投球練習を1球投げた段階で、違和感を覚えた。

 高尾響(広陵)の投球フォームが変わっている。すぐさま昨秋の投球動画をチェックすると、違和感は確信に変わった。セットポジションから左足を上げる際の動作が、ずいぶんとゆっくりになっていたのだ。


昨年秋の四国王者・高知高から11三振を奪った広陵のエース・高尾響 photo by Ohtomo Yoshiyuki

【投球フォーム改造の理由】

 高尾は広陵の不動のエースだ。高校1年春の中国大会で背番号1を背負ってからは、1年秋の明治神宮大会で11番をつけた以外、すべての大会で1番をつけている。だが、高校2年秋までの高尾から「プロの匂い」を感じたことはなかった。

 最速148キロを計測するストレート。精度の高いスライダー、スプリットなどの変化球。素早い牽制球などマウンド周りの守備力。そして何よりも、常に名門のマウンドを守ってきた矜持が高尾の武器だった。

 一方で、身長172センチ、体重73キロと体格的には平凡で、昨秋の明治神宮大会ではストレートがカット質になるなど不振だった。広陵は中井哲之監督の方針もあり、よほど突き抜けた能力の持ち主ではない限り、高卒でプロ志望届を提出するケースは少ない。高尾も高校卒業後は大学か社会人に進むのが既定路線と思われた。

 だが、今春センバツに登場した高尾を見て、驚かされた。もともと左足の上げ方はゆったりとしていたが、それ以上に時間をかけている。昨秋が「ゆったり」だとすれば、今春のフォームは「ゆーったり」という具合だ。

 そして、ボールから滲み出る「凄み」が昨秋とはまるで違った。この日のストレートの最高球速は145キロと自己最速には及ばなかったが、捕手の只石貫太のミットから響く捕球音が「ビチッ!」と重そうなのだ。

 只石はこう証言する。

「ほかのピッチャーにはない、キレのある真っすぐがきます。秋よりもスピン量が増えて、ホームベースまで勢いが死なずに、垂れないボールがくるようになりました」

 ストレートの質が向上した理由、考えられるのはひとつしかない。「ゆーったり」とした左足の上げ方だ。

 なぜ新フォームにしたのか理由を聞くと、高尾は淀みない語り口で説明してくれた。

「並進運動(※)を速くしたかったからです。足を早く上げてしまうと加速がつかないので、ゆっくりと上げて並進運動で速くするイメージです。今の形にしてみたら、うまく自分のなかでハマった感じです。真っすぐは伸びのある球がいくようになりましたし、スライダーもキレが出ていい球がいっています」
※並進運動とは、ピッチングの最初のステップで、踏み込み足が地面につくまでの運動

 昨秋の四国チャンピオンである高知を相手に、高尾はストレートで押し込んでいく。さらに130キロ前後のハイスピードで変化するスライダー、スプリット、110キロ台中盤で変化するカーブも有効に組み合わせる。8回に味方の失策で1点を失ったものの、最後まで球威は衰えなかった。被安打5、奪三振11、与四死球2と文句なしの内容で9回を投げ終えた。

【次戦は強打の青森山田と対戦】

 試合中、何球か140キロ前後で小さく食い込む、カットボールのような球があった。昨秋の明治神宮大会でも見られたカット質の速球である。もしかしたら、この球を自在に操れるようになったのか。そう思い本人に聞いてみると、高尾は否定した。

「あれはときどき指に引っかけて、"真っスラ(スライド回転のストレート)"してしまうんです。(対右打者の)外からシュートするよりはいいかなとは思うんですけど、自分としてはあまりよくないボールですね」

 高尾はそう語るものの、「真っスラ」ではなく、意図して「カットボール」として投げられるようになれば夢はふくらむ。もちろん、せっかく向上したストレートの球質を維持することが大前提ながら、高尾の投球の引き出しはさらに増えるはずだ。

 まだ大会中、しかも春のタイミングで時期尚早とは思いつつも、聞かずにはいられなかった。これだけのボールが投げられるのなら、すぐにプロに行きたいという思いも芽生えたのではないか、と。

 すると、高尾はこちらを真っすぐに見つめてこう答えた。

「いえ、それは思わないですね」

「すぐ」の解釈が筆者と高尾の間で噛み合っていないような気がしたが、重ねて「今は目の前の試合に集中するだけですか?」と尋ねると、高尾は「はい」とうなずいた。

 焦ることはない。筆者は先走った質問をしたことを反省した。高尾が甲子園で投げれば投げるほど、道は自ずと開けていく。今はただ、高尾の進化を噛み締め、春の快進撃の行方を見届けるしかない。

 広陵の2回戦は大会8日目(雨天順延がなければ3月25日)、青森山田戦に決まった。高尾の真価を測るにはもってこいの強打線である。