自民党総裁選候補に名乗りを挙げた小泉進次郎氏は、アメリカの日本政策通や政府関係者間ではではどんな評判を得ているのか(撮影:尾形文繁)

自由民主党議員が次期総裁選びに苦戦する中、集計はされないが重要な”投票”がある。アメリカ政府は誰に総裁になってほしいのか、ということだ。

この問いに対する最も明白な答えは、「アメリカ政府は気にしていない」ということだ。政府高官や政策立案者レベルでは、「そんなことはどうでもいい」と、現在も日本と深く関わっている元政府高官は語る。「専門家レベルでは好みがある。しかし、現時点では、ワシントンでは誰もこの件について語っていない」。

それも当然だ。アメリカも11月に大統領選を控えており、それどころではない。その上、日本の政党選挙のユニークな性質と、候補者の数が多すぎることが総裁選をより「わかりにくいもの」にしている。そして、結局のところ、選挙の総裁選の結果が日本の外交・国内政策を大きく変えることはないだろう、と誤解している。

アメリカ政府が重視するのは経済、安保政策

それでも、アメリカの政策立案者や専門家にとっては、誰が事実上、次の日本のリーダーになるかは重要である。

アメリカにとって最も重要なのは、「日本国民を再び活気づけ、持続可能な経済アジェンダを実現し、日本が防衛費を維持し、日本経済がグローバル・サプライ・チェーンの重要な拠点となるよう促す、効果的なリーダーに誰がなれるか」だと、アメリカ有数の日本専門家であるブルッキングス研究所のミレヤ・ソリス氏は言う。

「ワシントンの人々は、安倍(晋三)同盟政策を継続し、同盟を拡大し、その同盟をもとに日本ができることを広げられる人物を求めている」と、日本での豊富な経験を持つ元国務省高官、ジョセフ・ドノバンJr.大使は言う。それとともに、「韓国と協力でき、国内で強力な支持を受け、自民党を再びまとめることができる人物」を望んでいる。

とはいえ、ドノバンをはじめ、私が話をした人たちは「大きな注意点」を提示している。つまり、アメリカで政権が変わった場合、どうなるか、ということである。

民主党のカマラ・ハリス副大統領が大統領選に勝利した場合、彼女は「可能な限り強力な日本の首相を探すだろう」と、匿名を条件に取材に応じた元政府高官は話す。一方、ドナルド・トランプ元大統領が勝利した場合は、「自分が操れる首相を求めるだろう」。

林氏になれば「ワシントンは大喜び」

安倍元首相は「アメリカ大統領を感心させると同時に、日本のために立ち上がることができた。誰がトランプ大統領と会うにしても、グローバルリーダーとしての自信を漂わせることができるかは本当に重要だ」(元政府高官)。

このような大枠の中で、日本は誰がその条件に最も合うかについて独自の見解を示している。

金銭スキャンダルで汚れた自民党が再び有権者から支持を得られるようなイメージを演出できるかという問題はさておき、アメリカの政策立案者たちは、自民党内で最も経験豊富な人物、特にワシントンとの交流が長い人物を好む傾向がある。

「林芳正(官房長官)氏になれば、ワシントンの誰もが大喜びするだろう」と、安倍元首相の伝記作家であり、多くの人が購読しているニューズレター『Observing Japan』の著者であるトビアス・ハリス氏は話す。

「彼はアメリカ議会で働いてこともあるし、彼はここに多くの友人がいる。彼は継続性のある候補者だ。岸田政権がやってきたことを望むのであれば、林氏はうってつけだ」

他の候補者では、元外務相で現自民党幹事長の茂木敏充氏、上川陽子外務相、河野太郎元外務・防衛相がワシントンではよく知られている。先述の元政府高官は、個人的な接触も踏まえて、オフレコでこの3人に対する率直な評価を述べた。

茂木氏のアメリカ政府との交渉経験は、主に貿易分野でのもので、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉官として、またトランプ政権への対応に携わってきた。「彼は頭が良く、有能で、少し攻撃的で、典型的な日本人ではないが、アメリカ人はそれに対処できる」と元政府高官は言う。「彼は無愛想だが、国際問題ではそんなことは関係ない」。

上川氏については、「彼女は正反対だ。とても親切でバニラ風味。彼女が選ばれたとするならば、それは性別と英語が堪能だからだとアメリカ側は思うだろう」。

河野氏は自身が思っているほど好かれていない

河野氏もまた、ワシントンで長い経験を積んだ総裁候補であり、英語が堪能で、「アメリカ人と多くの時間を過ごし、アメリカのことをそれなりに知っている人物だ」と元高官は言う。

しかし、河野氏については、特に国防総省だけでなく国務省にも懸念がある。主に、彼が防衛相だった時期や、ワシントンに衝撃を与えたイージス艦陸上ミサイル防衛計画の突然の中止に起因するものだ。「河野氏はアメリカ人に好かれていると思っているようだが、そうではない」。

しかし、現状では、「経験豊富な」候補者は誰も最終候補に残れそうにない。残るのは、アメリカ人のリストの上位にいない候補者たちーー石破茂元防衛相、小林鷹之元経済安全保障相、小泉進次郎元環境相、そして高市早苗現経済安全保障相ーーである。

