【小寺信良の週刊 Electric Zooma!】ステレオ音源が生まれ変わる驚き、OPSODIS技術から生まれたスピーカー「OPSODIS 1」
クラファンに登場した鹿島建設「OPSODIS 1」
音の不思議がまた1つ
1970年代半ばから勃興したステレオコンポブーム以降で、“音楽を聴くならL/Rステレオ”というのが定着したのだと思う。FMラジオとカセットテープ、そしてステレオ仕様のラジカセの登場によって、当時中学生であった筆者にもステレオサウンドの世界を体験することができた。
思えばあの時の感激が忘れられないまま、45年間ぐらい生きてきたことになる。音の広がりと言う点では、音源を多点で用意するサラウンドや空間オーディオといった技術が進化し、いまでは誰でも楽しめるようになっているが、ここにきてステレオソースを再生側でプロセッシングして、新しい聴かせ方をする機器が登場してきている。
今年に入ってからだけでも、Creativeの「Sound Blaster GS3」、シーイヤーの「Cear pavé」を紹介してきたが、今回紹介する「OPSODIS 1」は、建設会社大手の鹿島建設がオーディオメーカーとしてスピーカーを制作、クラウドファンディングで販売するという、ユニークな製品だ。通常価格は74,800円で、執筆時点ではまだ7% OFFのプランがいくつか残っている。
「OPSODIS 1」クラウドファンディングページ
音楽ホールや劇場の音響設計に高い知見のある鹿島建設のノウハウがつまったOPSODIS 1は一体どんな音がするのか。発売前に試作機をお借りすることができた。さっそく聴いてみよう。
シンプルかつ合理的なボディ
そもそもOPSODISとはなんぞや、という話から始めるべきなのだろうが、今回は目の前に実物があるので、まずそこから詳しく見て行こう。
ボディ右側にあるOPSODISのロゴ
今回GREEN FOUNDINGで発売が決まったOPSODIS 1は、PC用サウンドバースタイルのスピーカーである。ボディカラーはシルバーとブラックの2色があり、今回はシルバーをお借りしている。
横幅382mm、高さ82mm、奥行き130mmだが、手前が上向きに傾斜した台形となっている。通常のサウンドバーは、LRのスピーカー間隔を稼ぐために横が長いのが特徴だが、本機は横幅がそれほど長くないため、設置の自由度が高いのがポイントだ。重量は2.5kg。
ボディは前面が斜めに倒れた台形
ボディは剛性の高い5mm厚アルミ素材の押し出し材で、不要な振動を抑えるという。OPSODISは繊細に位相を扱う技術なので、ブレやズレに繋がる振動を極力排除する必要があるのだろう。
ドライバーは右用と左用それぞれに50mmウーファー、25mmミッドレンジ、20mmツイーターがある3Wayで、入力信号は高性能チャンネルデバイダーを通して分離され、各帯域専用のデジタルアンプで駆動される。周波数特性はサイト上では55kHz~20kHzとあるが、説明書にはアンプ特性として20Hz~20kHzという記載もある。
中央部にうっすらとツイーター、ミッドレンジが見える
スピーカーは配列が変わっている。中央部から外側へ向けて、ツイーター、ミッドレンジ、ウーファーの順だ。普通は低音の方が指向性がないのでウーファーは中央に、高域に行くにしたがって左右に離して配置していくのがオーディオのセオリーだが、それとは完全に逆配置になっている。これもOPSODIS技術には都合のいい配列なのだろう。また左右両サイドにはパッシブラジエーターを配している。
こちらは試作機の写真。スピーカーユニットの並び方に注目
上面には操作ボタンとして、電源、入力ソース切り替え、サウンドモード切り替え、ボリュームアップ/ダウンがある。入力ソースは、Bluetooth、USB-C、光デジタル、アナログの4入力に対応する。背面には、ACアダプタの電源入力、USB-C、アナログ、光デジタルの入力がある。背面のスリットはアンプの放熱口で、ここから音はでていない。BluetoothコーデックはSBCとAACに対応。
上面に操作ボタン
背面端子。スリット部は放熱用
リモコンはなく、サウンド設定用のアプリもない。ただ入力した音を出すだけで、これまでのステレオスピーカーとは別次元の立体音像が出てくる。
ACアダプタはまだ仮なのか、口径変換プラグが付属する
この秘密がOPSODISという技術だ。
鹿島建設が英国サウサンプトン大学音響振動研究所との協働で開発したもので、元々はまだ出来上がっていないホールや劇場の音響特性をシミュレーションするための設計支援技術であった。リアルタイム性に優れ、複数人に対しても同じ立体音響を提供することができることから、オーディオブランドへライセンスし、マランツやシャープからも応用製品がでている。
