日英国際共同制作 KAAT × Vanishing Point『品川猿の告白』連続インタビュー<第一弾>那須 凜
KAAT神奈川芸術劇場で、2024年11月28日から舞台『品川猿の告白 Confessions of a Shinagawa Monkey』が上演される。村上春樹の2つの短編「品川猿」「品川猿の告白」を原作に、スコットランドのグラスゴーを拠点に国際的に活動する劇団ヴァニシング・ポイントと時間を掛けて日英共同制作してきた作品だ。原案・構成・演出は、“英国で最もユニークな劇団の一つ”とも称される劇団ヴァニシング・ポイントの創設者兼芸術監督であり、村上作品の大ファンでもあるというマシュー・レントン。4人の日本人俳優と、1人の人形遣いを含む5人の英国人俳優が出演し、叶わぬ恋の相手の名前を盗んできた“品川猿”を巡る、幻想的なコミック・ミステリーに仕立てるというのだから、期待せずにはいられない!さて、創造の種を育むKAATの「カイハツ」プロジェクトの一つとして2021年に協働を開始し、横浜とグラスゴーでワークショップを重ねてきた本作品は、どんな花を咲かせるのか?「カイハツ」段階からクリエイションに参加してきた、いまや様々な舞台に引っ張りだこの劇団青年座のホープ・那須 凜に話を聞いた。
――2021年から日英のスタッフでディスカッションを重ね、22年から横浜とグラスゴーでワークショップを行ってきたという本作品。凜さんは、22年の横浜でのワークショップ初回から参加されているそうですね。
はい。最初は、どういう作品づくりの可能性があるのかを日英のメンバーで一緒に探る「カイハツ」プロジェクトのワークショップだったので、私は長塚さん(KAAT芸術監督の長塚圭史)に呼んでいただいて嬉しいなと思いながら、普通のワークショップに行くような感覚で参加させていただいたんです。劇団ヴァニシング・ポイントのマシューさんとサンディ・グライアソン(俳優・演出補)さん、それから音響デザイナーのマーク・メルヴィルさんもいらしていたんですが、まだ作品づくりに関することは何も決まっていない状態でした。
――翌年には、グラスゴーで行われた2週間のワークショップに参加なさったとか?
その時点では作品候補が2つにまで絞られていたので、どちらの原作のほうが演劇にした時に面白いか、より可能性があるかということを、日本語と英語のテキストを読んだりしながら、役者も一緒に考えました。最終的に『品川猿の告白』をやると決まってからも、みんなで役をチェンジしたり、どのシーンを英語にして、どのシーンを日本語でやったら面白いかとか、いろいろ試しました。翻訳の阿部のぞみさんとも「日本人はこういう表現は使わない」とか「この言い方は回りくどいかも」というような話をたくさんして。マシューさんたちが私たち日本の俳優に「どう思う?」と意見を求めてくださるので、すごく“一緒に作っている”感覚がありました。お昼休みに、みんなで中庭に寝転がってサンドイッチを食べたり、りんごを丸齧りしたのも楽しかったですし、最高の時間でした。
――どんなことが印象に残っていますか?
山のようにあるんですが、やっぱり1~2か月で1本のお芝居を作る日本とは全く環境が違うんだなと実感したことが、特に印象深いです。グラスゴーのトラムウェイホールという素敵な劇場を使って、ライティングに音響、あとはスモークを焚いたり、とにかく試せることは全て試すという贅沢なワークショップをさせてもらったので。そうやってトライ&エラーを重ねていくことが当たり前だという状況が、なんてクリエイティブなんだろうと思いましたし、長塚さんとKAATさんが日本でもそういうことをやろうと立ち上げたこのプロジェクト自体に、すごく感謝しています。今年の2月~3月に横浜で最終ワークショップがあったのですが、まさにいろいろな実験をたくさん重ねてきた2年間でした。
――原作は、自分の名前を思い出せなくなった女性が、人間の女性に恋をした猿から盗まれた名前を取り返す「品川猿」と、古い温泉宿で後年その猿と出会った男が、猿から聞いた身の上話を思い出す「品川猿の告白」。記憶と孤独とアイデンティティが描かれたこの2つの短編を、凜さんは以前からご存じでしたか?
いえ、ワークショップをきっかけに初めて読みました。人間の言葉を話す猿が唐突に出てくるので、最初はちょっと理解できなかったというか、面白いけど、ぶっ飛んでる世界だなぁと思ったんですけれども、村上春樹さんの作品が大好きなマシューさんがこれをやりたいというからには、何か絶対に見せたい世界があるんだろうなと。今は、すごく面白い作品だなと感じています。猿が出てくるというエンタメ性もあるし、マシューさんは、たぶん私が演じることになる“みずき”という女の子が抱えている孤独感、闇みたいなものに着目して、脚本ではそこを色濃く書こうとなさっていて。
――舞台では、無意識のうちにいろいろな感情に蓋をして生きてきた「品川猿」の主人公・みずきの内面がクローズアップされるわけですね。
みんなで、みずきは猿に名前を返してもらった後、どういう人生を送るのか?とか、それぞれの名前の意味や由来についてもたくさん話し合いました。マシューさんは日本人の名前の由来に興味津々で、たとえば「安藤」という人物の名前の「藤」の字について説明したら、「じゃあ、そこで藤の花がバーっと出てくる演出も考えられるよね」とおっしゃって(笑)。日本人の苗字からそんなことを考える人、見たことがないなと思って、面白かったです(笑)。
――ユニークで美しい舞台になりそうです。舞台上では日英2か国語が飛び交い、空間造形の中に組み込まれた字幕にも日本語と英語の両方が表示されるとか?
