フェンダーミュージック代表取締役社長。日本を拠点にアジアを統括する(撮影:梅谷秀司)

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フェンダーの最上級モデルを生み出すカスタムショップのフロア(撮影:梅谷秀司)

エレキギターの世界トップブランド、フェンダー。世界初となる旗艦店「FENDER FLAGSHIP TOKYO」を東京・原宿に開業して、2024年6月末で1周年を迎えた。

旗艦店は高級ブランドが立ち並ぶ明治通り沿いに位置し、カルチャーの発信地である竹下通りからも近い。2023年10月には、電子楽器メーカー「ローランド」や大手レコード会社「ユニバーサルミュージック」も、近隣に直営店をオープンしている。

旗艦店の狙い、そしてフェンダーの企業戦略とは。日本法人・フェンダーミュージック株式会社のエドワード・コール社長に聞いた。

――旗艦店のオープンから1年が経ちました。

「FENDER FLAGSHIP TOKYO」に対する反響は素晴らしく、売り上げも好調だ。昨年のオープン以来、約35万人が訪れた。来店客の約7割が日本人で、最近は海外からの訪日観光客も増えており、中国、韓国、シンガポールなどからの来客が多い。

そして、多くのリピーターが何度も足を運んでくれている。ギターを買うのはまだ早いが、カフェで食事やお酒を楽しんだり、フェンダーのTシャツをお土産として購入したりするなど、利用シーンは多岐にわたる。この店がリラックスして落ち着ける場所と評されている証しだ。

日本のギター市場を広げた

――来客は想定以上でしたか。

これだけ継続的に来客数が伸びているのは信じられない。当初は大きな嵐が来て、その波が引き、横ばいになると予想していた。ところが、最初の数カ月と比べても、今のほうが来客数が増えている。

旗艦店は(家賃を考慮しても)ちゃんと利益が出ている。さらに特筆すべきは、旗艦店の出店の後に、国内の正規代理店の売り上げが前年同期比15〜25%増えていることだ。旗艦店によって代理店のビジネスを奪ったわけではなく、日本のギター市場を広げることができた。

――なぜ、創業地のアメリカではなく、日本に出店したのでしょうか。


Edward Cole/フェンダーミュージック代表取締役社長。日本を拠点にアジアを統括。ラルフローレン・ジャパン社長などを経て、2014年フェンダー・ミュージカル・インストゥルメンツ・コーポレーション入社。2015年から現職(撮影:梅谷秀司)

日本には洗練された審美眼を持つ消費者が多く、優れた小売り環境がある。だから私はフェンダーに入社したときに、東京に旗艦店を作るべきだと推薦した。

私は、ラルフローレン・ジャパンに勤め、長らく日本人を顧客として仕事をしてきた。そこで学んだのは、日本の消費者とうまく接することができれば、世界中のどの地域でもそれができるということ。

日本人はブランドに対して非常に忠実で、知識も豊富である。上級者やコレクターも多い。旗艦店のコレクションは世界中のどこよりも豊富で、高度な演奏技術に対応したハイエンドな製品を多く取り扱っている。

【写真で見る】旗艦店「FENDER FLAGSHIP TOKYO」の外観や内観。1周年モデルの日本製・漆ストラトキャスターなど(10枚)

『FENDER FLAGSHIP TOKYO』は3階建て。地下1階から3階までの4フロアはそれぞれのテーマを持つ。地下1階には「フェンダーカフェ」、最上階にはカスタムショップを備える。ギターだけではなく、アパレルブランド「F IS FOR FENDER」製品や、限定オリジナルグッズも展開。

店舗入り口付近には、周年を記念した新製品や限定モデルが並ぶ。フェンダー製アンプを用いた試奏も可能。商品にはQRコードが添えられ、読み込むことでラインナップや仕様を確認できる。

――旗艦店の役割は?

楽器を演奏したり、音楽を聴いたり。価値ある体験を提供するのが、この旗艦店の役割である。

ここには20代半ばから40代半ばのアマチュアプレイヤーのみならず、これからギターを始めようとしている人たちも訪れる。また、毎週のようにアーティストたちもくる。

フー・ファイターズのクリス・シフレット、レッド・ホット・チリ・ペッパーズやブルーノ・マーズ。国内アーティストでは、CharやL'Arc-en-CielのKenなどがイベントで演奏した。

われわれフェンダーは、初心者からプロまで、あらゆる人の”音楽の旅”をサポートする。それを具現化したのが、この旗艦店だ。

強みは「サウンドの多様性」

――他のブランドにはないフェンダーの強みとは?

