NPO法人を運営する今井紀明氏と、人文系私設図書館を運営する青木真兵氏が、「対話」と「中間団体」の視点から語り合います(写真:zaksmile/PIXTA)

グローバル化の問題点は「新しい階級闘争」を生み出した。新自由主義改革がもたらした経済格差の拡大、政治的な国民の分断などである。アメリカの政治学者マイケル・リンド氏は、邦訳された『新しい階級闘争:大都市エリートから民主主義を守る』において、各国でグローバル企業や投資家(オーバークラス)と庶民層の間で政治的影響力の差が生じてしまったことがその要因だと指摘している。私たちはこの状況をいかに読み解くべきか。NPO法人を運営する今井紀明氏と、人文系私設図書館を運営する青木真兵氏が「対話」と「中間団体」の視点から語る。

データ重視で失われた「対話」の機会

今井:『新しい階級闘争:大都市エリートから民主主義を守る』を読んで最初に思ったことは、経営者などのエリートと呼ばれる人たちと労働者の大きな分断をどうつなぎ直せばいいのかということです。


20世紀中盤、労働者と経営者が対話することで福祉制度をつくってきました。それが今分離してしまっている。経営者は労働者や立場的に弱い状況に追い込まれている人といかに対話していくのかは考えさせられました。

僕自身、自分が代表を務める認定NPO法人D×Pでは10代の孤立を解決するために動いていますが、子どもたちや若者たちと関わる必要性は常に感じています。1万人以上が登録しているユキサキチャットというオンライン相談サービスや、大阪の繁華街に開設したユースセンターの中で、若者たちと積極的に関わっていきたいと強く思っています。

一方で経営者にはグローバルな情報が入ってくることで、そこにリソースを取られてしまい、結果的に労働者と分断が起こりやすくなってきているように思います。

本書で言うところの管理者(経営者)エリートたちは、情報でみる世論を聞こうとはしますが労働者たちや弱い状況に追い込まれている人にリアルに関わりを持とうとしたり、データではなく直接会って話を聞いていったりしているのかなと疑問を持ちました。ますます労働者たちや弱い状況に追い込まれている人の声を聞いて、対話できるようにしていかなければいけないと思いました。

青木:その背景には、新自由主義的価値観を内面化した自己実現/自己責任論があると思っています。勝負に負けたら自己責任だし、勝ったら総取りみたいな、すごく個人主義的な価値観です。そのせいで労働者側も、悪い意味で経営者側のロジックで考えてしまって、労働組合も成立しなくなった。個人化が進み、横の紐帯がどんどんなくなっているんですよね。それが労働者側の問題の一つではある。

同じように、経営者側もしんどいんだけど周りに相談できなかったり、公の場でしんどいって言っちゃうと株価が下がってしまったり、常に強い個人でいることを強いられてしまう。自己責任のイデオロギーで分断されて、誰も信用できない状態になっているのではないでしょうか。

日本の大企業のことを考えても、かつては下請けの中小企業を守るために国内の会社に仕事を回すことがあったわけですけど、グローバリゼーションによって工場は海外に移転して国内産業がどんどん空洞化している。日本の企業で確かに日本国に税金は払っているかもしれないけど、日本人を雇用してない。そういうことが起こってきていて、直接の対話とか人間同士の関係からは程遠い状況にある。それがこの失われた30年を回復させない一要因になってるような気がしています。やはりNPOでも経営者層と労働者側に分断があると感じますか。

経営者も感じる労働組合の重要性

今井:個人的には感じています。経営者は経営者で先ほども話があったと思いますが、グローバルな目線で社会がどうなっていくのか考えているので、社会の変化に敏感でリソースを多様な変化にさかなければいけない状態になっているような気がします。


今井紀明(いまい のりあき)/認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長。1985年札幌生まれ。立命館アジア太平洋大学(APU)卒。高校生のとき、イラクの子どもたちのために医療支援NGOを設立し、紛争地域だったイラクへ渡航。その際、現地の武装勢力に人質として拘束され、帰国後「自己責任」の言葉のもと日本社会から大きなバッシングを受ける。対人恐怖症になるも友人らに支えられ復帰。偶然、中退・不登校を経験した10代と出会い、自身のバッシングされた経験が重なり、2012年にNPO法人D×Pを設立。経済困窮、家庭事情などで孤立しやすい10代が頼れる先をつくるべく、登録者1万2000名を超えるLINE相談「ユキサキチャット」で全国から相談に応じている(写真:認定NPO法人D×P)

例えば、生成AIなどの技術的な進歩や国内外の大きな変化などがありすぎて、経営者は国内の声だけを聞き取れる環境にないのかなと。働いている人とか支援現場も含めて、みんなとうまく対話をして組織をつくっていきたいから労働組合は大切だよって、個人的な意見として社内では言っているんです。自分でいうのもなんなんですが、経営者に労働環境改善を訴えることは大切だよ、と。

