『ツーオンアイス』逸茂エルク×高橋成美 対談 前編(全2回)

フィギュアスケートの世界選手権の開幕を前に、「週刊少年ジャンプ」連載中のフィギュアスケート漫画『ツーオンアイス』の作者である逸茂エルクさんと、この漫画の監修を担当している2012年世界選手権ペア3位で元フィギュアスケーターの高橋成美さんの対談をお届け。前編では、『ツーオンアイス』の制作の裏側について語ってもらった。


逸茂エルクさん作の『ツーオンアイス』(集英社)は高橋成美さんが監修を担当している

【生きているうちにペア漫画を監修するなんて!】

ーー高橋さんは『ツーオンアイス』の監修の依頼を受けてどんな感想でしたか?

高橋成美(以下、高橋) まず、うれしい気持ちでした。最初は現実味がないなと思ったんです。フィギュアスケートの漫画自体が少ないなかで、ペアの漫画。まさか自分が生きているうちにペアの漫画の監修をすることがあるんだと、驚きとうれしさ、そして、どんな漫画になるんだろという気持ちでしたね。好奇心が大きかったですし、すごくうれしかったです!

逸茂エルク(以下、逸茂) 私も感想としては近くて、もともと中学生の頃から高橋さんの演技をテレビで見ていたので、漫画家になってフィギュアスケート漫画を描き、テレビで見ていた方にその漫画を通じて会えるということはまったく想像していなくて。「すごい、こんなことがあるんだ」っていう不思議な気持ちでした。

ーー物語をつくっていく過程はいかがでしたか?

高橋 私はけっこう細かく、ちょっとうざいかなってくらい監修をしましたが、毎回すごく丁寧に対応してくださって。今では私以上にスケートに詳しいんだろうなと思っています。その成長を目の当たりにしているというのが、一番大きな印象ですね。

逸茂 いやいや(笑)。私は漫画の説明をするにあたって、やっぱり少年漫画なので「ここまでしちゃってもいいんですかね」みたいなラインの話もあるんですけど、高橋さんから「そういうこと、本当にありますよ!」という実際の話も多くて。もう、高橋さん自身のエピソードが少年漫画の主人公みたいな。今までのキャリアやペアを始めたきっかけ、ペアをするために高校で留学したという話がすごく主人公的で、高橋さんが主人公の漫画を描けそうだなって思ったのをすごく覚えています。

高橋 あはは(笑)。監修については、最初は足の角度をチェックしたりするだけだったんですけど、先生が「一歩踏み出した時にどれくらい進めるんですか」とか細かくしっかり聞いてくださるので、だんだん私も入り込んじゃって。スケートリンクに行って自分で実験したり検証したり、周りにリサーチしたりやってみてもらったりと、いつの間にかそのアツさに巻き込まれていきました。

逸茂 すごくありがたかったです。こんなにしていただいていいのかなというくらい、いつも迅速に丁寧に解説してくれて、実際に検証までしてくださって。気軽に聞いた質問にも図を描いて説明していただきました。本当に助かっています。

【ペア選手の未練や葛藤にふたをしない】

ーー高橋さんはそうやって描かれた『ツーオンアイス』を読んでいかがですか?

高橋 毎回すごく楽しくて! 監修の特権で早く読ませていただきますが、それでも待ちきれないくらい(笑)。シーンごとに自分が選手だった頃を思い出したり、選手の頃に読みたかったなという部分もたくさんあるんです。今の悩みについても勇気づけられて、前向きな気持ちにさせてもらっています。


高橋さんはペア選手として2014年ソチ五輪にも出場 写真/事務所提供

ーーペア選手として共感する部分などはありましたか?

高橋 たくさんありすぎてどこを言えばいいかわからないくらいなんですけど、どこだと思います? 先生。

逸茂 私は選手じゃないので......(笑)。

高橋 ペアってやっぱりメジャー競技ではない引け目みたいなところは誰しも持っていて。そういう部分も『ツーオンアイス』では赤裸々にみんなの感情が語られています。普段、ペア選手が本当は思っていても言ったら負けだと思っていることを漫画のなかではみんなが堂々と言っていて、そのうえでペアが好き、ペアを普及させたいと一致団結しています。そんな物語を見て、私も選手の時に自分の気持ちを出してみんなを巻き込んだら、もっとペアを盛り上げることができたかなって思うことがありました。

逸茂 競技経験のない私が、「マイナー種目としてのペア」という、ある種、ネガティブなテーマに焦点を当てて描いていいのか迷いもありました。ペアのよさや楽しさといった前向きな部分だけを描くことも当然できるので。ただ、実際にカップル種目に転向した選手について調べると、シングルに限界を感じて転向する方、シングルへの未練も残して転向を決める方もけっこういらっしゃるんです。そして、彼ら彼女らが現在に至る日本のカップル種目を支えている。

