安楽宙斗17歳、パリ五輪で1932年以来92年ぶりの快挙へ「実力を出しきれば、金メダルは獲れる」
パリ五輪・スポーツクライミング日本代表
安楽宙斗(17歳)インタビュー後編
◆安楽宙斗・前編>>「進学校に通う金メダル候補、17歳の悩み」
「大丈夫です。緊張するでしょうけど、持っている実力を出しきれば、金メダルは獲れると思っています」
安楽宙斗(あんらく・そらと/17歳)選手にパリ五輪について尋ねると、いきなり力強い言葉が発せられた。
進路や学校生活への質問には口が重かったのとは対照的に、クライミングについての問いには立板に水。初めて臨んだ昨シーズンの国際大会で手にした自信や、オフシーズンのトレーニングに手応えを感じているからなのだろう。
その安楽選手が照準を合わせているのが、2月10日〜12日に佐賀県で開催されるボルダージャパンカップ(以下BJC)だ。2週間後には同じく佐賀県でリードジャパンカップ(以下LJC)が行なわれる。
パリ五輪で金メダル最有力との呼び声も高い安楽宙斗 photo by Sano Miki
「今はBJCに向けてフォーカスしています。その先のLJCも意識していますが、LJCはよほどのことがないかぎり、これまで培ってきたもので結果は出せると思っていて。だから、まずはボルダーです」
BJCやLJCは日本一を決める大会であると同時に、国際大会への派遣を決める大会でもある。ただ、IFSC(国際クライミング連盟)のシード枠を持つ選手のなかには、4月から始まるW杯などの国際大会に向けた調整に比重を置き、BJCやLJCは優勝ではなく一定以上の成績であればよしとするケースもある。
五輪代表となっている安楽選手は、今季の国際大会に優先的に派遣されることが決まっているため、そうした選択をすることもできる。だが、それでも安楽選手はBJCを「勝負の場」だと捉えている。
「究極、オリンピックに照準を合わせて、BJCもLJCも出場しないという選択もできるんですけど、それは僕らしくないので。
シーズンの先のことを考えてやるよりは、目の前のことひとつひとつに全力で取り組んで、そこでの結果を次につなげながらシーズンを過ごすほうが、自分らしいやり方かなと。それに、出ると決めたからには、やっぱり全力で勝ちにいきたいんですよね」
【すべて勝ってパリ五輪まで突き進みたい】安楽選手にとってBJCは今大会で3度目の出場になるが、ユースからシニア転向した一昨年は33位。昨年は予選を1位で通過しながらも、準決勝はアテンプト(※)差で敗退し、6選手で争うファイナル行きを逃した。
※アテンプト=スタートを切ること。完登数が同じ場合は、完登した課題のアテンプト数が少ない選手が成績上位となる。
昨年はボルダーW杯ソルトレイクで初優勝を遂げるなど、年間ランク1位。世界選手権でも日本人選手最上位のボルダー4位と実績を残しているものの、まだ国内ナンバー1の称号は手にしていない。
「そこへの意識もありますけど、やっぱりオフシーズンに高めた部分をしっかり出しきって、自信をつけたいっていうのがあります。目の前の1大会、1大会を常に全力で臨んで、すべて勝ってパリ五輪まで突き進みたいんですよね」
リードでも昨シーズン初めて国際大会に参戦し、W杯は6戦3勝で年間1位。世界選手権でも2位。ただボルダーと同様に、LJCのシニア転向1年目は準決勝敗退の9位。昨年は予選・準決勝ともに1位通過しながらも、決勝戦ではムーブ(クライミング中の体の動かし方)に迷ったことが影響して、最終的には7位に沈んだ。
「去年は日本代表になる権利を獲得するのが目標で、それを達成できたことに満足しちゃったところはあったかもしれない。ですけど、単純にまだ力がなかっただけですよね。今は昨シーズンの大会での経験があって、オフシーズンに課題克服のトレーニングもやってきたので、勝てると思っています」
ボルダーでの課題は、昨シーズン中も取り組んできたフィジカル強度の向上にあるという。
