にじさんじで一番グローバルなひと オリバー・エバンスが“断絶の世”でもたらした功績
現在のVTuberシーンにおけるトップランナーの一つであるにじさんじ。そのなかにおいてもタレントの活躍する分野は日々拡がっている。
【画像】「スーパーに売っている緑茶みたい」と言われたオリバー初配信のサムネイル
メインとなる生配信に加え、事務所が主導する企画への参加や監修、主に一人ひとりのライバーが主導となって進む歌ってみたなどの動画のほか、ここ数年ほどはエンターテインメントのフィールドでアーティストとして日の目を見る者も増加してきた。
育成プロジェクトである「バーチャル・タレント・アカデミー(VTA)」からも新規ライバーがデビューし始めており、現在約150名のメンバーが所属・活動しているにじさんじ。その層の厚さで今後も大きな影響を与え始めている。
今週からはローレン・イロアス、レオス・ヴィンセント、オリバー・エバンス、レイン・パターソンからなる「エデン組」について記していこう。
エデン組のメンバーがデビューする直前までのにじさんじがどのような状況にあったかについて、覚えている方はいるだろうか。いちど簡単に整理しようと思う。
周央サンゴ、東堂コハク、北小路ヒスイ、西園チグサら世怜音女学院の面々が2020年8月6日にデビューして以降、エデン組がデビューするまでの約1年間は新人デビューが無かった。今回紹介するオリバー・エバンスを含めたエデン組がデビューしたのは2021年7月22日と、約11ヶ月の期間が空いており、にじさんじはとんでもない激変の時期を迎えていた。
■にじさんじ激変の2020年 コロナ禍と3Dお披露目ラッシュ
まず、2020年3月からコロナ禍という奇禍が起こったことは忘れてはいけない。当初想定されていたであろうオフラインイベントはすべて中止、それどころか、うかつに外出することすらできなくなり、スタジオを使った3D収録でさえもほとんどできない状態、もしくはかなり厳重な体制のもとで行なわれることとなってしまったのだ。
「スタジオを使った3D収録や生配信ができない」という制約は、事務所スタッフ・タレントにとって非常に大きなダメージとなる。にじさんじの場合、本来開催されるであろうライブイベントや配信は中止・後ろ倒し・企画変更を余儀なくされた。
たとえば2020年の頭から始まった全国ツアー『にじさんじ JAPAN TOUR 2020 Shout in the Rainbow!』は、難波でおこなわれた追加公演は無観客での開催、ツアーファイナルとなるはずだった東京公演は2021年2月26日に開催された『にじさんじ Anniversary Festival 2021』まで後ろ倒しとなった。しかもにじさんじ初の試みであったこの大型フェス自体も、無観客での開催となってしまった。
約1年後に開催された『にじさんじ 4th Anniversary LIVE FANTASIA』も、当初開催予定だった1月末から9月30日/10月1日へと日程が変更された。こうしていくつか振り返るだけでも、いかに影響が大きかったかが伝わるだろう。
だがそういった奇禍のなかにあって、しずかににじさんじ……もといVTuber~バーチャルタレント業界は追い風を受けた部分ももちろんある。端的に言えば、インドア生活を余儀なくされたことで「家の中でも楽しめるコンテンツ」「インターネットを通じたコンテンツ」に大きな支持が集まる状況となったのだ。結果、ストリーマーや配信者、そしてVTuberにハマる者が激増した。
このタイミングで、にじさんじではそれまでにデビューしていた者たちによる「3Dお披露目配信」が続々と行なわれた。2018年~19年までは2年で30人というペースだったのが、2020年・21年はそれぞれの年で約30人ずつがお披露目配信をおこなっており、時期によっては数ヶ月と間を置かず、ときには毎週のように3Dお披露目配信がおこなわれているような状況だった。
さきほど「スタジオを使った3D収録や生配信ができない」とかかせてもらったが、こと「3Dお披露目配信」に関しては逆のことが起こっていたのだ。
ほかにも2020年のにじさんじでは、『ARK』『実況パワフルプロ野球』をつかったゲーム企画・大会が人気を博したり、3Dモデルでのゲーム実況番組「ヤシロ&ササキのレバガチャダイパン」が放送を開始したりと、むしろ積極的にコンテンツを配信するようになっていった。
