このままだと「石破首相」「進次郎首相」もあり得る…「岸田退陣論」が広がる自民党内の不穏な空気
■「国民に刷新感を示すことが重要だ」
衆院解散が見送られた通常国会の閉幕を待って「岸田降ろし」の号砲が鳴った。
自民党「非主流派」の中核にいる菅義偉前首相が、6月23日に配信された文藝春秋電子版のオンライン番組で、派閥による政治資金規正法違反事件をめぐる岸田文雄首相の対応を批判し、9月の総裁選では国民に「刷新感」を示すことが重要だ、との認識を明らかにした。事実上の退陣要求である。
菅氏は「ポスト岸田」候補とされる河野太郎デジタル相(麻生派)や小泉進次郎元環境相(無派閥)の後ろ盾を任じ、石破茂元幹事長(同)とも気脈を通じている。キングメーカーへ新たに名乗りを上げたということだろう。
これに対し、政権を司る「主流派」の主軸である麻生太郎副総裁は、岸田首相の政権運営に不満を持ちつつ、総裁再選を見限ってはいないという微妙な距離を保ち続けている。当の首相は6月21日、国会閉幕を前に首相官邸で記者会見し、9月の総裁選への再選出馬に意欲をにじませ、唐突に電気・ガス料金の追加軽減策を3か月間実施するほか、年金世帯や低所得者世帯を対象に新たな給付金を検討する方針を明らかにした。
総裁選をめぐっては、岸田氏不出馬に備えて、茂木敏充幹事長も、麻生氏のカードに数えられている。
麻生、菅両氏は、党内の一定数の議員を動かす力を有し、総裁候補の有力者やその支援者と会食を重ね、感触を探っている。候補乱立も予想される総裁選をどう仕切り、主導権をどう握っていくのか、新旧キングメーカーの最終決戦が近づいてきている。
■総裁選は「貸し借り」の総決算の場だ
自民党総裁選は、最大の権力闘争ゆえに永田町の「貸し借り」の総決算の場だった。
貸し借りは、過去の総裁選などでの支援態勢、政治・選挙資金、党4役・閣僚など重要ポストの提供、高級店での会食の会計、官庁・団体などの情報・口利きなどによって作られる。貸しが多い実力者が、総裁選で借り方から国会議員票という形で返してもらうことで、貸し借りの一部が清算された。
安倍晋三元首相は生前、「貸し方」の断トツトップだった。安倍氏は自らの政治力で2012年から総裁選に3連勝しただけでなく、20年に首相を退く際は官房長官だった菅氏を後継指名し、21年総裁選前には副総理・財務相だった麻生氏とともに「菅降ろし」も躊躇なく敢行した。
22年参院選で勝てず、「衆参ねじれ」を生じかねないという判断だった。その総裁選では、最大派閥の力も使って無派閥の高市早苗前総務相(現経済安全保障相)を担ぎ、決選投票で岸田氏が、党員投票で勝った河野氏(行政・規制改革相)を破るというシナリオを書き、監督・演出までしてのけたほどだ。安倍氏の意向で総裁が決まる、文字通りキングメーカーだった。
その安倍氏が22年7月に銃弾に斃れ、権力構造に空白が生じる。今の永田町で「貸し方」にいるのは、麻生、菅両氏と岸田首相の3氏くらいになった。そしてその貸しも比較的小さく、その意向がどれほど党内に影響するのか読みにくい状況になっている。
■党員投票の結果が物を言う総裁選に
今回の総裁選は、麻生派を除く5派閥が解散し、従来のように派閥の合従連衡で総裁が決まるわけでもない。それどころか、次期総裁選は、次期衆院選と来年7月の参院選を控えて、重要ポストなどの政治経験やリーダーとしての資質よりも、党員投票の結果が示す国民的人気が物を言う異例の総裁選にならざるを得ない。
党内に「党員投票でトップになった候補を議員票中心の決選投票でひっくり返していいのか」(非主流派の閣僚経験者)との指摘もあるほどだ。このため、派閥の縛りやしがらみにとらわれず、中堅・若手を総裁選に擁立しようとする機運も出ている。
読売新聞世論調査(6月21〜23日)で次の自民党総裁にふさわしい政治家を聞いたところ、ツートップは、石破氏(23%)と小泉氏(15%)で、3位に菅氏(8%)、4位は高市氏(7%)、5位に岸田首相と上川陽子外相(岸田派)、河野氏(6%)が並び、8位は野田聖子元総務相(無派閥)(3%)、9位は林芳正官房長官(岸田派)、加藤勝信元官房長官(茂木派)、茂木氏、小林鷹之前経済安保相(二階派)(1%)だった。
自民党支持層に限ると、石破(20%)、小泉(15%)岸田(14%)が上位3氏で、4位は菅(10%)、5位上川(8%)、6位河野、高市(7%)の各氏が続いた。この順位は総裁選の党員投票に近いと考えられている。