「国際大会を経験したら、単純にパワーが求められるガストン(内側に向いた縦型のホールドを親指を下にして持つこと)とかプッシュアップとか体幹を使う動きが弱かったので、そこを高めるようにしています。
まだ不足していますけど、昨シーズンよりは力強くなった手応えはあります。そこをしっかり発揮して優勝し、4月からのワールドカップシーズンに臨みたいなと思っています」
【ほかの選手が苦戦する課題をいともたやすく攻略】LJCに向けては「持久力トレーニングをやる程度」というが、ほかの日本選手には負ける気はしないという。
「技術的に細かい部分は試行錯誤していますけど、登るという部分に限れば、リードの場合はボルダーよりも難易度は高くないので。持久力のところは、ほかの日本人選手よりも優れている自信がある。だからこそ、圧倒的な差で優勝したいです」
安楽選手は自分のストロングポイントとして「ひとつのテーマに向き合って深く考える」点にあると自己分析している。自身のクライミングの特長はどこにあると見ているのだろうか。
「僕の登りの特長は、重心のポジションにあると思います。登っていると気持ちは上に行きたがるから、難しいパートがあると力を入れて体を引き上げちゃう。でも、僕はそうした体勢が子どもの頃からイヤなんですよ、疲れちゃうから(笑)。
登りたいけど、きついことはしたくないから、難しいパートは腕を伸ばして、重心を落としながら登る。そうしていたら、いつしか重心のバランスを取れる登り方になっていましたね」
安楽選手が特長を生かし、ほかの選手が苦戦する課題をいともたやすく攻略するシーンは、昨シーズン何度も目にできた。
たとえば、指先で掴む箇所がなく手のひら全体のフリクション(摩擦)で止めるスローパーホールドで、国内外の選手たちが苦戦するなか、安楽選手だけがいとも簡単にぶら下がって次のホールドへとムーブを起こしていって完登した。
クライミングと聞くと、東京五輪に続いてパリ五輪にも出場する楢粼智亜選手のような素早い動きを連想する人は多いだろう。あのイリュージョン的な派手な動きは、目を見張るものがある。
それに対して安楽選手の動きは、まるで知恵の輪がスッと外れたときのような爽快感がある。その動きの奥深さを理解するうえでも、パリ五輪への予行演習として、ぜひBJCでの安楽選手のパフォーマンスはチェックしてもらいたいと思う。
【高校生以下の男子メダリストは、わずか4選手】「そう言われるとうれしいですけど、自分では登っている時に意識してないことなので。僕にとって大会の重要度は、BJCでもW杯でもオリンピックでも同じ。まずは目の前の1大会、1大会に集中していって、パリ五輪では圧倒的な勝ち方ができるようになっていたいですね。そのために、ひとまず進路志望は保留にしておきます(笑)」
これまでの夏季五輪で10代のメダリストになった日本選手は、男女合わせて21人いる。だが、このうち高校生以下の男子選手となると、わずか4選手しかいない。
1988年ソウル五輪・体操代表の西川大輔氏と池谷幸雄氏、2012年ロンドン五輪・競泳代表の萩野公介氏は、ともに銅メダルを手にした。金メダルを獲得したのは、1932年ロサンゼルス五輪・競泳男子1500メートル自由形に14歳で出場した北村久寿雄氏だけになる。
安楽宙斗はこの夏、日本五輪史に新たな1ページを刻み、そして自身の進路の扉を開けていくことになる──。
<了>
【profile】
安楽宙斗(あんらく・そらと)
2006年11月14日生まれ、千葉県八千代市出身。父の影響により小学2年生からクライミング競技を始める。世界ユース選手権のリード種目で2連覇(2021年〜2022年)するなど世代最強の実力を示してシニアに転向。2023年のワールドカップはボルダーとリード両方で総合優勝を果たし、同年11月にジャカルタで開催されたアジア大陸予選で優勝してパリ五輪への切符を獲得した。身長168cm。ウィングスパン182cm。