やっぱり真夏に甲子園で野球をやるのは厳しい…「9回制→7回制」の議論よりも高野連が真っ先にやるべきこと
■なぜ高野連は「9回制から7回制」にしようとしているのか
夏の甲子園が京都国際高の初優勝で幕を閉じて1カ月が過ぎた。今にして思うのは、この第106回の大会が、甲子園、高校野球にとって大きな分岐点になるのではないか、ということだ。
日本高野連は、ここ数年、大きなルール、レギュレーションの改定を次々と打ち出してきた。
延長13回からの「タイブレーク」の導入(2018年)、「申告敬遠」の導入(2020年)、さらに2「7日間500球の球数制限」を導入(2021年)。
2023年にはタイブレークが延長10回からと改められた。
同年の夏の甲子園では5回終了時に10分間の「クーリングタイム」が設けられた。
今年は春の甲子園から、反発係数が低い新規格の金属バットが導入された。夏の甲子園では「試合開始時間の変更」が行われ、開会式から3日間は、午後の時間帯に試合を行わない「二部制」が導入された。
さらに日本高野連は「9回制から7回制」への移行についても「ワーキンググループ」を設置して検討に入ると発表した。
わずか10年前と比べても、高校野球は大きく様変わりした。
曰く「守旧派」曰く「先例主義」曰く「権威主義」。今でも高野連に対しては、この手の批判をする人がいるが、それは旧聞に過ぎなくなっている。このところの日本高野連の「改革」は、驚くばかりではある。
■野球人口減少は「少子化」だけが要因ではない
筆者は日本高野連に足を運び、直接話を聞いてきたが、高校野球の存続に対する強い危機感があるのは間違いないところだ。
まず高校野球の競技人口減少が止まらない。日本高野連の公式サイトによれば、2017年には17万312人いた男子硬式野球部員は、2024年には12万7031人と25.4%も減少している。
参加校数も2005年の4253校をピークとして2024年は3798校と10.7%の減少だ。この減少幅は少子化だけでは説明がつかない。
高校野球はさまざまな理由で「高校生から選択されない」競技になっているのだ。
かつては「甲子園で潰れたら本望」と本気で口にする指導者や父母もいたし「夏の暑さなど精神力で克服できる」という人もたくさんいたのだ。
そうした高校野球の古い固定観念を打破し、新たな高校野球の姿を見せるために、明確な改革の姿勢が必要になっているのだ。
しかしながら、夏の甲子園を取り巻く状況は厳しい。
筆者は今年、7月上旬から高校野球の地方大会、甲子園を観戦した。今年は、愛知県など第試合開始時間を早めたところもあり、暑さを実感するために各地の大会の第1試合を観戦した。
■選手の暑さ対策はできている
今年は梅雨らしい梅雨がなかったこともあり、7月の上旬から日差しは強かった。
それでも7月上旬は、風は涼しくしのぎやすかった。7月中旬以降は朝から空気が暖められて熱風が吹き始めていた。そして甲子園の大会が始まる8月上旬には、朝から耐え難い暑さになっていた。
ただ、観戦していて感じたのは「選手はまだこの暑さは耐えられるのではないか」ということだ。
「暑熱順化」という言葉がある。軍隊などで炎天下に重装備で行軍練習をするなどして、夏の暑さに耐えられるように体質を変えることを言う。
高校野球部でも、あえて炎天下にノックなどの猛練習をすることで、夏の暑さに耐えることができる体質を作る練習が行われている。選手が「試合よりも練習がきつい」というのは、このためだ。選手にとっても過酷な環境ではあるが、それなりの「準備」はできているのだ。
それに地方球場であってもバックネット裏の本部室や会議室などは空調が利いている。ドリンクタイムなどにはこうした部屋に駆け込んで冷風に当たることも可能なのだ。
もちろん「連合チーム」など、練習機会に恵まれない学校の選手は暑熱順化できていない可能性があるが。
■灼熱に晒される観客たち
一方で、応援団や観客の多くに暑熱順化できている人はそういない。退避場所もそれほどない。耐え難い暑さにさらされて熱中症になる人も多い。
炎天下で演奏する吹奏楽部の生徒なども、気分が悪くなって日陰に駆け込む人がいた。応援席には、冷凍したペットボトルのドリンクを配って回る人がいる。筆者もいくつか受け取った。「学校関係者ではないので」と断ったが「誰であっても倒れられては困りますので」と渡された。
地方大会の会場となる球場の多くは、内野部分に屋根や庇が設置されていない。観客は直射日光にさらされる。逃げ場がない印象だ。
そういう球場でも外野席には樹木が植えてあって日影があるのだが、地方大会では管理の関係上、外野席を開放していないことが多い。しかし暑さ対策を考えるなら外野席の開放も考えるべきだろう。
そして選手や観客以上に、厳しい状況に置かれているのが審判だ。審判は選手と異なり、攻守交代の際もベンチに戻ることはできない。ボールボーイが持ってくる飲料を飲むくらいしかできない。
■誰が審判の体調を管理するのか
