東京の私鉄沿線には「格差」がある。フリーライターの小林拓矢さんは「東京の私鉄沿線のなかでは、東急、京王、小田急の3沿線がブランドタウン化している。とりわけ高級住宅地は東京の西側に集中している」という――。(第1回)

※本稿は、小林拓矢『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)の一部を再編集したものです。

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■高所得者はどの沿線で生活しているのか

さまざまな統計を見ていると、算出の方法には違いがあるものの、所得が高い人が暮らしているエリアは東京都の中心部、城南エリア、中央線沿線、神奈川県の東急線沿線といったところが多い印象を受ける。

私鉄沿線という観点で見ると、京王・小田急の都心寄り、東急電鉄全線、といったエリアが高所得層の暮らす地域となっているのではないだろうか。

都心部のタワーマンションに富裕層が暮らしたがる傾向はあるものの、そうでもない昔からの住民は、私鉄沿線を離れない。とくに、田園調布や日吉といった古くからの高級住宅街を抱える東急東横線沿線は、大卒の大手企業従業員が多く、その層が住み続けていることから、平均所得が多い街を走っているということになる。また、横浜市の青葉区などを走る東急田園都市線は、以前に郊外に移り住んだ高学歴・高所得層が暮らし続けている傾向がある。

その他、成城学園などの高級住宅地を抱える小田急や、仙川(せんがわ)といった古くからの住宅地のある京王も、沿線に平均所得の多い街があるといえる。高級住宅地の多くは、中央線と東海道線の間のエリアにあり、一時は「大東急」となったエリアに存在しているといえる。

■「ブランドタウン」はどの沿線に集中しているのか

参考までに、下に東京都の平均所得上位10自治体と、そのエリアを走るおもな鉄道を挙げてみた。

所得が圧倒的に高いエリアは「沿線」とはいえないものの、その次に来るエリアは十分に沿線であり、JR東日本の中央線や東急、小田急、京王の沿線に経済的に豊かな層が暮らしている。また、沿線のなかでも、23区の西側から多摩地区東部に富裕層が暮らしており、その傾向は都県境を越えた神奈川県川崎市や横浜市でも続いている。

東京都の平均所得上位10自治体と、そのエリアを走るおもな鉄道(出所=『関東の私鉄沿線格差』)

その地域そのものの名前が知れ渡り、その地域に暮らすことで人が高い評価を受けるような地域を、「ブランドタウン」といっていいだろう。首都圏の私鉄沿線には、そういった地域があるところが多い。

ひと言で「ブランドタウン」といっても、高級住宅街や、近年の開発で栄えるようになった地域といろいろある。だが、多くの「ブランドタウン」は私鉄があってこそ成立したものであり、鉄道会社がよりよい生活環境をつくり出すことを意識しているというのは確かである。

■「西側の路線」に高級住宅地が固まっている

「ブランドタウン」は、東京の西側に多く存在する。東京の東側の代表的な私鉄である東武鉄道でも、「西側の路線」というのは存在する。東武東上(とうじよう)線だ。戦前から開発された高級住宅街として、ときわ台駅周辺の住宅街がある。私鉄は都市開発に力を入れてきたところが多い。たとえば西武鉄道である。

西武池袋線の石神井(しゃくじい)公園駅周辺や大泉学園駅周辺は、利便性の高い住宅街として知られる。また、西武多摩湖線の一橋学園駅も、「学園都市」として人気の高い住宅地として知られている。西武鉄道沿線とは直接関係がないものの、西武グループの創業者・堤康次郎(つつみやすじろう)は国立という学園都市をつくった人物だ。古くからの地域開発としては、京王電鉄の聖蹟桜ヶ丘周辺の住宅地も挙げられる。ブランドタウンは「学園」と結びついていることが多い。

たとえば京王電鉄の仙川駅周辺は、桐朋(とうほう)学園の一大拠点であり、また白百合女子大学があることでも知られている。小田急電鉄では、成城学園前駅周辺が高級住宅地であり、駅名の通り成城学園がある。ちなみに地域全体が栄えているところとして「ブランドタウン」といえるのは、京王井の頭線の終点・吉祥寺駅のある吉祥寺といえるだろう。同駅周辺は武蔵野市である。