でも、国内じゃなくて世界の変化を見なければいけないという状況に経営者の頭の中は引き裂かれているのだと思います。その中で、うちのNPOでいうと寄付者さん数千人に支えられている、多くの個人や法人に支えられている組織なので、株式会社などの事業体と違って新しい動きをつくることができるかもしれません。NPOとして何ができるかってところはこの本を読みながらも未知数ですが、株式会社とか行政とは違った形で、労働者と対話的な環境をつくっていくことなのかもしれないです。

今井:学校法人とか社会福祉法人、労働組合などの組合系も、本来は非営利の活動なんですよね。弱い立場にある人とか働いている人のためにつくられたはずなんです。そこに立ち返って、対話的に組織を新しくつくっていくことに意味があるのだと思っています。そういう意味で、非営利セクターは経営者などのエリート層と労働者の狭間にあるものなのかなとも思っています。より対話を促していったり、一人ひとりの社会的な動きを新しくつくっていくような役割ですよね。

中間団体としてのNPO

青木:おっしゃる通りで、僕も社会における中間的存在がなくなっているのはすごく感じています。縦割り行政って言われますけど、同じ問題なのにこっちの窓口に行って、それから別の窓口に行かねばならなかったり。窓口が違うだけで、 連携がなかなか取ってもらえなかったりする。


青木真兵(あおき しんぺい)/1983年生まれ、埼玉県浦和市に育つ。「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター。古代地中海史(フェニキア・カルタゴ)研究者。博士(文学)。社会福祉士。2014年より実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」の配信をライフワークとしている。2016年より奈良県東吉野村に移住し自宅を私設図書館として開きつつ、現在はユース世代への支援事業に従事しながら執筆活動などを行っている。著書に『手づくりのアジール──土着の知が生まれるところ』(晶文社)、妻・青木海青子との共著『彼岸の図書館──ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』シリーズ(エイチアンドエスカンパニー)などがある(撮影:宗石佳子)

部分部分ではすごく合理的なシステムが組まれているとは思うんですけど、前提が変わったせいで横の連携を求められるとうまく機能しないのは、行政に限らずあらゆる産業、業界にいえることではないでしょうか。そしてその断絶を埋めるのが非営利的存在だということですよね。僕はユキサキチャットとかユースセンターとか、定時制高校もそうですけど、D×Pがやっていることってそれだと思っているんです。

失われた30年は回復する気配もなく、どんどん格差が広がっている。相対的貧困率は若干回復傾向にありますが、依然として存在する社会的な分断を埋めることは不可欠です。NPOはそこを応急処置的にやっているんですけど、予防的にというか、新しい社会をつくっていくような動きも必要だと思っています。

今井:確かにNPOの役割はその意味で重要だと思っています。あと、この格差や分断を埋めていく、橋をかけていくことは民主主義を育てることなのかなと思っています。その動きの一助になるのは非営利組織、NPOの役割だと思っています。D×Pは寄付やボランティアなど市民的な動きを一緒につくっていると思っているので、そこがNPOの面白さでもあります。ある意味で思想が違う人たちも、「ひとりひとりの若者が自分の未来に希望を持てる社会を目指す」というD×Pのビジョンのもとに集まってくれる。一緒につくるということは、このアクション自体が公共的だとも言えるんですよね。公共は自分たちがつくる、という意味でもあると思います。

青木:本書の言葉で言うと、「民主的多元主義」というものですよね。いくつものレイヤーを重ねることによって中間的なものができてくる。非営利セクターは株式会社とか行政ができないことをやるわけですけど、株式会社とか行政と連携しないというわけでは決してない。だから株式会社のレイヤーと行政のレイヤーといったように異次元を行ったり来たりする存在である必要があるのだと思います。「他の異なるレイヤーにいる人たちが集えるレイヤー」なのかもしれないですけど、そういう言葉がないような気もしています。そういう多層的な状態を民主的多元主義と言っているのだと思います。

非営利セクターとしての労働組合

今井:その民主的多元主義の一つのレイヤーとして、例えば労働者の意見をきちんと代弁する組織を育てていかないといけないのではないか、と思っています。生活協同組合とか労働組合、ワーカーズコープなどそのリーダー的存在も再構築していかないとならないではないのかな、と読みながら思っていました。

青木:僕はD×Pが多くの月額寄付者の方々に支えられていることに希望を持っていて、この点がとても民主主義的だなと思っています。例えば100万円の寄付があったときに、1社が100万円寄付してくれたのか、100人が1万円ずつ寄付してくれたのかって同じ金額だけど、意味が違いますよね。もちろん両方大事なんですけど、D×Pには3000名を超える月額寄付者がいる。この事実は民主主義の一つの形を示しているのだと。

今井:月額寄付や寄付者さんは民主主義の一つの形を示しているっていうのは僕もそういう気持ちはありますね。今ない仕組みだからこそ、さまざまな方が結集して子どもたちのセーフティネットをつくっている、と。