スタジオを使った3Dライブ配信・収録が難しいといわれ、そもそもタレント本人がコロナウイルスに罹患する事態も起こった。そんななかでお披露目配信を連続で届けたり、公式番組やゲーム企画・大会をスタートしたりと、いまこうして振り返れば世間の自粛ムードに逆行する形にも見えるだろう。
その根っこにあるのは、ネガティブな世相に負けずにエンタメを生み出し・届けようという“にじさんじの気概”ともいえるものであると筆者は思っている。そして、そのパワフルさに呼応するように大きな視聴者・ファン層を獲得するに至った。
俗っぽく言えば、エデン組がデビューした2021年8月のにじさんじは、ある種の混沌のさなかにあり、そこでの強気な舵取りによって2024年現在につづく“にじさんじの基盤コンテンツ”が形作られていった時期なのだ。
■エデン組随一のスマート&ダンディなお兄さん じつは機械音痴だったデビュー直後
そんな熱狂のなかで、約1年ぶりにデビューする新人として注目を集めたエデン組。そのひとりであるオリバー・エバンスは、7月19日にSNSに初投稿、22日に初配信を迎えた。
身長はなんと190cmもあり、にじさんじ内ではトップクラスの高身長。大学教授というプロフィールにあるように茶色の髪型、緑のスーツと薄茶色のカーディガンを羽織り、赤茶色のスーツズボンをビシッと履きこなしたビジュアル。くわえて深みのあるローボイスで話すオリバーは、SEEDs2期生としてデビューした先輩、ベルモンド・バンデラスのような“ダンディ”なイメージを与えてくれる好漢である。
年齢が30歳代ということもあり、ジェネレーションギャップをネタにした自虐で笑いを狙うことも多く、(いまではあまり感じることが無くなったが)じつはかなりの機械音痴で、デビューするまで「SNSすらまともに触ったことがないレベルだった」と語っている。
ちなみにSNSへの初投稿時もなにやら一悶着あったようで、途中で送信してしまった初投稿と、修正して投稿し直したポストの間にアタフタと慌てる発言をいくつも投稿をしている。
また彼のファンマークはお茶の絵文字なのだが、これは自身のパーソナルカラーである緑色をベースに制作したサムネイルが「スーパーに売っている緑茶みたい」と言われたことが由来だ。バーチャル・プロフェッサーというプロフィールから生まれる堅いイメージ、その間から垣間見れるユーモアはこの頃からあったのだ。
どことなく不器用なイメージがつきそうなのだが、その後彼はさまざまな嗜好性を打ち出し、多くのファンを魅了していくことになる。
■英語力・知識・交友関係 裏に潜む好奇心が彼を突き動かす
オリバー・エバンスというと、多くのにじさんじファンが思い出すのは彼の高い英語力であろう。
ENを除いた他のにじさんじメンバーで英語が堪能なライバーというと、星川サラ、矢車りね、夢追翔など、指折り数える程度。英語で会話するどころか、ゲーム中に英文が出てきてもしっかりと訳して理解できるタレントのほうが少ないという、“英語力ゼロ”な面々がにじさんじの大半を占めていた。
彼が初めて英語でのトークがメインとなる配信をしたのは、デビュー後1ヶ月ほど経った2021年8月27日のこと。オリバーにくわえ、当時まだにじさんじに統合される前のNIJISANJI IDとNIJISANJI KR、中国で展開しているVirtuaReal、そして当時スタートを切ったばかりのNIJISANJI ENのメンバーとともにパーティゲーム『PICO PARK』を使ってコラボ配信をした。
そのため、オリバーが海外タレントらと何不自由なく英語でコミュニケーションを取る姿を見たリスナーたちは、別人を見ているかのような印象を受けただろう。それほどギャップを感じさせる場面であり、それだけで彼はにじさんじの中でも特殊・特別な存在となったのだ。
その後も、オリバーはNIJISANJI ENの面々と何度も関わっていくことになる。ENメンバーではかなり日本語力の高いPetra Gurinとは『IT TAKES TWO』のコラボ配信をするなど親交が深く、にじさんじとNIJISANJI ENのメンバーが交わる場では日英どちらの言語も喋れるパイプ役として出演することも多い。
ENメンバーの配信に突然登場したり、NIJISANJI ENから新たなメンバーがデビューする際にはPetraやYamino Shuらを呼び、自身が配信枠を取って同時視聴をするほどだ。
こういったこともあり、オリバー・エバンスの3Dお披露目配信には、実に14人もの海外メンバーからメッセージが届き、にじさんじライバーとしては類を見ないほど多国籍・グローバル配信となった。
