シント・トロイデンCEO立石敬之インタビュー後編

◆立石敬之・前編>>シント・トロイデンはいかにして日本に欠かせぬクラブとなったのか

「シント・トロイデン」という名前を聞いて、いまやサッカー好きで知らない者はいない。

 アーセナルのDF冨安健洋、リバプールのMF遠藤航、ラツィオのMF鎌田大地、スタッド・ランスのFW中村敬斗と、欧州トップリーグに次々と日本人選手を送り込み、今年1月にもDF橋岡大樹のプレミアリーグ(ルートン・タウン)移籍を実現させた。

 現在も6人の日本人(GK鈴木彩艶、DF小川諒也、MF山本理仁、MF藤田譲瑠チマ、MF伊藤涼太郎、FW岡崎慎司)が在籍し、日本代表にも多くの選手を輩出している。

 ベルギーの小さなサッカークラブは、いかにして日本に欠かせぬ存在となったのか。チームを統括する立石敬之CEOに話を聞いた。

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立石敬之CEOが目指すシント・トロイデンのクラブ像とは? photo by STVV

── シント・トロイデンの売上は推定2000万ユーロ(約32億4000万円)。その構成比を教えていただけますか。

「移籍金はシーズンによって大きく変動するので、ここでは外します。まず、40パーセント余りが日本のスポンサーから。4分の1がベルギーリーグやUEFAからもらえるお金で、放映権が大きな比率を占める。残りが地元企業からのスポンサー収入、チケット販売、その他諸々。

 この構成比を見てもわかるとおり、半分(放映権収入、地元スポンサー、チケット収入など)はどこのクラブもある程度は稼げるけれど、残り半分をいかに稼ぐかがベルギーのクラブにとって大変なわけです。そのなかでシント・トロイデンは日本からの収入がとても大きい」

── 外資系クラブが母体の国で小口営業(前編記事参照)なんてやらないでしょうしね。

「うちは独特ですよ」

── でも、日本人の感覚からすると......。

「当たり前なんだよね。ベルギーのクラブがいろいろ聞いてくるけれど、彼らがうちのマネをしても絶対に無理。なぜなら、うちは日本に営業部隊がいてマンパワーをかけているから。

 シント・トロイデンは日本でイベント、サッカースクール、交流パーティを開き、シーズン末には選手たちと一緒に各企業を回っている。シント・トロイデンはJリーグのクラブとまったく同じことをしているんです。しかも、私には(在籍した大分トリニータ、FC東京、アビスパ福岡で)その経験がある。私は『シント・トロイデンは21番目のJ1リーグクラブ』だと思っています」

── 『21番目のJ1リーグクラブ』という言葉には、アイデンティティやフィロソフィーなど様々な意味が含まれていますよね?

「そうですね。特にマーケティングの手法はJリーグのやり方と全く同じ。シント・トロイデンにはふたつの部隊があって、ベルギーではローカルに合ったマーケティングをしています。公式ホームページはオランダ語と日本語でまったく違うものを作り、こっちでは地元の選手を推し、日本語版では日本人選手情報以外にスポンサー契約の報告なども載せています」

── 日本人選手のことを両方のホームページで推してしまうということは?

「それはもうないですね。だから、ふたつのホームページでまったく異なるアプローチが生まれる。今、メディアチームはバート・スタス(ブランドマネジャー)をチーフとして、『ハスペンゴー』という日本で言うところの江戸とか豊後みたいな地域性を全面に打ち出しています」

── 立石さんがCEOに就くまで、シント・トロイデンは選手を買うことも売ることもほとんどしないクラブでした。2010年にGKシモン・ミニョレ(現クラブ・ブルージュ)を250万ユーロでサンダーランドに、2011年にDFデニス・オドイ(現クラブ・ブルージュ)を150万ユーロでアンデルレヒトに売ったのが目立つくらいです。

