彼チーム 舞台写真 撮影=田中亜紀

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チロンプロデュース『ボクの穴、彼の穴。W』が2024年9月17日(火)に東京・スパイラルホールで開幕した。東京公演は29日(日)まで。その後、10月4日(金)~10月6日(日)大阪・近鉄アート館でも上演される。同公演のオフィシャルレポートが到着したので紹介する。

本作は、松尾スズキが翻訳した絵本『ボクの穴、彼の穴。』(千倉書房)をもとにノゾエ征爾が翻案・脚本・演出を手掛けた二人芝居で、2016年、2020年とPARCOプロデュースで上演された。今回は、井之脇海・上川周作ペアの<ボクチーム>、窪塚愛流・篠原悠伸ペアの<彼チーム>の2チームによるダブルキャストでの上演となっている。

上川周作<ボクチーム>

戦場に残された敵対する二人の兵士が、それぞれ穴の中で孤独や空腹に耐えながら相手の出方を探っている。与えられた戦争マニュアルには「敵は血も涙もないモンスターだ」と書かれており、やがて限界を迎えた「ボク」は、敵を殺さなければ自分が殺される、とこの戦争を終わらせる決意を持って相手の穴へと向かうのだが……。

窪塚愛流<彼チーム>

ボクA(上川周作/窪塚愛流)とボクB(井之脇海/篠原悠伸)による二人芝居ではあるが、基本的にはそれぞれのモノローグで舞台が進行するため、ひとり芝居を交互に見ているような感覚だ。ボクAもボクBも味方は既に誰一人おらず、この戦場にいるのは「敵」が一人だけ。相手がどう出るのかお互いに「待つ」だけの日々を過ごしている。各俳優が等身大の兵士として登場するのだが、不満や弱音などを包み隠さず吐露する姿はごく普通の青年で、ここが戦場だということを忘れさせるような彼らの言動に思わず笑ってしまう場面も多々ある。

ボクチーム 舞台写真

同じ状況に置かれた兵士同士という共通点を持つ二人のモノローグから浮かびあがる人物像は、似ているところも多いが、決定的に違うところもある。特に、ずっと孤独だったボクAと、大切な仲間・マイケルを失ったボクBという違いが大きなコントラストを生み出す。内へと向かうボクAと、外へと発散するボクBという、セリフの向かう方向や感情の発露の仕方に明らかな違いが見て取れる。バックボーンがひとつ異なるだけでも、全く違う思考となることがリアルに伝わってくる。

ボクチーム 舞台写真

ノゾエ征爾の演出に前回の上演時から大幅な変更点はないが、作品から感じる温度や手触りは大きく異なって感じられた。その理由のひとつはもちろん、演じている俳優が異なるということ。今回の2チームの間でも、同じ脚本と同じ演出家でここまで変わるのかと驚きを感じるほどの違いが生まれていた。<ボクチーム>は脚本と演出と俳優が見事に融合しており、井之脇と上川の柔軟性や巧さにより作品の全体像が舞台上にクリアに立ち上がる。井之脇の「山」のようにどっしりとした存在感と、上川の「林」のような落ち着きの中ににじむユーモアが、美しいハーモニーを奏でながら作品のメッセージ性をまっすぐに撃ち抜いており、まさに盤石の上演だ。

彼チーム 舞台写真

一方<彼チーム>の窪塚と篠原は、「そう来るか」と意外性のある演技や間の取り方があちこちに見られ、次にどう出てくるのか目が離せなくなる緊張感はあたかもジャズのセッションのようだ。少年性を強く感じさせる窪塚と、時に凶暴性にも近い鋭さを見せる篠原から生まれる空気感は不穏さを内包し、身体的にも精神的にも限界を迎えている兵士の状況と強烈にシンクロする。窪塚の「風」のような軽やかな自由さ、篠原の内にこもる「火」のような熱量の高さが、互いに影響を与え合いながら勢いを増していく様には高揚感を覚えた。両チームの作品へのアプローチ方法を比較するならば、<ボクチーム>は物語の主題にフォーカスが強く、<彼チーム>は登場人物へのフォーカスが強い、という印象だ。演出のノゾエが各チームの特性を見極め、それに丁寧に寄り添ったことにより、同時に2作品が生まれたと言っても過言ではない。

ボクチーム 舞台写真

4年前の上演と大きく異なって感じられた理由として、世界の情勢が大きく変わり、観客側の「戦争」に対する意識や手触りに変化が生まれたこともひとつあるだろう。1945年の太平洋戦争終結後も世界のあちこちでは常に戦争が起こっていたが、ここ日本は国としては「戦後」を歩んできた。21世紀に入って一気にグローバル化が進んだことにより、日本と世界の距離が年々縮まり、世界で起きている戦争は日本にとってもより近いものになっている。実際、2022年2月に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻、昨年10月に始まったイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘を、他国のことだから関係ない、とは国としても個人としても切り捨てられないし、切り捨てたくない。

篠原悠伸<彼チーム>

井之脇海<ボクチーム>

その分、いつまで経っても終わらない戦争、そして生々しく伝わってくる現地の悲惨な状況に愕然としている人が多いだろう。今、この瞬間にもかの国は「戦中」で、本作に描かれた「ボク」と「彼」のような物語が、現実で起きているかもしれない。戦場にコンビニがないと嘆く彼も、人肌を恋しがる彼も、遠い国の知らない誰かではなく、すぐ隣にいるよく知っている「彼」であり、同時に「ボク」でもあるのだ。世界中に「ボク」と「彼」が溢れたら、戦争はいつかなくなるだろうか。舞台上に繰り広げられる、二人だけのミニマムな世界に生まれた小さな希望の光は、たくさん集まればまぶしい輝きになるのではないだろうか。今日もニュースは終わらない戦争の状況を報じているが、それでも希望は捨てたくない、とそっと勇気を与えてくれる力のある作品だ。

彼チーム 舞台写真

取材・文=久田絢子 撮影=田中亜紀

10月4日(金)からの大阪会場のチケットはイープラスにて販売中。