアーノ:う〜ん、それをやらないという選択肢は僕にはなかった――と言っておこうかな。もう肉体的に限界に達していて、そうせずにいられなかったんだよ(笑)。

―もしかして、ロックバンドのフロントマンとして一種のキャラクターを演じているように感じることもあったんでしょうか?

ダミアーノ:というか、僕らがバンドとして築き上げたものはあまりにも強大であるがゆえに、オーディエンスが自分たちに寄せる「こうあって欲しい」という期待もまたすごく大きくなるし、こっちもそれに応えなければならないよね。そういう意味においては、答えはイエスであり、僕は居心地の悪さを覚えることもあった。とはいえ、オーディエンスが期待するのは自然なことで、僕がマネスキンの一員としてオーディエンスに提示する姿も、間違いなく自分の一部分だ。でもそれが全てじゃないし、僕のほかの側面にも人々に見せる価値があると思っていて、まさにそこにスポットライトを当てるために、ソロ・プロジェクトを始めたんだよ。



―「Silverlines」を書いた時の心境について教えて下さい。先ほど終着点から始まるという話がありましたが、確かに、嵐のあとの静けさを描いた曲ですよね。

ダミアーノ:この曲はソロ・アーティストとして曲作りを始めて、最初の段階で生まれたから、僕の頭にあった心情はやっぱり、”希望”だと言えるのかな。希望を投影しているような音楽を作りたいという気持ちがすごくあった。日本のみんなも気に入ってくれるよう願っているよ。そうすればまた日本に行く理由ができるし、できるだけ長い間そっちにいたいんだよね(笑)。僕は心から日本を愛しているから。

―MVはどんなコンセプトのもとに撮影したんですか?

ダミアーノ:とにかく、曲そのものが含むドラマ性に見合った、シネマティックな作品を作り上げることを目標に掲げていたんだ。非常に隠喩的でもあり、僕自身すごく気に入っているよ。

―そのMVを始め、すでに世に出ているヴィジュアルでのあなたは、常にシャープなスーツ姿ですよね。ソロ活動のユニフォームみたいなもの?

ダミアーノ:そんなところかな。”ユニフォーム”って言葉はいいね。うん、ユニフォームって呼ぶことにしよう(笑)。

―究極的に、ソロ・アーティストとして一番伝えたいのはどんなことなんでしょう?

ダミアーノ:僕としては、自分が多面的な人間だということ、全範囲のエモーションを感じているということが伝わればうれしいね。ほかの同年代の男性たちと変わらない悩みを抱えているんだってことが。こういう仕事をしていて、すごく恵まれた生活を送ってはいるけど、僕もひとりの生身の男に過ぎないんだよ。


ダミアーノ・デイヴィッド
「Silverlines」
再生・購入:https://SonyMusicJapan.lnk.to/DamianoDavid_slRS