「だから、いきなり冨安健洋があの金額(推定700万ユーロ+ボーナス)でボローニャに売れて、地元の人たちもビックリ(笑)。10数年前はまだ、ベルギー人選手自体の評価がヨーロッパの市場でそれほど高くなかったのかもしれません。

 また、さきほども言ったように、DMMが参入した時は外資系クラブが少なかった。だから、まだ6年しか経っていませんが、シント・トロイデンや他クラブの移籍戦略はだいぶ変わりましたよね」

── 冨安選手がボローニャに移籍する前、ユベントスの話もありました。立石CEOのイタリアコネクションの強さを感じます。このルートはどうやって作ったのですか?

「今、私のとなりに座っているガブリエル・ツバルトとの出会いから始まりました。大分トリニータ時代にDFロレンツォ・スターレンス(元ベルギー代表)を獲得した時、ハン・ベルガー(2004年・大分トリニータ監督)さんのエージェントの伝手でガブリエルを紹介してもらいました。それ以来、20年の付き合いになります。

 彼はイタリア在住のブラジル人。今は隠居していますが、FWリバウド(元ブラジル代表)やFWパベル・ネドベド(元チェコ代表)といった大物選手を顧客に持つ敏腕の代理人で、ミノ・ライオラ(サッカー界で最も影響力のあった代理人のひとり)を育てたのも彼なんです。

 今、私はイタリアのGMクラスと10人くらい、直接話をしていますが、そのほとんどはガブリエルの紹介です。マッシモ・フィッカデンティをFC東京の監督(2014年〜2015年)として呼んだのも、長友佑都のセリエA移籍(2010年・チェゼーナ)も、彼のおかげです」

── 冨安選手のボローニャ移籍は、どのような過程を経たのですか?

「プレミアリーグの2クラブが興味を示したのですが、冨安はまだ20歳。私も『いきなりプレミアリーグはどうかな』と思いました。また、理由はわからないんですが、本人がイタリアへ行きたがっていて、イタリア語の勉強をしていて、かなりしゃべることができるようになっていました。

 それで、ガブリエルがボローニャのスカウトをシント・トロイデンに呼び、3人で飲みながら『冨安はとてもいい』という話をしつつ、かなり高い評価のスカウティングレポートを作ってくれました。その後、ボローニャ・チーフスカウトのマルコ・ディ・ヴァイオ(元イタリア代表)が視察に来て、最終的にGMと強化部長が『冨安を獲得しよう』という結論になった。

 監督が『冨安がほしい』と言い、強化部長とチーフスカウトも『冨安が一番』と言うんだから、この交渉がまとまらないわけがない。要は、誰がクラブのなかで決定権を持つか探っておいて、おさえるところをおさえていくことが、移籍交渉では肝心」

── ガブリエルさんから、まずは立石CEOのイタリアコネクションがはじまり......。

「3年前には、フランスコネクションができました。これはベルギーのフランス語圏も含みます。そのフランスのエージェントがDFマキシマリアーノ・コーフリエ(現クレルモン・フット)というフランス語圏のベルギー人DFをベフェレンから連れてきて、スパルタク・モスクワに売って300万ユーロというビックリするぐらいの移籍金がもらえました。

 うちには、ドイツのコネクションもある。彼はラルフ・ラングニック(現オーストリア代表監督)派のひとり。オランダにもひとり置きたいですね」

── この冬、橋岡大樹選手がルートン・タウンに移籍して話題になりました。イングランドのルートは?