そう聞いています。言語の壁はやっぱり難しいところで、ワークショップでもいろいろ話し合いました。ただ私は、村上春樹さんの世界観に対して“無意識の部分でみんなが繋がっている世界”という印象があるんです。ちょっとファンタジーな部分もあって、それで人の言葉を喋る猿や、みずきの過去がわかるカウンセラーが出てきたりする。そんな村上春樹さんの作品だからこそ、一方の俳優は日本語で、もう一方の俳優は英語で喋っていても、普通に通じているというような世界観が違和感なく成立するんだろうなと、ワークショップをする中ですごく感じました。そういう“現実とはちょっと違う”村上さんの世界を、外国人のマシューさんの視点を通して作っていく。だから私たちも、その世界に違和感なく入っていけるんだなって。
――なるほど。凜さんから見たマシューさんは、どんな方ですか?
普段はお茶目で優しい方なんですが、演出に入ると感覚が鋭く繊細になって、溢れ出る自分のイメージやアイデアを急にバーッと喋ったりします。そういう時に、やっぱり芸術家なんだなと感じますね。普段は大らかなのに、ストイックな部分もたくさんあって、特に役者のフィジカルに対するこだわりは強いです。ここでこの速さで振り返ってほしいとか、一瞬で影のように消えてほしいというふうに、結構シビアにタイミングや動きの正確さを求められるので、何度も稽古するしかないなと思っています。なおかつ、役者の内面の動きも重視される方で、心の動きが伴っていないとすぐに見抜かれてしまうし、セリフをしゃべる時も「そこには気まずさや怒りがあるけど、それは表には出さずにただ持っていて」と言われたりしました。もちろん、発想力やユニークな視点も素晴らしいんですが、内側にある繊細な部分だったり、人間の本質的な部分を大切になさっていると感じるので、とても信じられるというか、すごく魅力的な方です。
――本番に向けて、凜さんが今いちばん楽しみにしていることは何でしょう?
何よりも、この作品がやっと日の目を見ることが楽しみで仕方ないです。途中、「これはもう作品にならない」とマシューさんが諦めるんじゃないかと思ったくらい、落ち込んだ瞬間もあったし、そういう時間も全て一緒に過ごしてきたので。人形遣いの方がいらっしゃるので、2か国語が飛び交うただの会話劇にはならないと思いますし、マシューさんの演出方法というのはやっぱり独特で、ステレオタイプなものを絶対的に嫌うチームなので、日本では見たことがないような舞台表現になると思います。そこで、英語と日本語が混じり合いながら物語を紡いでいくことで起こるマジックというか、新たな可能性が見えてくることへの期待感も大きいです。お客さんがどういう反応を示されるのか、賛否両論とも楽しみです。
――ステレオタイプなものを嫌うチームに、どう応え続けるか? 役者にとっては大変そうです。
大変だとは思います。でも超楽しいですし、自分の中の引き出しもすごく広がるような気がしています。マシューさんは、今この役に何が起こっているのか、那須凜に何が起こっているのかを見ている方なので、そこに嘘をつかない訓練にもなるし、マシューさんを「よし」と頷かせるような芝居ができたら、もう一つ新しい芝居の扉が開くんじゃないかと思っていて。
――そんな凜さんの俳優としての展望を聞かせてください。
展望は特に持っていないんです。やっぱり舞台や芝居は人の繋がりあってこそのもので、今回も自分の芝居を誰かが見てくださったから、この素敵なプロジェクトに参加できているということでしかないですから。なので、その繋がりを絶やさないように、とにかく自分がいい芝居をして、それを誰かが目に留めてくださって、また次の面白い作品と出合える……という繰り返しの中で生きていけたら、人生最高ですよね(笑)。そういう意味では今、最高潮に楽しい時かもしれないです。
――2025年には、グラスゴー公演をはじめとする、英国ツアーも予定されているとのこと。それを機に、国際派俳優として羽ばたく可能性もあるのでは?
いえいえ、まず英語が喋れませんから(笑)。でも、グラスゴーの会場はトラムウェイホールなので、すごく楽しみにしています。美味しいスコッチもまた飲みに行きたいですし(笑)。もちろん、私を見つけて呼んでくれる人がいたら、ラッキー!とばかりに飛んでいこうという気持ちではいます。海外であろうと、そうやって呼んでくれた人の袖はしっかり掴んで離さないぞ、みたいな(笑)。
――では、凜さんが役を演じるときに大切にしていることは何ですか?
月並みですけど、役に対しては確実に敬意がないといけないと思っています。それは芝居の大先輩でもある父親と母親からの教えで、もうずっと大切にしていることです。「敬意を捨てて、その役を軽んじた瞬間に役が遠くなるよ」「敬意を持って、この役はどういう人なんだろう?と思いながら、謙虚な気持ちで演じ続けていたら、役が向こうから来てくれるよ」と言われたことがあって。芝居をしていて、何か自己保身に走りそうになったり、自分をカッコよく見せたい、嫌われたくないと感じてしまった時、必ずそれを思い出します。
――常に全身全霊で役を生きている印象がある凜さん。そのエネルギー源は何ですか?
私、エネルギー強いですかね? マシューさんからも「凜は小っちゃいのに、エネルギーの塊みたいだね」と言われたんです。日本人としては小っちゃいほうではないんですが(笑)。エネルギー源は……難しいです。エネルギーを出すつもりはないのに、出てしまう感じなので(笑)。今後はもっと器用に、いろいろなことができるようになりたいです。特に今回の舞台は、いかにエネルギーを内に込めるかが私の勝負どころだと思うので、表には出さず、内側で表現できるように頑張ります。
取材・構成・文/岡粼 香 撮影/細野晋司