■「新たなリーダーが出てくるべきだ」
こうした情勢下で、菅氏が「岸田降ろし」の口火を切ったのだが、派閥の政治資金問題への岸田首相の対応について「責任をいつ取るかと見ていた人がたくさんいる。責任について触れずに今日まで来ている。不信感を持つ国民は多い」と述べ、厳しく指弾した。
総裁選に向けては「自民党が変わった、もう一回期待したい、という雰囲気作りが大事だ。国民に刷新感を持ってもらえるかが大きな節目になる」との見解を示し、新たなリーダーが出てくるべきかというインタビュアーの問いには「そう思う」と明言した。誰を推すかは「まだ決めていない」とも述べた。
菅氏は「ポスト岸田」候補について、聞き手の求めで人物月旦にも応じた。
小泉氏については「(将来のリーダーとして)多くの人が認めているのではないか。改革意欲に富んでいる人だ」と評し、石破氏を「期待できる方だ。色々なことがあっても、主張を変えないところがいい」と持ち上げた。河野氏については「突破力を持っている。(首相になる)可能性はある」とし、加藤氏のことは「仕事をきちんとできる人だ。だから(菅内閣で)官房長官をお願いした」とコメントした。さらに、主流派にいながら、岸田首相と距離がある茂木氏についても「大変な状況の中で、党運営をしっかりやっている」となぜか褒めている。
これらの正否はともかく、岸田首相以外なら誰でもいい、自分にはこれだけのカードがある、と言わんばかりである。
■「仲間割れを演じる党は支持されない」
こうした菅氏の発言の背景にあるのが、内閣支持率の低迷に加え、「今解散したら自民党は200議席を割る」(党4役の1人)との情勢調査の数字が一部に出回り、首相批判が憚れることがなくなった党内の空気だろう。
6月16日に斎藤洋明衆院議員(麻生派、当選4回)が新潟県新発田市内の会合で「こういう状況に至った責任は誰かが取らなければならない」「次の総裁選において、真に党を改革できる総裁候補を応援したい」と、首相交代論に言及したのがきっかけだった。
6月22日に東国幹衆院議員(茂木派、当選1回)が北海道旭川市内の会合で「ゆめゆめ再選などと軽々しく口にせず、党に新しい扉を開く橋渡し役を狙ってもらいたい」と首相に不出馬を求め、翌23日には高鳥修一元農林水産副大臣(安倍派、衆院当選5回)が新潟県上越市内で記者団に「リーダーや大将は部下を守るため、責任を負うものだ」と述べ、首相退陣を促している。
この間、津島淳衆院議員(茂木派、当選4回)が20日、国会内で開かれた党代議士会で「本来、首相がこの場に来て、皆さんのさまざまな苦労をねぎらいたいという思いを発するべきだ」と首相を公然と突き上げていた。
田村憲久政調会長代行(岸田派)が、23日のフジテレビ番組で「責任をトップに押しつけ、仲間割れを演じる党は支持されない」と反論したが、他派への広がりに欠けている。
■麻生氏からの支持を確約されていない
菅氏の発言を受け、岸田首相や麻生副総裁、「ポスト岸田」候補も動き始め、メディアもそれを追いかける。
岸田首相は6月25日夜、麻生氏と帝国ホテル内の鉄板焼き店で会食し、改正政治資金規正法の処理をめぐって深い溝ができた両氏の関係修復に努めた。首相は1週間前の18日夜も麻生氏とホテルオークラ内の日本料理店で会食したばかりだが、麻生氏に近い筋によると、「突っ込んだ話はしていない」という。
首相にとって、総裁再選を果たすには、唯一の派閥・麻生派(55人)を率いるだけでなく、茂木氏や河野氏の動向にも一定の影響力がある麻生氏からの支持は不可欠だが、その確約が未だに取れていないのが実情だ。
その間隙を縫うように、河野氏が翌26日夜、都内の日本料理店で麻生氏と会談し、総裁選対応をめぐって協議した。麻生氏は河野氏の出馬に否定的な考えを示したと伝えられている。河野氏は21年の総裁選に出馬し、1回目の投票で麻生氏が推した岸田首相と1票差の2位につけたが、決選投票で敗れている。
麻生氏には、今回の総裁選に臨んで岸田首相、茂木氏、上川氏という3枚のカードがあるが、首相に対して突き放さないまでも、力が入らなくなったとの見方が周辺にある。