■富裕層や学生たちが多く利用している東急電鉄

さて、古くからある住宅地や、「学園」のある住宅地、地域が栄えているところをすべて備えている私鉄は、東急電鉄であるといってよい。

東急はそもそも「田園都市株式会社」として創業し、地域開発を鉄道事業と並ぶ一大事業として取り組んできた。東急における古くからの「ブランドタウン」といえば、東急東横線・目黒線の田園調布駅周辺である。自治体では大田区に属する。田園調布駅周辺には有名人や富裕層が多く暮らし、タワーマンション全盛の時代になる前は多くの人があこがれる住宅街だった。

目黒線で隣にある奥沢駅周辺も高級住宅地である。「学園」といえば、なんといっても東急東横線の日吉駅周辺だろう。慶應義塾大学のキャンパスがあるだけではなく、高等学校や普通部(中学校)があり、ブランド私学・慶應義塾の一大拠点となっている。日吉駅は神奈川県横浜市にある。

そのほかにも、目黒線・大井町線の大岡山駅近くには東京工業大学があり、移転してしまったが「学芸大学」「都立大学」の両駅が東横線にはある。このあたりも「ブランドタウン」といえる。

■東急、京王、小田急の沿線は家賃が高い

東急グループが開発した多摩田園都市は、「ブランドタウン」の一大集積地といえる。

高級住宅街では、たまプラーザ駅周辺や青葉台駅周辺があり、いずれも横浜市青葉区にある。住環境の評価が非常に高い地域であり、「住みたいまち」としてかつては多くの人が殺到した。オフィスや商業施設などの集積地としては、二子玉川駅周辺が挙げられる。二子玉川駅は東京都世田谷区にあり、世田谷区内でも活気がある地域として知られている。楽天グループの本社や、玉川高島屋S・Cがあることで多くの人が集まる地域だ。

東京の西側には多くの「ブランドタウン」があるが、もっとも「ブランドタウン」が多いのは、東急電鉄沿線であるといえるだろう。経済的にも文化的にも豊かな層が集まるのは必然であり、東急グループもそういった住民を沿線に集めようと考えていたのではないか。

住宅情報サイト『SUUMO』は、各地の家賃相場を集計し、公開している。地域別で見ると、1K・1DKといった、1人暮らしにおける標準的な住宅でもっとも家賃が高いのは港区であり、11万円となる。次いで、千代田区、渋谷区となる。

東京都内の1K/1DKの賃料相場ランキング(出所=『関東の私鉄沿線格差』)

いわゆる、「沿線」と呼べるような私鉄路線があるところでは、目黒区が9.7万円、墨田区が8.7万円、世田谷区が8.5万円、荒川区が8.0万円、大田区と杉並区が7.9万円、このあとに武蔵野市、板橋区、練馬区と続く。そのあとに調布市となる。

まず、なんといっても東急電鉄沿線の家賃が高く、小田急や京王がそれに続き、西武も出てくる。墨田区を走るのは東武伊勢崎線、荒川区は京成本線だ。東武伊勢崎線が走る足立区は調布市より低く、京成本線が走る葛飾区や江戸川区は足立区とほぼ同じである。「沿線」として比較的家賃が高めといえるのは、東京の西側である。

■東武伊勢崎線と京成本線は都心に近く、家賃が安い

神奈川県も見てみよう。もっとも家賃が高いのは川崎市中原区であり、武蔵小杉駅の影響が強い。東急東横線・目黒線とJR東日本南武線・横須賀線の接続駅である。横浜市中区は横浜市の中心部で、「沿線」というのとはちょっと違う。川崎市幸(さいわい)区には私鉄は通っていない。

ランキングでは、しばらくは横浜市・川崎市の中心部が続く。次いで出てくるのは鎌倉市や逗子(ずし)市。住宅街では川崎市宮前区が入り、東急田園都市線沿線である。続く横浜市磯子(いそご)区はJR東日本根岸線沿線。横浜市緑区は東急田園都市線沿線、横浜市泉区は相鉄いずみ野線沿線である。