こうした経緯もあり、ENメンバーからは「オリバーはNIJISANJI ENのメンバーだよ!」「日本語が上手なENメンバーだよ」と冗談めかして語られることがとても多い。
もちろん彼は日本人として日本・にじさんじに所属しているわけだが、NIJISANJI ENのデビュー時期を振り返ってみると、1期生Elira PendoraとFinana Ryuguが21年5月に、2期生Rosemi LovelockとPetra Gurinが同年7月、3期生とEnna AlouetteとReimu EndouとMillie Parfaitが同年10月、12月には男性タレントとしてIke Eveland、Vox Akuma、Luca Kaneshiro、Shu Yaminoの4人がデビューしており、じつはオリバーとNIJISANJI EN初期の面々はおなじ2021年にデビューした者同士という縁があるのだ。
コロナ禍という大変な時期に、新たなカルチャーを担うべくチャレンジ心の強い面々が集まった、NIJISANJI ENには独特の“ファミリー感”がある。そんななか、日本に自分たちとほぼ同時期にデビューし、しかも英語が堪能で積極的に交流をしてくれるライバーが日本のにじさんじメンバーにいると聞いた彼ら/彼女らは、それをどう受け止めただろうか。
少なくとも、彼らが語る「オリバーはENメンバーだよ」という言葉には、日本語・英語といった言語圏の壁をこえ、エンパシーに近しい感情が込められているのがわかるだろう。
こうして海外と日本のメンバーをつなぐ橋渡し役という重要なポジションを確保したオリバー。現在彼はメディアミックス作品『Lie:verse Liars』に声優として、にじさんじ公式クイズ番組『にじクイ』に解説役としてそれぞれ出演するなど、にじさんじ発のオリジナルコンテンツに度々登場している。
『にじクイ』のなかで解答者となった際には、持ち前の博識ぶりを披露することが多いのだが、彼の興味は一般常識や学力にとどまらずエンタメ~サブカルシーンにも広がっており、その豊富な知識と高い感度を配信でみせてくれている。。
ディズニー映画、ミュージカル、小説、TRPGにくわえ、アニメやマンガ作品にも好みの作品がいくつもあることをこれまで明かしている。その影響からかゲーム配信する際には、『バイオハザード7』『Hogwarts Legacy』『ELDEN RING』『Coffee Talk』「ポケットモンスター」シリーズといった、ストーリーに重きをおいた作品をプレイをすることが比較的多い。
プレイ中にはパッと見では分かりづらいバックグラウンドや設定についても考察することが多く、登場キャラにも感情移入しやすいタイプなようだ。
緊迫した場面では少しばかり口が悪くなり、ホラーゲーム配信の際にはよりそれが顕著になる。もともとオリバーは武道を中心にスポーツをしていたそうで、その頃の体育会系な一面が出ているらしく、普段の温厚そうなオリバーとは違う、いろいろな顔をみつけることができる。
また、その声の良さもあって、雑談配信も好評。自身の好きなものや最近起こった出来事だけではなく、リスナーからのコメントに反応して自身の考えを詳らかに話すこともあるなど、その姿勢・スタンスは品行方正なイメージ通りそのままといったところだ。
その逆に、そういったキチっとした礼儀正しさに反して“はっちゃける”ことも多い。お酒好きということもあり、飲みながら配信をすることもある。その際には、普段よりも輪をかけて陽気になり、ユーモアで場を沸かせるオリバー・エバンスを見ることができる。
そのビジュアルや声にピッタリ柔和で温厚なスタンス、合間合間から顔をのぞかせるユーモアや挟まれるジョークなど、さまざまな表情でみる者を魅了するオリバー・エバンス。
この原稿の最初に書かせてもらったが、にじさんじ運営が主導する番組・コラボ含めた様々なイベントが開催され、大きく盛り上がるにじさんじのなかで、オリバーは自身の個性を生かして唯一無二のポジションを築いていった。
だが、デビューから3年となるいま現在においても「まだ見せていない魅力」がありそうで、この数年の間で磨かれた部分だけでも多くの視聴者を虜にしているようにみえる。オリバー・エバンスのなかに潜んでいる好奇心とともに、どのような魅力とエンターテイメントが飛び出すのか、引き続き楽しみである。
(文=草野虹)