激戦の高松宮記念「スプリント王国」からやって来た刺客は本当に強いのか?
短距離路線で活躍する馬の層の厚さから、香港競馬はかねてより「スプリント王国」と呼ばれている。実際、香港国際競走のGI香港スプリント(シャティン・芝1200m)ではこれまでに何頭もの日本の名スプリンターが、その厚い壁に弾き返されてきた。その一方で、香港調教馬が日本で躍動。過去、短距離GIのスプリンターズS(中山・芝1200m)を2度(2005年サイレントウィットネス、2010年ウルトラファンタジー)、高松宮記念(中京・芝1200m)を1度(2015年エアロヴェロシティ)制している。
そして、迎える今年の高松宮記念(3月24日)にも、香港調教馬が6年ぶりに参戦する。ビクターザウィナー(せん6歳)である。
高松宮記念に出走する香港調教馬のビクターザウィナー。photo by Tsuchiya Masamitsu
香港生え抜きの同馬の戦績は14戦7勝。前走のGIセンテナリースプリントC(1月28日/シャティン・芝1200m)を勝って、初の重賞制覇をGIの舞台で決めている。
昨年末には、香港スプリント(12月10日)にも出走。4着と健闘した。ちなみに、今回の高松宮記念にも出走するマッドクール(牡5歳)が同レースに出走し、8着に終わっている。
はたして、この香港からの"刺客"は高松宮記念で勝ち負けを演じるほどの存在なのか。
正直なところ、香港では"エース格"とは言い難く、1.5線級の馬だ。それでも、"スプリント王国"の1.5線級ならば、日本では十分にトップクラスと言える。
サッカーにたとえて言うなら、欧州トップクラブのベンチ入りメンバー。それで、コンスタントに途中出場するレベルの選手と考えれば、それなりの実力者と見ることができる。ビクターザウィナーはそういった存在と見ていい。
また、香港では3月10日に香港短距離三冠(香港スピードシリーズ)の第2戦、GIクイーンズシルバージュビリーC(シャティン・芝1400m)が行なわれ、次週にはドバイでGIアルクオーツスプリント(3月30日/メイダン・芝1200m)が行なわれる。
そうした状況にあって、あえて高松宮記念を選択してきた。その戦略性からは少なからず勝負気配を感じる。
「(香港の)1400m戦は、この馬には少し長すぎる。(ドバイの)直線競馬も過去のレース内容から、この馬には不向きだと思った」
同馬を管理するダニー・シャム調教師は、今回のレース選択についてそう語った。
とはいえ、高松宮記念が行なわれる中京コースは、右回りの香港とは反対の左回り。しかも、最後の直線に上り坂もある。さらに、ずっと香港で戦ってきた同馬にとっては、初の海外遠征。初モノづくしとなる今回の挑戦に、不安はなかったのだろうか。
「デビュー前にトレーニングを積んでいたオーストラリアでは、左回り中心のメニュー。香港に来てからも、毎週月曜日は左回りでの調教を行なっています。普段から乗っている攻馬手が今回も帯同していますが、以前からその左回りの動きには『めちゃくちゃスムーズで適性がある』と言っていました。
直線の坂についても、今朝(3月19日)の調教で問題ないと感じました。そうしたことを含め、(レースに向けて)自信があります」
シャム調教師はそう言って、何ら心配する様子を見せなかった。
逆に、彼は「自信がある」と頬を緩ませた。その裏付けとなっているのは、これまでに彼が積んできた豊富な経験だ。
シャム調教師は香港のアイヴァン・アラン厩舎のアシスタント時代、香港の歴史的名馬であるインディジェナスとフェアリーキングプローンの担当だった。前者は1999年のGIジャパンCで2着という実績があり、後者は2000年のGI安田記念の勝ち馬だ。
いずれも、日本のレース参戦は初。特にフェアリーキングプローンに関しては、今回のビクターザウィナー同様、初の左回りで直線の坂も初めて経験する状況にあった。だが、インディジェナスは12番人気、フェアリーキングプローンは10番人気の低評価を覆して、それぞれ2着、1着という好成績を残した。
さらにシャム調教師は、調教師になってからも海外で活躍。2012年には管理馬のリトルブリッジで、イギリス・ロイヤルアスコット開催のGIキングズスタンドSを勝っている。
アジア人調教師によるロイヤルアスコット開催での勝利はこれが唯一。この時も、リトルブリッジにとっては初の海外遠征で、アスコット競馬場の急坂はもちろん未経験だったが、見事に克服している。
ほかにも、香港の現役最強中距離馬であるロマンチックウォリアーを管理。昨年は同馬でオーストラリアのGIコックスプレートを制覇した。
こうした海外経験豊富で、かつ腕利きのトレーナーが今回の選択を決断したのである。ビクターザウィナーへの期待は自然と高まる。
3月12日に来日した同馬は、18日まで千葉県白井の競馬学校で調整。同日、中京競馬場に移動して、翌19日には芝コースで追い切りを消化した。
本来、この馬のルーティーンであれば、日曜日のレースなら木曜日が追い切り日となる。しかし、シャム調教師、鞍上のデレク・リョン騎手ともに、水曜日に地元でナイター開催があったため、2日前倒ししての追い切りとなった。
この点についても、シャム調教師は「問題ない」と言う。
「来日1週前に、ダート1000mのバリアトライアル(実戦形式の調教)でラクに1着になっていますし、出発3日前にはロマンチックウォリアーと併せ馬を実施。そこで、実質的な仕上げはできています。(最終追い切りは)中京競馬場での感触と反応を確かめる内容だったので、まったく問題ありません」
高松宮記念当日、香港では香港ダービーが開催され、管理馬が2頭出走するシャム調教師は中京競馬場に来場することはない。だが、日本を去る際に彼はこう言って、満面の笑みを見せた。
「ここにいなかったことを、一生後悔してしまうかも」
香港随一の"海外通"調教師が手掛けるビクターザウィナー。群雄割拠の日本スプリント界を、あっさり制圧しても不思議ではない。