フェンダーは、70年以上にわたりギターを作り続け、革新を続けている。エレキギター、ベース、そしてアンプでも世界一のブランドだ。

ほかのブランドとの大きな違いは、フェンダーで作ることのできるサウンドの多様性だ。特に「ストラトキャスター」は、最も演奏され、最も認知されているギター。特定のサウンドに縛られない表現を可能とする。ほかにはない多彩な音と響きが世界中で愛されている。


2階へ続く螺旋階段にはフェンダーとゆかりのあるアーティストの写真を展示(撮影:梅谷秀司)

重要なのは、アーティストがコンサートで製品を使ってくれることだ。アーティストがフェンダーの楽器を演奏すれば、私たちのシェア拡大につながる。

世界各地のステージにおいて、フェンダーは8割以上のシェアを獲得している。私たちは、アーティストの能力を最大限引き出す製品を作り、アーティストにそれを使ってもらう。そうして、より多くの顧客にブランドを広げている。

――コロナ禍の影響は?巣ごもり需要は大きかったのでしょうか。

コロナ禍では、みんな家にいて、時間があった。新しいことを学びたがっていたので、プレイヤーが大幅に増えた。

2020年からの3年間に欧米を中心に著しい売り上げ成長を遂げた。それに対し、日本を含めたアジア地域では大規模なブームはなかったが、コロナ禍の3年間のCAGR(年平均成長率)は25〜30%に達した。アジア地域での成長は今後も続くと期待している。

「フェンダー・エコシステム」に引き込む

ギター市場は楽器の中で最大規模で、今後も新興国を中心に拡大が見込まれる。他方、競争激化や中古市場の拡大を受け、低迷する老舗ギターメーカーは少なくない。2018年には「レスポール」などで知られるアメリカ大手「ギブソン・ブランズ」が経営破綻。国内では今年7月、中堅エレキギターメーカーの「フェルナンデス」が事業停止に追い込まれ、ギターファンの間に驚きが広がった。

――ギターファンにとってギブソンの経営破綻は衝撃的でした。その中でフェンダーはどう売り上げを伸ばしていったのですか。

私たちの戦略は一貫していて、革新的で汎用性の高い「ギターの顔」を生み出し続け、プレイヤーの音楽の旅を支えることだ。近年では演奏学習アプリ「フェンダー・プレイ」などを通じて、顧客との関わりを維持することに努めてきた。


1周年モデルの日本製・漆ストラトキャスター(撮影:梅谷秀司)

アプリによってギターを始めるきっかけを作り、製品を使いこなすための学びを提供していく。ギターを粘り強く続ける人を増やすことができれば、市場を倍増させることができる。

フェンダーは、ほかのどのブランドよりも巨額な資金をマーケティングに費やしている。大事なのは、フェンダー・ギターを弾き始めた人を「フェンダー・エコシステム」に引き込むことだ。一度、ブランドに惚れ込めば、またギターを買い、アンプを買う。一生涯にわたってフェンダーと関わりを持つようになる。

「フェンダー・プレイ」はギターやベースの初心者が、オンライン上で演奏を学習できるサブスクサービス。ギターを始めた人の約9割は1年以内に挫折してしまうという調査結果から「ギターを続ける手助け」として、リリースされた。2017年にアメリカなどで提供を開始し、2022年にはアプリでの利用が可能となった。今後日本語版のリリースも検討中。

――音楽の嗜好が変わり、「ギター離れ」も指摘されています。

ギターで表現できる音、演奏できるジャンルは多岐にわたる。エフェクトを混ぜて演奏することもでき、可能性は無限大だ。心の中にある創造性や頭の中にある創造性を、他の楽器よりずっと簡単な方法で表現できるのではないか。

ロックの神様はもういないように見えるが、ギターヒーローは健在だ。表現方法が異なるだけで、今日の音楽界は依然として、ギターによって大きく動かされている。

エントリーモデルで初心者や若年層を取り込む

――アジア市場とどう向き合いますか。先進国とは売れ筋も異なります。

アジア市場は急成長しており、収益性も非常に高い。その中には発展途上の地域もある。インドネシア、マレーシア、フィリピンなどだ。そこでは若者たちがエントリーモデルのギターを新たに手にし、演奏している。


「『フェンダー Made in Japan』は世界で人気が高い。私が初めて手にしたギターも日本製だった」(撮影:梅谷秀司)

特に、「スクワイア・ブランド」や、「フェンダー・イン・メキシコ」などが売れ筋だ。プライスポイントは300ドルから500ドル程度。これらの製品は、同じ部品構造、デザインを用いることで、エレキギターとしては非常に手ごろな価格を実現できている。

アジアは今後、フェンダーにとって最大の市場になるに違いない。日本のJポップや韓国のKポップは世界に広がった。インフルエンサーがたくさんいる。中国のアーティストも世界で人気がある。アジアの音楽産業はこれからも発展するだろう。

中国はアメリカに次いで世界第2位の市場規模を誇る。その次が日本だ。中国市場に参入したのは10年前だが、そのときと比べて売り上げは14倍以上にまで成長している。まだ成長の途上にあり、私たちはギターのNo.1ブランドとして、絶対的なマーケットリーダーでありたいと考えている。

(山下 美沙 : 東洋経済 記者)