さらにこの技術を広く普及させるため、開発元である鹿島建設自らが小型スピーカーを開発、販売することになった。
技術的な見所は、スピーカーから空間を通って耳まで届く音は、右用、左用それぞれスピーカーが別れていたとしても、右用の音は左耳へ、左用の音は右耳へと漏れ聞こえてしまう。この左右の音が混ざる現象を、クロストークという。
右下の絵のように、個別のスピーカーで左用、右用の音を出しても、音が混ざって耳に届いてしまう
ヘッドフォンやイヤフォンなら左右の音が混ざらないが、今度はリスナーの目前の空間を通らず耳横で鳴っているだけなので、音の前後感が得られず、頭の中に右から左の音がズラリと並んでしまうという欠点がある。
OPSODISは、リスナーの目前の空間を通りながらも、左右のクロストークを排除することで、これまでのステレオスピーカー再生の問題を解決する技術だ。実際にはこのクロストークキャンセルを含め、4つの要素技術から成り立っており、鹿島建設のサイトに詳しい資料がある。
OPSODISの詳細資料(PDF)
ポイントは、立体的に聞こえるが、ソースは2chステレオソースでいい、というところである。つまりDolby Atmosや360RealityAudio(360RA)といった特殊なソースを用意する必要もなく、聞き慣れた音源で十分に効果が得られるので、誰でもどんな用途でも役に立つ技術ということである。
クロストークキャンセルの仕組みを図にしたもの。反対側のスピーカーから、単にクロストークキャンセル用の音を出力すると、その繰り返しが膨大になり、多大なロスが発生するが……
OPSODISでは、振幅を半分にした音を加算しつつ、位相を90度ずらして出力して打ち消し合う事で、クロストークをキャンセルしているそうだ
すぐれた立体音響効果
OPSODIS 1のサウンドモードだが、説明書によればモード1がバイノーラル再生用、モード2が1のフォーカスを少し甘くして聴きやすくしたもの、モード3がステレオ再生となっている。
とはいえ世の中にはそれほどバイノーラルで録音された音源がどこにでもあるというわけではないので、通常のステレオ音源でどれぐらい立体感が得られるのかを検証してみたい。
昨今は梅雨も明けていないというのにかなりの夏日が続いているところだが、個人的に夏になると聴きたくなるアルバムとして、アラン・パーソンズ・プロジェクトの「Eye In The Sky」を聴いていく。MacBook ProでAmazon Musicから再生、USBで接続している。
モード1では、オープニングの「Sirius」のイントロで流れるギターのアルペジオが、左側へぶっ飛んで聞こえるのが印象的だ。それも位相をいじってる感はなく、音質自体はまったく自然だが、スピーカーの幅を完全に飛び出して左側に定位している。
次いでオーケストラが入ってくるわけだが、純なステレオ再生よりも若干アタックが弱いように聞こえるものの、音の広がりは本体の長さを遙かに超えて、左右1.5mぐらいの幅で聞こえてくる。
筆者はこれまで頭部伝達関数を使ったフロントサラウンドシステムを多数聴いてきたが、ほどんどは単に位相がズレているだけにしか聞こえなかった。頭部伝達関数は人間の頭部の平均値に基づいており、その平均値から離れている人は立体に聞こえないという弱点があるからだ。
OPSODISも聴取空間の伝達特性の演算として頭部伝達関数を使うはずだが、それだけに頼らず、音波と左右の聞こえ方に関する膨大な数の実験データをベースに立体音響が構成されている。こうした経験や実験の数が、関数から外れている人のカバー率の広さの秘密なのだろう。
モード2では、左右の広がり具合はそれほど違っては聞こえないが、中央に定位する部分の表現に違いがみられる。モード1が中心定位の音像にもなんとなく横幅があり、手前に出てくるように感じられる一方で、モード2はセンターの音がきちんと中央に集まるものの、若干奥に引っ込んだ感じがあり、ソフトなトーンで届いてくる。ほとんどのケースではモード1で問題ないと思われるが、もし違和感を感じるならモード2がよさそうだ。
モード3は、一般的なLRステレオスピーカーとして聴いたらどうなるかをシミュレーションしたモード。まさに等身大というか、スピーカーの横幅どおりの広がり方を確認する事ができる。
音は立体的になるにしても、音質的にどうなのか、というところは気になるだろう。なにせEQもなにもなく、入力された音がそのまま鳴るスピーカーなので、音の素性は重要だ。
その点ではOPSODIS 1は今どきのスピーカーとしてのトレンドはきっちり押さえており、ボディサイズやドライバーの口径に似合わぬ低域の量感という点では申し分ないサウンドだ。音のクセという点では、中域の表現によってかなり変わってくるわけだが、エンクロージャの剛性が高く、箱鳴りによる耳障りなクセというのがほとんどない。
