ホテル椿山荘東京の千尋智彦総支配人(撮影:尾形文繁)

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ホテル椿山荘東京がオープンしたエグゼクティブラウンジ「ル・シエル」。庭園の三重塔も望める(記者撮影)

ホテル椿山荘東京(東京・文京区)が行ったのは、思い切った改修だった。

7月26日、エグゼクティブラウンジ「ル・シエル」をオープンした。スイートルームの宿泊者のみが使えるラウンジで、テラスから庭園が一望できるほか、軽食やアルコールを含むドリンクを楽しむことができる。

驚くべきは、結婚式場として提供していた場所を改装したことだ。ホテル棟にあった「シエル」というチャペルをラウンジにした。

【写真】ホテル椿山荘東京がオープンしたエグゼクティブラウンジ「ル・シエル」で楽しめる風景や食事、スイートルームの室内など(10枚)

婚礼の売り上げ比率が大きい椿山荘

東京23区内にありながら、緑豊かな庭園を楽しめる高級ホテルの椿山荘。元老・山縣有朋の邸宅を藤田財閥の当主が大正年間に譲り受け、現在は東証プライム上場企業の藤田観光が所有しホテルとして運営している。

椿山荘はホテルよりも先に結婚式場として1952年から営業を始めた。2023年の婚礼件数は1562件と国内ホテルで最多クラス。八芳園、ホテル雅叙園東京、明治記念館と並び「東京4大式場」と称される。

千尋智彦総支配人によれば、売上高の4割が婚礼で、宿泊は2割程度だという。帝国ホテル 東京やパレスホテル東京など国内の高級ホテルと比べると、婚礼の売り上げ割合が大きい。

ラウンジを開設することで見込まれるメリットは2つ。まずは客室単価の上昇だ。

椿山荘のホームページによると、7月28日から大人2名で予約した場合、60平米のスイートルームの宿泊は朝食付きプランが1泊9万5285円から。ル・シエルが利用できる同様のプランだと、同じ客室でも14万9900円からと5万円程度上がる。

スイートルームの稼働率向上も期待できる。椿山荘のスイートルームは43室あり、266ある客室に占める比率は16%。この比率はほかのホテルより高い。15万円近くするスイートルームの宿泊を増やせれば、足元で5万5000円程度の平均客室単価のアップにつながる。


椿山荘のスイートルーム(撮影:尾形文繁)

儲かるのは宿泊で婚礼は薄利

千尋総支配人はラウンジ開設の背景を次のように説明する。

「婚礼件数は全盛期と比べると減っている。またスイート宿泊者の方向けにはチェックインなどができるスペースを設けてあったが、滞在中の付加価値をより高める施策が必要だと考えた。そこで庭園を一望できるチャペルをラウンジに改装することにした」

椿山荘の戦略はホテル業界の時流を象徴するものだ。

ホテル業界ではコロナ禍が明けて業績が急回復している。ドーミーインなどを運営する共立メンテナンスは、2023年度の売上高、営業利益がともに過去最高を記録した。原動力となったのはインバウンド増加による客室単価の上昇だ。

藤田観光でもワシントンホテルなどのビジネスホテルの客室単価は、2019年から2023年にかけて15%ほど上昇した。椿山荘の客室単価も40%ほど上がっている。

一方、婚礼は厳しい環境が続く。厚生労働省によると、2023年の国内の婚姻件数は47万件。戦後初めて50万件を割り込んだ。京王プラザホテル札幌が開業時の1982年から行ってきたウェディング事業を来年3月末に終了すると決めるなど、事業撤退や規模縮小に踏み切るホテルも出ている。

椿山荘では2023年に1562組が結婚式を挙げたが、2022年の1747組より減っている。全盛期の年間3000組と比べると大きく見劣りする。

売上高の4割が婚礼で宿泊は2割程度というが、儲かるのは宿泊で婚礼は薄利だ。婚礼は人件費が多くかかるだけでなく、撮影やドレスなどの委託費用も必要となる。成長が見込め、収益性の高い宿泊に力を入れる椿山荘の改装戦略は理にかなっている。

チャペルの次は宴会場の活用


千尋智彦総支配人(撮影:尾形文繁)

椿山荘の取り組みはこれだけにとどまらないだろう。藤田観光は2024年2月に発表した2028年までの中期経営計画で、椿山荘を含むラグジュアリー&バンケット事業の戦略に「低稼働資産の有効活用」を掲げている。

チャペルに次いで有効活用が求められるのが宴会場だ。結婚式はチャペルなどの式場と披露宴を行う宴会場がセットで稼働する。椿山荘は現在38の宴会場を持っているが、一部の宴会場は稼働率が低下しているようだ。

千尋総支配人は、転用方法については検討中としつつも「ビュッフェ開催などのイベントで集客を図りたい」と語る。椿山荘の改革はまだ始まったばかりだ。

(星出 遼平 : 東洋経済 記者)