これらの候補者たちは、アメリカ側からは今のところ、同盟関係にとって深刻な問題とはみなされていない。ただし、右翼の旗手であり、安倍元首相のよりナショナリスト的なアジェンダのイデオロギー的後継者として自らを位置づけている高市氏は別だ。

「高市氏はアメリカ側の人間を神経質にさせるだろう」とハリス氏は言う。 日本の戦没者を祀る靖国神社への公式参拝を計画するなど、戦時中の歴史問題に対する彼女の挑発的な姿勢は、「韓国との三国間関係におけるリンゴ箱をひっくり返すことになりかねない」(ハリス氏)。

こうした懸念は小泉氏や小林氏にも及んでいる。2人とも靖国を参拝し、韓国との関係を悪化させる懸念を持たれている。

高市氏はワシントンのタカ派、特にトランプ支持者の間で、同氏が中国と軍事的に対決する意思が強いと見ている人たちにアピールしている。「彼女はワシントンの一部の人々が望んでいるのと同じことを望むだろうし、ワシントンの人々も彼女と協力する方法を見つけるのではないか」と元政府高官は推測する。

石破氏の評価は「日本のド・ゴール」

一方、石破氏はおそらく、アメリカ人の間で最も興味をそそられ、日本にとって難しいリーダーになる可能性のある人物だろう。防衛相としての経験と兵器開発への関心から、国防総省では一定の支持を得ている。しかし、彼は「日本のド・ゴール」、すなわち日本がより独立した道を切り開くことを望む人物という評価を受けている。

「石破氏は誠実だ」とハリス氏はいう。「彼は自分の考えを言うし、日本の利益にならないならアメリカの思い通りにはしないという伝統の持ち主だ」。

ハリス氏は、石破氏を河野氏と比較し、2人とも日本製鉄のUSスチール買収を防ごうとする保護主義的決定に批判的であることを指摘した。2人とも「ノーと言える日本」を象徴している。

石破氏は、特に第2次トランプ政権下でのアメリカの信頼性について、日本で広く抱かれている懸念をより率直に反映している。「石破氏とトランプ氏が一緒になって負担の分担について話すのは、興味深い会話になるだろう」と元高官は言う。「彼は得るものすべてを与えるのではないか」。

旧安倍派閥のもう1人の候補者である小林氏は、ワシントンで関心を集めており、第2候補として浮上する可能性があるとの見方もある。高市氏に比べれば好意的に見られている。

小林氏は「非常に聡明で、コミュニケーション能力に優れ、アメリカでの経験もある」と元高官は話す。「彼は若く、興味深い人物で、おそらくアメリカ政府とも一緒に仕事ができるだろう。首相になれば本当に決断を下すことになる人物だ」。経済安全保障に対する小林氏の関心の高さは、アメリカの政策立案者の間でも高く評価されている。

進次郎氏についてはどう思っているのか

最後の有力な選択肢は、世論調査で現在最有力候補となっている小泉進次郎氏である。同氏は明らかに人気があり、傷ついた自民党のイメージを回復させる最大のチャンスになる可能性がある。外交政策についてはほとんど語っておらず、政治改革と企業家主導の成長促進という内政問題にほぼ全力を注いでいる。

進次郎氏はアメリカの政策界ではよく知られている。コロンビア大学大学院で学んだ後、ワシントンのシンクタンク、戦略国際問題研究所で貴重なインターンシップを経験し、ベテランの日本同盟マネージャー、マイケル・グリーン氏と緊密に仕事をした。しかし、彼の経験不足と政策観には疑問がある。

「彼はあまり政策に深入りしない」と元高官は話す。「有権者には魅力的な人物を選んだと思われるだろうが、彼は本当にこの仕事をこなせるかは見ものだ」。

とはいえ、進次郎氏と石破氏、高市氏の決戦となれば、ワシントンの専門家たちは若い政治家を推すだろう。麻生太郎氏や菅義偉氏のような自民党の重鎮の後ろ盾があり、党内をまとめることができるからだ。

アメリカの日本担当者にとっては、国際情勢においてより積極的な役割をはたし続けることのできるリーダーを持つことが最重要課題なのだ。

「強いリーダーがいなければ、日本はこれまでほど積極的にはなれないだろう」と、日本のリーダーとしての役割に関する著書があるブルッキングス研究所のソリス氏は語る。

日本は、「アメリカで盛んになっている」経済ナショナリズムの深化や排外主義的ポピュリズムの拡大に反対する重要な発言者となっている。トランプ政権下で孤立主義が復活する可能性は、日本のリーダーシップの重要性を強調している、とソリス氏は指摘する。

現時点では、現在の総裁候補者の誰が総裁になったとしても、民主党政権時の混乱ほどにはならないだろうとみられている。

「むしろ、どのようなトップが日本政府の手綱を握るのに長けているのか、自民党の政策をやり遂げられるような優れた経済運営を提供できるかが問題だ」とソリス氏。「われわれが慣れ親しんできた、断固とした姿勢を維持できる日本の統制力が弱まるとしたら、それは問題だ」。

(ダニエル・スナイダー : スタンフォード大学講師)