 そういう事実にふたをして、100%ポジティブなことばかり描くのがはたして敬意と言えるのか、いろいろな背景や理由があることを否定してしまっては、葛藤の末にペアの道を選んでくれた現実の選手たちが報われないのではないか、と。このような考えから、作品ではさまざまな事情を抱えたキャラクターたちがだんだんとペアに魅せられる過程を描いていきたいと思っていました。なので今、高橋さんのお話を聞いて、意味があったのかなとすごくうれしいです。

高橋 「わかる、わかる」っていうことばかりですね。ペアは怖いと感じる部分も正直ありますし、最初の頃の恥ずかしいという感情も。主人公の峰越隼馬(みねこしはゆま)が最初、(隼馬とペアを組む)早乙女綺更(さおとめきさら)と手をつなぐことすらすごく恥ずかしがっていたけれど、実際、今のジュニアの子たちを教えているとそこが本当にけっこう大変で。急に手を離しちゃったり、身体で巻き込めずに浅いところをつかんだりして、けっこう苦労するところなんです。


主人公の峰越隼馬(左)と早乙女綺更/『ツーオンアイス』(集英社)

【美容室で「綺更ちゃんみたいにしてください」】

ーー『ツーオンアイス』でお気に入りのキャラクターはいますか?

高橋 たっくん(空天雪/そらたかゆき)がけっこう好きなんですよね。かっこいいし、スケートをしている時のシルエットがやっぱり魅力的ですよね。あと、ペア男子であの体型は本当にいい。無駄な肉がついていなくて、必要な筋肉だけがついている感じがいいです。たっくん、好き!


トップスケーターとして描かれる空天雪/『ツーオンアイス』(集英社)

ーー組んでみたいですか?

高橋 いや......ちょっと組むのは嫌ですね!(笑)

逸茂 あはは!(笑)

高橋 組むのは嫌だけど、たっくんに認められたらそれは幸せそう。ただ、たっくんに虐げられるのなら自分の人生は犠牲にしたくないかな。でも、唯一の人になれるんだったら周りの人に嫌われてもそれはそれで幸せなのか......。あとじつは、美容室に漫画を持っていって、綺更ちゃんみたいにしてくださいって言っているんです。綺更ちゃんに憧れて寄せている部分、ありますね(笑)。

ーー逸茂先生には、作中に登場するペアの特徴も聞きたいです。

逸茂 「きさはゆ」(綺更&隼馬)は、思春期の難しい時期に等身大で歩み寄っていける、向き合える異性がいるというのはすごく尊いことだと思っているので、それがちゃんとわかるように描こうと意識しています。霧島夏日&夏夜は主人公たちのよきコーチであり、現役選手。選手とコーチを兼任しているキャラクターはあまり他のスポーツ漫画ではないので、そういう部分での感情の揺れ動きはすごく気をつけています。「ゆにこた」(浅倉結仁&鈴枝虎太郎)は本当に普通の大学生で、親しみを感じてもらえればなと思っていて、「ことじょう」(三木ことり&我妻丈)は兄妹や親子みたいな感じになりつつ、丈がことりを子ども扱いしすぎないところはすごく意識しています。

「さえちょ」(秦冴&漢見寵児)は、じつは連載1話の時にはまだ存在していませんでした。ベテランポジションを出さなきゃなと思っていたのを、連載5話目くらいの時に冴を中心にキャラを整えた形です。ただ実際登場させてみると、当初の想定をはるかに超えてすごい速度で重要な立ち位置になりまして。ペアの先人の冴は、現実世界では高橋さんにあたる存在だと思うのですが、彼女が作者のコントロールを超えてくれたことで、開拓者の果たした役割の大きさ、高橋さんの偉大さをあらためて痛感させられました。


ペア競技に挑む多彩なキャラクターが登場/『ツーオンアイス』(集英社)

高橋 今の日本のペアは3組しかいないけど、アイスダンスのカップルは本当にそんな感じですよね。大学生カップルもいるし、ベテランもいる。リアルだなあって感じながら見ていました。

【スケート好きにはたまらないリアルさ】

ーーこれからの『ツーオンアイス』の注目ポイントを教えてください。

逸茂 オリンピックの回を機に、隼馬たちにとって「スケートのよさってなんなんだろう」というテーマが出てきたところです。強敵の天雪が出てきて、そのテーマにどう結論を出していくのかを楽しみにしてもらえたらうれしいなと思っています。

ーー高橋さんはスケートファンに向けて『ツーオンアイス』の魅力を教えてください。

高橋 かなりリアルに仕上がっていて私もびっくりしたんですけど、表に出ないプロトコルの部分まですごく綿密に計算されているんです。実際の試合を見ているようなリアルさもありますし、ペアを観戦する際の勉強にもなります。あと、描写の正確さも。エッジの向きだったり、筋肉がちゃんと計算されているようなリフトの仕方とか、とにかく物語も最高ですけど、そういう部分でもスケート好きにはたまらない漫画だと思うので、ぜひ読んでほしいと思っています。

後編<「りくりゅうは一体感のレベルが違う!」高橋成美と『ツーオンアイス』逸茂エルクが語り合うペアの見どころ>を読む

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