「タケ(久保建英)とアマリ(・トラオレ/マリ代表)については、必要ならプライベートジェットを飛ばしてほしい。まあ、会長もこれは聞いているんだろうけど(笑)。彼らは(スペイン国王杯準決勝)マジョルカ戦に帯同するだろう。我々のチームにふたりが復帰するんだ!」

 レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)のイマノル・アルグアシル監督は、日本のアジアカップ準々決勝敗退を受け、そう語っている。ラ・レアルにとって久保は貴重な戦力。これは朗報でしかない。

 現在、ラ・レアルはふたりの左サイドバックをケガで失うなど、野戦病院のような状態にある。直近のジローナ戦では獲得したばかりのFWシェラルド・ベッカーも再びケガで戦線離脱。FWミケル・オヤルサバルもケガで苦悶の表情を浮かべ、マジョルカ戦は強行出場と言われる。

 国王杯マジョルカ戦の次戦、ラ・レアルはラ・リーガでオサスナと戦い、チャンピオンズリーグ(CL)のベスト8入りを懸けたパリ・サンジェルマン(PSG)とのファーストレグも控えている。正念場が続くのだ。

 久保は日本がアジア戴冠を逃したことで、皮肉にも決戦に間に合うことになった。もちろん、本人は忸怩たる思いがあるだろう。出場した以上、アジア王者になるという思いは強かったはずだ。

 アジアカップの久保とは何だったのか?


イラン戦に先発、後半22分までプレーした久保建英 photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 大会を通じ、森保ジャパンはチームとしての不具合を抱え、それぞれの選手が能力を高め合っていない。単純な選手の配置や組み合わせの悪さは、そのひとつだろう。ベトナム戦でFWとして好調だった南野拓実を次のイラク戦で左サイドに起用した例などは、最たるものだった。選手は力を持っているにもかかわらず、それを引き出せていない。

 久保はノッキングを起こしながら走るチームを、どうにか牽引しようとしていた。

 準々決勝イラン戦も、序盤から思いどおりにいかないなか、何度も倒されながらファウルを誘い、守備のスイッチも入れようとしていた。常にダブルチームの守備を浴びながら数的混乱を起こし、攻撃の糸口を探った。しかし、攻守がまるで結びつかない。守田英正、上田綺世、毎熊晟矢とは少なからず連携することができていたが......。

【チームが破綻するなかで...】

 久保は何とか周りと調和しようとしていた。例えば左サイドの前田大然は、近い距離でプレーできず、前に突っ込みすぎていたが、そのよさを生かすために空いたスペースに入って、上田に決定的なクロスを配給する場面もあった。

「連係力」

 そこにラ・レアルで久保の最大の才能と評価される部分が出ていた。

 後半7分には前田が敵陣で相手ボールを引っ掛け、上田、守田と渡って、それを受けた久保がゴールに迫り、右足で放ったシュートは枠を大きく外れている。後半19分には上田がボールを収め、落としたところで守田がラインを破るパスを入れ、それを受けた久保のラストパスは惜しくも通らなかった。しかし得点の予感はあり、相手に脅威を与える「攻撃こそ防御なり」にはなっていた。

 だが後半22分、森保一監督はあっさり久保を引っ込めてしまう。

 その後の日本はろくにチャンスを作り出せていない。チームとしての戦術的不具合を選手がカバーできなくなって、イランの選手の強度に呆気なく後手に回った。攻撃に転じられなくなったことで、ディフェンスラインは高さやパワーに押されていった。CKやFKなどをいくつも与えて、アクシデントが起こる可能性は必中に近づいていた。

 アディショナルタイムでの失点は、ひとりのミスというよりはチーム全体の不具合が露呈した格好だろう。交代策は遅れていたし、「板倉滉はイエローを受け、裏を狙われていたから下げるべきだった」というのは正論だが、それ以前に、もっと本質的にチームとして破綻していたのだ。

 そもそも、カタールワールドカップで攻撃のタクトをピッチで振っていたのは鎌田大地だった。鎌田が中盤と前線とサイドを結びつけ、形にしていた。彼ができるだけボールを捨てず、握ることをチームに提唱しなかったら、惨憺たる結果になっていた可能性もある。

 今回のアジアカップで、久保はその役目を任されたと言える。しかし、久保は鎌田よりも、ゴールに近いゾーンで最大限の力を発揮するタイプである。下がって受け、プレーメイクもできるが、それはあくまでラ・レアルのようにチーム戦術が確立している場合であり、それでもゴールに近いところでの仕事を任されている。

 今大会では、裸の王様になりかけた指揮官のために、久保は服を着せ、王冠を被せようとしていた。結果、グループリーグではベストイレブンにも選ばれている。しかし、乾坤一擲のイラン戦で、王様に戦場からの退却を命じられることになった。あとは陣外から見守るしかない。その結末は、あまりに寂しいものだった。

 ただ、久保にはもうひとつの戦場がある。世界的に見れば、CLベスト8を懸けた決戦はアジアカップ以上に価値のある一戦だ。

「タケがいなくなって、ラ・レアルは攻撃力が落ちていた。戦術的整備ができているので、ディフェンスが堪えていたが、タケ復帰は何よりの援軍だ」

 ラ・レアル関係者はそう言って喜悦を滲ませる。久保が戦列離脱以来、ラ・レアルはスペイン国王杯こそベスト4に進出したものの、ラ・リーガは4試合でわずか2得点(2失点)、1勝1敗2分けと調子を落としている。そんな苦境に、攻撃を旋回させる主役の帰還だ。

 2月6日、ラ・レアルは国王杯優勝に向け、マジョルカとアウェーで対戦する。久保は交代の切り札になるか。そして10日にラ・リーガでオサスナと戦った後、14日にはCLでPSGとの敵地戦となる。