高域表現は、方向性を感じやすいので立体感と密接な関係があるわけだが、シンバルの抜けにも無理がなく、表現力は高い。モード1よりもモード2のほうが、高域表現に張りの良さが感じられるが、このあたりは好みで選べばいいだろう。
鹿島建設としてもコンシューマオーディオは初めて手がけることになるわけだが、今のトレンドを押さえつつもクセのないクリアさがあり、このあたりにもやり直しのきかない大規模音響設備を長年手がけてきた知見が詰まっている。
いろんなソースで鳴らしてみる
ステレオ音源で多大な効果があるのは分かったが、昨今の音楽配信ではステレオだけでなく、空間オーディオ音源も平行して配信されている。Amazon Musicでは、両方のフォーマットで配信されている楽曲は、どちらで聴くか切り換えができるようになっている。
そこでOPSODIS 1のBluetooth入力を使って、空間オーディオソースを再生してみた。まず先ほどの「Eye In The Sky」は一部の楽曲が360RAで配信されているので、切り替えて聴いてみた。
結果は音の定位がほとんど中央に集まってしまい、なんとなく拡がっている感はあるものの、音圧がかなり下がってしまうことがわかった。
さらにDolby Atmosの音源として、ColdPlayの「Music Of the Spheres」を再生してみたが、こちらも音圧がガクッと下がり、ほぼ立体音響の効果は得られなかった。
つまりOPSODIS 1で再生する際には、空間オーディオフォーマットで再生する必要がないばかりか、通常のステレオ再生以下の音響になってしまうので、Bluetooth接続で再生する際には、注意が必要ということになる。その一方で、空間オーディオフォーマットが提供されている曲のステレオミックス音源は、OPSODIS 1で聴くと通常のステレオ音源よりもさらに良好な立体感が得られるという。この点にも留意すると、OPSODIS 1がさらに楽しめるだろう。
続いてYouTubeで配信されている音楽ソースを、アナログ入力に繋いでみた。スマートプロジェクタは内蔵スピーカーが小さいために音楽コンテンツが十分に楽しめない傾向があるが、大画面に匹敵するサウンドスケールが得られる、OPSODIS 1は、プロジェクタ用外部スピーカーとしてはかなり可能性がある。
今回はTOTOが今年のツアーのうちの数曲を配信していたので、聴いてみた。アナログ入力で、かつ音源のビットレートがそれほど高くない状態であっても、デジタル音源およびデジタル入力と変わらぬ音の広がりが感じられた。ただ元々の音源の音の甘さはあるので、そのあたりは差し引いて考える必要はあるにしても、効果としては十分だ。
一方で、スピーカーは画面方向からリスナーに向けてまっすぐ設置しないと、効果が減少する。つまり横位置にスピーカーを置いたりすると、まあ一般的なスピーカーよりは拡がって聞こえるものの、正確な広がりでは聞こえなくなる。このあたりは、スピーカーは真正面に置くという条件で聴くべきだろう。
総論
OPSODISという技術は、開発されてもう20年にもなる技術だが、コンシューマ向けにはこれまで一部の限られたハイエンド製品で使われてきたのみで、知る人ぞ知るといったものであった。筆者も名前は聴いたことがあったが、実際に効果を聴いたのは今回が初めてである。
今回のOPSODIS 1は、この技術をもっと広く認知して貰うために作られたと聞いているが、確かに効果は絶大で、コンシューマでも広く普及しないと勿体ない技術である。OPSODIS 1は小型ながら多くのソースに対応し、きちんと効果が確認できるので、技術のデモ機としても優秀な作りとなっている。
高さがそれほどないので、PC用サウンドバーとしてモニター前に置いても問題ない。OPSODIS 1で聴くと、スピーカーでもなくヘッドフォンでもないような、不思議な音の広がりに包まれる体験ができる。それが、これまで聞き慣れたステレオ音源で十分というところも、非常に突出した技術である。
今オーディオの世界は、空間オーディオによって大きくサウンドスペースが広がり、耳を塞がないイヤフォンの登場で、さらに実空間の音と聴きたい音を混ぜることによって大きな音像を得るという、ある意味音響体験の革命が次々と起こっている真っ最中だ。
OPSODIS 1は、こうしたサウンドフィールドへの興味関心が高まっているところに、まさに絶妙のタイミングで登場した。現在「蔦屋家電+」(東京都世田谷区)か、 SHIBUYA TSUTAYA 4階(東京都渋谷区)の「GREENFUNDING タッチ&トライ」 で体験できるそうなので、ぜひ「なんでこんなことが?」という驚きを体験してみて欲しい。