岸田首相は総裁選に向け、解散したはずの岸田派幹部と会合を重ね、6月29日の山梨県入りを皮切りに地方行脚をスタートした。首脳外交でも、8月上旬までモンゴル・中央アジア訪問などの日程を入れている。だが、自ら打ち出した電気・ガス料金の追加軽減策も事前に党幹部にも担当の経産省にも伝えず、独善的な政権運営という印象は変わらない。
■「自主憲法制定が自民党のルーツだ」
菅氏も動く。7月1日夜、都内のホテルで石破氏、武田良太元総務相(二階派)と会食し、総裁選での連携を確認したとされる。菅氏はこれに先立つ6月19日夜、茂木氏とも都内のステーキ店で会談し、党内情勢をめぐって意見を交わしている。
菅氏の持っている総裁選のカードは「小石河連合」の石破、小泉、河野3氏と加藤氏の4枚ということになるのだろう。菅氏は河野、小泉両氏については、首相にしたい、と以前から支援を明言してきたが、石破氏についてはそれほどの思い入れがない。
石破氏は、実現可能性よりも正しいか否かという価値基準を優先し、憲法9条改正も戦力不保持の2項削除を主張、自衛隊明記の自民党案に反対する。閣僚だった省庁からも信頼されず、永田町で一時、石破派を率いたが、求心力を保てず、次々と議員が離れている。
その点、党内に敵が少ないのが小泉氏だ。数々の選挙応援に出かけ、党内への貸しも少なくない。女性問題をさまざまに抱え、環境相時代に「今のままではいけないと思う。だからこそ日本は今のままではいけない」「約束は守るためにあるから、約束を守るために全力を尽くす」といった「小泉構文」を散発したことで、首相としての資質に疑問符が付いたが、国民的人気をなお維持している。
小泉氏は、総裁選に意欲を示していないが、7月5日の党川崎市連大会であいさつし、憲法改正問題を取り上げて「自主憲法制定が、自民党ができたルーツだ。憲法改正に反対の党員はいない。原点回帰し、約束を果たし、これからも応援しようと思ってもらえるように頑張っていく」と、保守層にアピールした。
総裁選には、「独立系」の高市氏も出馬を準備している。安倍氏の命日の7月8日に経済安全保障を扱った著書を出版したほか、各地で講演会も開いている。
■「次は選挙対策内閣」なのだから
自民党は7月7日投票の都知事選でステルス支援した現職の小池百合子氏が3選を果たしたが、並行して行われた都議補選(9選挙区)で候補を擁立した8選挙区で2勝6敗と大敗した。総裁候補と目される茂木、石破、河野、高市、小泉の各氏らが次々と応援に入り、総力戦を展開しながら、低めの目標だった「4勝4敗」にも届かなかった。
政治資金問題の逆風が止まない状況に焦ったのか、茂木氏が7月12日公開のインターネット番組で、岸田首相の総裁再選出馬を牽制したと報じられた。総裁の在職期間に関して「5年では長過ぎる。目標設定をし、3年以内にこれをやり切ると約束して、『できないぐらいだったら、自分は続けない』という思いでやることだ」との考えを示したという。
次の総裁候補を問う報道各社世論調査で、自身の順位が低いことについては「しょうがない。名前順(50音順)だから、圧倒的に不利な立場にある。上位が多い石破氏は最初に出てくる」と、調査方法にクレームをつけた。
だが、50音順の問題だけではない。関係者によると、茂木氏が地方に講演に行く際、生花店に木札を頼むと、決まって「モテギというのはどういう字を書くのか」と聞かれるのだという。質問の順番に注文を付ける前に、知名度を上げる工夫が必要ではないのか。
今後の政治日程は、8月末までに総裁選日程が決まることから、8月中下旬に手を挙げる人、挙げない人、降りる人が出てきて、総裁選の構図が固まる。そして、従来とは異なる政治環境や政治力学で新総裁が9月に選出されることになるのだろう。何しろ「次は選挙対策内閣」(閣僚経験者)なのだから。
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小田 尚(おだ・たかし)
政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員
1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て現職。2018〜2023年国家公安委員会委員。
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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)