【今井 悠介】「ほかの子にできることができない…」精神障害かつ生活保護を受ける親が障害のある子どもを育てて思うこと

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習い事や家族旅行は贅沢?子どもたちから何が奪われているのか?

低所得家庭の子どもの約3人に1人が「体験ゼロ」、人気の水泳と音楽で生じる格差、近所のお祭りにすら格差がある……いまの日本社会にはどのような「体験格差」の現実があり、解消するために何ができるのか。

発売即4刷が決まった話題書『体験格差』では、日本初の全国調査からこの社会で連鎖する「もうひとつの貧困」の実態に迫る。

*本記事は今井悠介『体験格差』から抜粋・再編集したものです。

事例:ほかの子にできることができない

村上菜月さん 長男(中学生)・長女(小学生)

村上菜月さんは数年前に夫のDV被害から逃れてシェルターに入った。現在は精神障害の診断を受け、生活保護を受けながら、障害のある子ども二人と一緒にアパートで暮らしている。

──DVの被害に遭われていたんですね。

仕事と家の監禁状態というか、自由がない感じで。いつも「誰とどこにいて何をしてる?」って。「帰らなかったら殴るぞ」みたいな。仕事の忘年会にも行けなかったです。完全に孤立していました。お化粧もしたことがなくて。自分のこと、何もしたことがなかったです。世の中のことを何も知らない。携帯の契約の仕方もわからない。わかるのは仕事のことだけ。

──その頃はどんなお仕事をされていたんですか。

居酒屋です。ランチもしていたので昼から働いていました。3つの仕事を掛け持ちしていたこともあります。私の名義のカードを向こうが持っていて、金融会社に自分の名義で借金をさせられて、それを返すために仕事をして。私は一切お金がなくて。

シェルターにいたときも、アパートに引っ越したばかりのときも、元の夫が怖くて外に出られなかったです。役所に行くにも怖くて一人では行けませんでした。前はもっとおどおどしていました。

──お子さんたちの障害について聞かせていただけますか。

はい。発達障害知的障害もあります。学校では特別支援学級に行っています。私自身も発達障害で。

上の子は言葉のまんまを受け取ります。直接わかるような言い方をしないといけません。出かけるときに「モタモタして何やってるの?」って言ったら、急いで靴を履くんじゃなくて、「今は何々をしてるんだよ」という答えが返ってきます。

静かで、あまり人に興味がないですね。伝えたいことがあるけど、どう言ったらいいかがわからないみたいです。言葉にすることが難しくて。

下の子は真逆で、すごく元気で、発散して、やりたいことやっていると落ち着くんですけど、それがダメになると大変です。飽きたら泣き叫んだり。どこかに連れていくときも、ひゅーって一瞬でいなくなってしまうので、目が離せません。

──お子さんたちの特性との関係で、特別に壁を感じることはありますか。

ほかの子ができることができないことがありますね。工作系とか、キャンプとか、みんなで協力したり、ルールに従ってやるようなイベントには連れていきづらいです。

行きやすいのは自由にできるところ。広い公園で思いっきり動けるとか。こうしなきゃいけない、ああしなきゃいけないというのがない場所です。ばらばらでいいところですね。無料で行けるお祭りとかチャリティーのイベントとかを検索して行ってみたりしています。

博物館とかコンサートとかも連れていきたいんですけど、会場の中とかだと難しいです。ご飯屋さんとかも。ただ、最近は少し落ち着いてきたので、座っていることもできるようになってきたので。マックにたまに行ったりしています。あとは個室のあるお店ですね。

今は生活保護なので、車は持っていません。元々運転はできるし大好きなんですけどね。今は障害者手帳があって、バスが半額なので、それで出かけたりしています。

お金があったらどこか旅行に連れていってあげたいですね。キャンピングカーに乗りたいって言うんです。私も運転ができたらいいなと思います。

──二人は今どんなことに興味を持っていそうですか。

長男はカメラが好きなんです。カメラは持っていないんですけど、スマホで撮って、編集とかもして、結構上手なんです。カメラの専門学校にも行きたいって。

あとはパソコンがほしいけど家にはなくて。ほしいパソコンが二十何万円とするみたいです。私は全然わからないんですけど。買ってあげたいんですけどね。

学校のパソコンで物語を書いて、先生に見せたらすごいって褒められていました。それも伸ばしてあげられたらいいですよね。

下の子はダンスがしたいんです。4歳ぐらいからYouTubeでダンスを見ていて。ダンスのスクールに通いたいって。安いところで5000円くらい月謝がかかるみたいです。

お金のほかに心配なのは私の体力ですね。送り迎えと、レッスンの間の付き添いと。今は私がペアレント・トレーニングという、障害のある子どもの子育てのプログラムに通っているので、一つずつやっていく感じにしないと、みんなぐちゃぐちゃになってしまいそうで。

──村上さんご自身が子どもの頃に何か興味を持ってやっていたことはありましたか。

何もないです。部活もしていないし、習い事もないです。食べるものもないような家だったので。小さい頃から虐待を受けてました。お父さんがお母さんに、お母さんが私に。歳の離れた弟がいて、両親が面倒を見ないので、私が見ていました。

高校も卒業したかったんですけど、耐えられなくて、高校3年で中退して、元の夫のところに逃げてきたような感じでした。

──子ども時代から暴力の連鎖の中で生きてこられたんですね。

最近になって生活が変わってきて、私も少しずつ外に出られるようになって、子どもたちもちょっと変わってきた気がします。最近は「ママ楽しそうだね」って言われたり。

長男はずっと学校の行き渋りがあったんですけど、中学校に入った頃から不登校になりました。でも、少し前からまた行くようになったんです。「朝8時に行けるように自分もがんばる」って言って。

本書の引用元『体験格差』では、「低所得家庭の子どもの約3人に1人が体験ゼロ」「人気の水泳と音楽で生じる格差」といったデータや10人の当事者インタビューなどから、体験格差の問題の構造を明かし、解消の打ち手を探る。

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