日本テレビ

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 6月20日放送の「ZIP!」で日本テレビの水卜麻美アナウンサー(37)が、「24時間テレビ」の寄付金着服問題について謝罪した。同じく日テレの不祥事である「セクシー田中さん問題」にも通底する同局のあしき価値観とは。【ライター/冨士海ネコ】

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 昭和に比べて、「愛する」という歌詞を使ったヒット曲は減っている。ある民間企業による調査結果だが、それだけ「愛」という言葉を安易に使うことに、居心地の悪さを覚える風潮が高まっているのではないだろうか。それでもずっと「愛」を掲げている番組がある。「愛は地球を救う」でおなじみ、「24時間テレビ」である。

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 毎回、局を挙げてのPRが展開されるのだが、47回目の放送となる今年の告知は、異例の演出で始まった。日テレ人気アナのミトちゃんこと水卜麻美アナの謝罪である。「ZIP!」に続き「DayDay.」にも生出演し、昨年の日テレ系列局・日本海テレビ社員による寄付金着服事件をおわびする姿には、「人気アナを矢面に立たせた責任逃れ」と厳しい声も上がった。

 自分の不始末でもないのに、頭を下げさせられ、視聴者から厳しい視線を浴びる。でもこの理不尽さこそ、24時間テレビを貫く価値観ではないだろうか。同番組を貫いているテーマは「愛」というより、「我慢は美徳」というマゾヒスティックな価値観に見えるのだ。

 24時間ぶっ続けの放送、酷暑の中の長距離マラソン。スタッフや出演者の体力や思考力を奪う企画で、視聴者を驚かせ寄付金を募る。痛みに耐えて足を引きずるランナーや、難しいパフォーマンスに必死になる障害者、なけなしのお小遣いから募金をする子どもをたたえる演出は、感動は我慢の先にこそある、という価値観とつながっている。24時間テレビが掲げる「愛」は、常に「我慢」と一体であり、「我慢」に耐える人の画がなければ表現することができない。

 そういう意味では、今年こそ24時間テレビの真骨頂といえるだろう。寄付金着服事件に限らず、日テレが世間からの反感を「我慢」しなければならないトラブルは続出している。メインパーソナリティー枠として蜜月の関係を築いてきた旧ジャニーズ事務所騒動の余波もさることながら、今年は「セクシー田中さん」ドラマ化での対応のマズさも問題になった。さらに大谷翔平選手への行き過ぎた取材により「出禁」になったとの報道もある。スポーツと感動は切っても切り離せず、企画内でも目玉になることが多い。それだけに、よりにもよって大谷選手とのあつれきは、キー局にとって最も「我慢」しがたい問題であることだろう。

24時間テレビの根幹たる価値観「我慢は美徳」が全てのトラブルの元?

 そもそも令和の今、「我慢は美徳」という価値観はもうあしきものとされているのではないか。その変化は、テレビ界に最も影響を与えている。長時間残業やパワハラがはびこるテレビ界の労働環境にはメスが入った。お偉いさんからのセクハラを我慢して勝ち取るデビュー、プロデューサーや脚本家による突飛な改変を我慢して放送されるドラマはおかしいと、テレビ業界の「当たり前」にNOと言える空気が徐々に浸透しつつある。

 かつては権利や尊厳を侵害された側が「我慢が足りない、覚悟が足りない、感謝が足りない」と非難されていたが、今では「しなくてもいい我慢はすべきでない」と言えるようになった。大谷選手らアスリートへの取材も同様で、自宅やパートナーの情報など、スポーツに関係のない話題にまで笑顔で対応する必要はない、という人がほとんどではないだろうか。

 24時間テレビの問題の根幹はそこにある。いまだに「我慢は美徳」から脱却しようとせず、他人にも押し付けているように見えるのだ。マスメディアが作り出す感動は、一人の人間の抵抗感や苦痛に勝るのだと思っていやしないか。あれもこれも視聴者を泣かせるためのサービスなのだという名目を盾にした、傲慢さが透けて見える番組のあり方に、いよいよ疑問が突きつけられている。

 奇しくも今年のテーマは疑問形で、「愛は地球を救うのか?」だという。ただ、誰に向けての疑問なのだろうか。まさか視聴者なのか。勝手に巻き込まないでほしい。「愛」って何を指しているのか。募金額なのか。我慢の程度なのか。「誠意って何かね?」と言った「北の国から」の菅原文太さんを思い出してしまった。

空虚なテーマが生んだ功罪 今年は誰がどんな「我慢」をすることで地球を救うのか?

「愛は地球を救うのか?」という問いは、日テレは世間からの逆風にどれだけ我慢できるのか?という問いに等しい。ならば、いっそ徹底的にやってみたらいいかもしれない。セクシー田中さんのプロデューサーによる再現ドラマ、大谷の新居取材を敢行した記者による、着服事件を起こした元局員へのインタビュー。メインパーソナリティーには再起を懸けるスキャンダル芸能人たち。日テレへの忠誠心すなわち「愛」で苦境に立ち向かう姿は、涙なしには見られないことだろう。

 それは冗談としても、「愛は地球を救う」という抽象的なスローガンだからこそ、視聴者が小難しく考えずにチャリティーに参加できたという側面はある。演出に批判は尽きないとはいえ、注目度の高い番組のおかげで支援が広がった・役に立ったという人や団体が非常に多いのも確かだ。

 24時間テレビの基本姿勢はマスメディアの特性を最大限利用し、思いやりあふれる社会づくりに貢献することであり、番組に寄せられた募金は、福祉・環境保護・災害復興のサポートに活用するという。その崇高な理念は立派で一定の成果を上げたが、そろそろ24時間テレビとは違うやり方で実現できないか、模索すべき段階に日テレは立たされているのではないだろうか。

 すでに水卜アナの謝罪を起点として、今年の24時間テレビは始まっている。メインの出演タレントも内定しているという。今年は誰が、どんな「我慢」を強いられる画を見せられるのだろう。ウルトラマンだって3分が限界なのに、24時間もかけて地球を救う役目を負わされた水卜アナはかわいそうだ。とりあえず、「負けないで」とうつろな目で口ずさむくらいしか、私にはできない。

冨士海ネコ(ライター)

デイリー新潮編集部