「オランダの大手エージェント会社がルートンの話を持ってきてくれました。そのエージェント会社はルートンにたくさん選手を送り込んでいて、クラブも彼らに選手の売り買いを任せている。ルートンも橋岡のことをチェックしていたので、交渉はスムーズに行った。今、我々はイングランドのコミュニティを強化しています」

── 橋岡選手にはリーズの噂もありました。

「今のリーズのオーナーは、サンプドリアのオーナーと同じ人なんです。私はサンプドリアの強化部長と仲がいい。彼はリーズのチーフスカウトもしていたので、その際に私が橋岡のことを話しました。このように、世界はぐるぐる回るんです。

 昨年からうちがやっているのは、シント・トロイデンが売る側として、各国のクラブに選手をプレゼンテーションする戦略です。イタリアの各クラブに『シント・トロイデンのこの選手はすごいぞ!』という話をガブリエルからしてもらって、うちのホームゲームに招待する。

 さらに今年から、スタイエン・スタディオンにスカウト専用のスカイボックスを用意して、飲食しながら試合を見てもらい、シント・トロイデンのスカウトや強化部とディスカッションする。(立石CEOがエクセルで作ったリストを見せながら)これが先日、シント・トロイデンのホームゲームに来たクラブの一覧表です」

── 錚々たるクラブが並んでいますね。蛍光でマーキングしているクラブは?

「スカイボックスに入れるのは20人だけ。だけど30クラブが来たから、スカイボックスに入れるクラブを選ばないといけない。そのクラブをマーキングしています。残りのクラブは申し訳ないけれど、普通のスカウト席で見ていただきます」

── この仕組みの手応えは?

「手応え十分です。今、シント・トロイデンはヨーロッパの移籍市場で大人気なんです。アメリカのメディア(The Athletic)に『シント・トロイデンは日本の中心』という記事が載りまして、その反応がすごかった。最近もゲントやアンデルレヒトの会長から『シント・トロイデンはパイオニアだよね。世界中から問い合わせがシント・トロイデンに来る』と言われました。

 日本の人は『ベルギーのクラブを買えば、日本人の選手を売れるよ』って言う。だけど、それは違う。『私たちは選手を売るために、みんなの100倍はやっている』と思って運営しています」

── 貴重なお話、ありがとうございました。

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 その後もインタビューは大いに盛り上がり、話はさまざまな方面に飛んだ。最後に、そこで語られた立石CEOの想いをまとめてみた。

「『日本の企業がベルギーのクラブを買収すれば成功する』というのはありえない。一番大事なことは『キチンと選手を育てる』という仕組みを作ること。そしてもうひとつ大事なことは、Jリーグのクラブが欧州のクラブに選手を送り出す際、移籍金収入をキチンと得ること。

 そのためにはクラブの努力も大事ですが、エージェントや選手たちの協力や理解が大事。これはサッカー界全体で取り組まないといけません。

 エージェントは、選手をヨーロッパに連れて行かないと契約を切られてしまうから、何とかして移籍させようとする。しかし、選手は『0円移籍』でヨーロッパに行っても、大事にしてもらえない。サッカークラブは、投資した選手しか大事にしませんから。

『0円だったら獲ってやる』と言われているけれど、それで大丈夫なのか──。そのことを自分自身に一度、問いかけてみてほしい。

 私は0円移籍をなくしたい。私はJリーグ側の人間でもあるから、日本のサッカー界のために移籍金を払いたい。シント・トロイデンは彼らを1億円超えで買っているんです。その代わり、回収はしますよ。1億円で買った選手には『君を1億5000万円で売るつもりはない』と言ったりして、全部説明しています。

 そんなに大きな金額ではありませんが、Jリーグのクラブに1億円や1億8000万円を払って日本人選手を連れてくる──私たちの日本サッカーへの貢献は、そういうところからだと思っています」

<了>


【profile】
立石敬之(たていし・たかゆき)
1969年7月8日生まれ、福岡県北九州市出身。国見高校時代は国体・選手権優勝を経験し、卒業後にECノロエスチ(ブラジル)、ベルマーレ平塚、東京ガス、大分トリニータなどで活躍。現役引退後はエラス・ヴェローナ(イタリア)や大分、FC東京でコーチとなる。2015年からFC東京のGMとして手腕を奮い、2018年よりシント・トロイデン(ベルギー)のCEOに就任。現役時代のポジション=MF。