あと、さっきの話の続きで、僕は組合について、学び直したいと思いました。今は日本は労働組合の加入者も減っているし、いろいろなニュースを見聞きすると非正規労働者の代弁者になってないという批判もありますよね。もちろん労働組合ごとで全然違うと思いますが、若い人が入っていないとも言われていますよね。現在主体になりつつある非正規労働者や若い方が、新しく加入しやすいような労働組合の仕組みが必要なのではないか、と。これを非営利セクターと言っていいのか正直わからないですが今までは労働組合を非営利セクターとは思ってこなかった。でも本来、組合って非営利セクター的側面も持っているから、その側面からもう一度捉え直したいなと思っています。労働者の目線で考えたときに、ちゃんと身を守ってくれる組織をつくっていくのは重要ですよね。

青木:言い方を変えると、アドボカシーですよね。立場の弱い人たちの権利を主張、擁護しましょうっていう。どうしても経営者と労働者が1対1で向かい合ったら、構造上弱い立場に置かれてしまうのは仕方がない。だから1対1で向かい合うのではなく、1対多で対話するために組合をつくりましょうっていう話だと思っています。ユース世代や子どものアドボカシーも同じ文脈だと思います。日本だと権利っていうものがあるようでない。ないというか、「使えていない」ともいえるかもしれません。

この点が民主主義を考えるときにとても重要だと思っています。一人ひとり、権利を持っている人間が集まって社会ができているという認識ですよね。でも日本の伝統的な価値観では、まず大人の社会があって、そこに未熟な一人前ではない子どもという存在が加わっていくという建て付けになっている。一人前になるまでは権利も何もないよっていう発想。一人前になって初めてものが言える。そうなっちゃうと、子どもも大人も等しく権利を持っていて、一人ひとりがものを言える民主主義はなかなか根付かない。

「ガチャ化」する貧困

今井:確かに。D×Pでは、子どもの権利とか困窮者の声、虐待状況にある人の声を社会に出していっていますが、さらに働く人、働けない人、しんどい状況のなかでなんとか働いている人の声も拾えるようにしていきたいですね。

青木:とても重要ですよね。困窮している若者が働くって言ったら、すごく劣悪な職場環境とか、労働者を使い捨てみたいに考える会社にしかつながれなかったりする状況があります。もちろんそんなことばかりではないけど、それが「ガチャ化」してしまっています。貧困であったりDVとかネグレクトのある家庭で生まれ育って、なんとか大人になって就職したんだけど、生活費をなんとか稼ぐので精一杯ですと。しかもその職場が劣悪な環境だったら、それは経済的にはなんとかなっているけれど、果たして貧困状態から抜け出せたことになるのだろうか。

こんな感じで、どこまでいっても貧困の状態から抜け出せない状況になっている。本書の題名にもありますが、ある種の階級のようになってしまっていることが問題だと思います。その階級化の延長線上に、もうこの世界をぶっ壊してくれよってトランプ大統領を支持するポピュリズムの社会背景になると思う。そういう家庭環境で育ってしまったけど、大人になったらディセントワーク、尊厳ある仕事につけることが大事ではないかと思っています。

青木:そういうふうに考えると、やはり教育が重要だなと。確かにいい大学に入ると貧困状態から抜け出せるんだけど、学費が払えなかったり塾に行けなかったりして、そもそもいい大学に入ることができない。いい大学に入るためにはまず貧困じゃダメっていう社会は、全然フェアではありません。借金ではない奨学金があって、誰しもが教育を受ける機会が確保されていて、その先に働くこともあって、初めて民主主義的な社会の基盤が出来上がるのではないでしょうか。

新自由主義で生じた分断を結び直す

今井:同じ思いです。僕らも法人単体ではなく、そういう社会をつくっていくために育てあうことを、より明確にビジョンとして打ち出していくことがすごく大切だと思っています。これまで非営利について考えてきましたが、もう少し一人ひとりの当事者による働きかけやムーブメントなど促すことができないかなども考えていきたいですね。

青木:困窮状態を救うっていうのは、マイナスをゼロにすることだと思います。NPOってそこをやることは得意だと思うんですけど、ではどうやってゼロをプラスにしていくのか。すでにあるものを応援して育てていくようなイメージ。これからの非営利セクターは、そこをやっていくことも必要なのかもしれないですね。

今井:2023年度は、D×PでNPO7団体への資金提供や経営的な支援なども行ってきましたが、同時に非営利的な観点に目が向けられるリーダーや起業家の育成も必要なのかと思いました。新自由主義で生じた分断を結び直す。民主的多元主義的な社会をつくるうえで、別のレイヤーを結び直せるような役割を担う人を輩出できるようにしていきたいですね。

青木:どうやってつなぐか。その一つの手段にラジオがあるのかもしれない。なんでもラジオにするという(笑)。誰かをやっつける、打倒するのではなく、今すでにあるものをどうやって結び直すのか。それが現実的ですよね。

(今井 紀明 : 認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長)
(青木 真兵 : 「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター、古代地中海史研究者、社会福祉士)