審判は「マスターオブゲーム」で試合全般の進行をすべて司っている。選手に「しっかり水分を補給しなさい」と言い、少しでも苦しい表情を見せた選手はベンチに下がらせるなど、選手の健康に気遣っているが、審判自身の体調は自分で管理するしかない。
中には足がつるなど熱中症の症状が出て、控えの審判と交代する例も出てきている。選手より年長で、過酷な任務に就いている審判は、限界ぎりぎりになっている。高校野球の審判がボランティアであることを考えれば、審判問題も危機的状況だ。
前述のとおり、甲子園の大会が始まる8月初旬は、最も暑さが厳しい時期ではある。
しかし出場するのは暑熱順化ができている選手たちではある。しかも甲子園の両軍ベンチはエアコンが利いている。クーリングタイムもあるし、地方大会より厳しいとは言えない。
ただし甲子園ともなれば、選手の気持ちの入り方は地方大会とは異なっている。
今大会では開会式直後の第1試合、滋賀学園対有田工戦で両軍合わせて9失策があった。第3試合でも、智辯学園対岐阜城北戦(延長11回)で両軍合わせて11失策を記録したのは、選手たちが甲子園という大舞台で、過度に緊張していたからだろう。そういう状況では熱中症のリスクは高まる。
■夏の甲子園の観客数は減っている
甲子園の内野席には「銀傘」という大屋根がついている。特に一塁側は朝から日陰になっている。しかし一三塁のアルプス席と左翼、右翼の外野席はほぼ一日中、日光に照らされる。
アルプス席に陣取る応援団は非常に厳しい状況に置かれる。救護室に運ばれる人も少なくなかった。そして、審判の過酷さは地方大会と同様だ。
阪神甲子園球場は、150億円を投じて2027年までに「銀傘」をアルプス席の上まで増築すると発表した。しかしそれが竣工しても外野席は従前のまま、直射日光にさらされる。
実は今年の甲子園は、これほど盛り上がりながら、ほとんど満員にならなかった。
2024年の総観客数は48試合で67万800人、これは昨年の63万9300人より多いが、2010年以降、コロナ禍前までは毎年80万人以上を動員していたことを考えると、寂しい状況だ。
入場料を値上げしたのが大きいのだろうが、それに加え酷暑の影響があって客足が遠のいたのではないか。
ここまで高校野球の現状を見てきて思うのは「夏の高校野球」は選手だけでなく観客や審判、スタッフにとっても過酷な環境になってきていると言うことだ。
スポーツは「する(選手)」「見る(観客)」「支える(審判やスタッフ)」の三者によって成立しているとされるが「夏の甲子園」は、誰にとっても厳しい状況になっている。
■いまだ勝利至上主義が残る高校野球
日本高野連から発表された「7回制」に向けた議論を行うワーキンググループの設置も、この酷暑の中で試合をするために時間短縮を目的としたものだ。午後の最も暑い時間を避けたうえで1日4試合を消化するには7回制が必要なのだ。
ただ、これは「野球」という競技の根幹にかかわる問題だけに、大いに議論を呼んでいる。
筆者は高校野球の指導者に意見を求めたが、公立高校の監督たちは「納得しているわけではないが、7回制導入もやむなし」という声が多かったのに対し、私学の強豪校は「7回制にすると野球が変わってしまう」「7回制になると有利なチームと不利なチームができてしまう」と否定的な意見が多かった。
球数制限の議論の時も同様だったが、強豪校の指導者たちは、新たなルールを導入して「力関係が変わってしまうこと」の懸念を口にする人が多い。
しかしルール変更すれば「野球そのもの」が変わるのだから、これまでの勢力図が変わるのは当たり前のことだ。それを問題視するのは、こうした指導者が野球界全体を見渡す大局観がなく勝敗に固執しているからだと思う。
■「聖地を守る」のではなく「選手を守る」
またこれも球数制限の時と同様、指導者の中には「選手の意見を尊重すべき」と言う人がいる。これは一見もっともな感じもするが、高校生たちは、野球界の現状や、地球温暖化よりも自分の未来に熱中している。
強豪校の選手たちに聞けばほぼ全員が「9回でやりたい」と言うに決まっているのだ。指導者が「子どもたちが9回でと言っているから」というのは、大人として判断すべきことを選手にゆだねるという意味で、責任放棄ではないかと思う。
9月に入っても信じられないような酷暑が続いている。今年は昨年と並び「史上最も暑い夏」だったと言う。そしてこの酷暑は来年以降も続き、さらに温暖化は進行するとみられている。
7回制への移行は喫緊の課題ではあろう。しかし、7回制でも試合時間は2時間弱だ。これ以上気温が上昇すれば、何イニングであれ、この時期に試合をすること自体が困難になるだろう。
甲子園をドーム化するのか、大会会場、地域を変更するのか、開催時期を変更するのか、近い将来、さらなる決断をするときが必ずくる。
日本高野連、関係者は「聖地甲子園を守る」のではなく「選手と高校野球を守る」ために何ができるのか、先を見通した議論を始めるべきではないか。
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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)