神奈川県内の1K/1DKの賃料相場ランキング(出所=『関東の私鉄沿線格差』)

少し下に東急田園都市線沿線の横浜市青葉区や、小田急線沿線の川崎市多摩区、川崎市麻生(あさお)区が入る。家賃の高さと沿線、という観点で見ると、都心からけっこう離れているのに家賃が高めというエリアがある一方、23区内でも家賃が安めの沿線があるということにも着目したい。

都心に近い割に家賃が安めなところは、東武伊勢崎線や京成本線といったエリアに集中している。都心部の家賃が高いのは傾向として出ているものの、それに続くのは都心への近さを売りにする路線か、ブランド力を売りにする路線か、それぞれが拮抗(きっこう)している状況であり、そのなかで「家賃高め・安め」というのが出ているといったところだろうか。

■東急沿線は地価が高く、東武沿線は地価が安い

首都圏の地価は、都心部がもっとも高くなっている。これは容易に想像できる。しかし、都心から離れるにつれて同心円状に地価が下がっていくかというと、そうではないのである。

世田谷区・杉並区といったところが異様に同心円の幅が広く、その後、鉄道沿線に沿って地価の高い地域が続いていくという状況にある。たとえば、東急各線沿線や京王線沿線では比較的地価が高めであり、駅周辺のみ地価が高いエリアというのも存在する。首都圏の西側全体を見ると、鉄道路線沿線に地価の高いエリアがあって、そのあたりは私鉄もJRも変わらない。

一方、東武鉄道沿線や京成電鉄沿線は、地価が安いという現実がある。このように、都心から離れていくにしたがって地価が下がっていくのが本来の姿であるのにもかかわらず、一部には都心から離れてもなかなか地価が下がらないエリアが続き、そのあとにJR東日本の中央線や京王電鉄東急電鉄沿線のように比較的地価の高いエリアが存在するのだ。

■西側エリアは都心から遠くても地価が高い

首都圏の私鉄とはかかわりがないものの、神奈川県鎌倉市にも地価の高いエリアは存在するから、交通の便がいいところか、住環境のいいところは地価が高い傾向があるといえる。問題は、東京東側の東武鉄道や京成電鉄沿線よりも、東京西側の東急電鉄京王電鉄沿線のほうが、都心に出るのに時間がかかっても地価が高いということである。

小林拓矢『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)

沿線の開発は、東京西側のほうが先に行われてきた。これは、東側に比べて地盤がしっかりとしているからでもあるだろう。しかし、これまで大雨による洪水の被害が多くあった江東区や江戸川区にも、近年は都心への近さから多くの人が住むようになり、また技術力によって湾岸エリアにもタワーマンションが建つようになった。

技術力によって課題を克服した住宅は、新築時には比較的高い価格で販売される傾向があり、これらの存在が地域間格差を解消しているということはいえる。だが、地価の高さでは、やはり東京西側の存在感は大きい。

開発された年月の早さや、もともとあった地盤の固さというのもさることながら、ターミナルの位置も影響していると考えられる。東武鉄道の場合は、ターミナルは浅草であるものの、浅草駅は長編成の列車が入れない駅であり、多くの列車は北千住や押上(おしあげ)から地下鉄に乗り入れる。また浅草駅は、山手線の外側にあり、都心に行くのにも乗り換えを要する。

■都心に近くても使いづらいエリアも

京成電鉄の場合は、JRに接続するのが日暮里(にっぽり)であり、京成上野駅とJR上野駅は若干離れている。また、京成電鉄はもともと押上をターミナルとしていたが、その存在感はターミナルとしては低かった。現在は押上から都営浅草線に乗り入れている。

かつて押上で接続していたのは、路面電車である。一方、東京西側の私鉄は、渋谷駅や新宿駅、池袋駅などにダイレクトに接続し、ターミナルに直結している。そのあたりの利便性の高さが沿線開発の際の強みとなり、多少遠くても東京西側に住もうという考えを抱かせるようになったと考えるのが妥当ではないだろうか。その利便性が東京西側の鉄道の地価を上昇させ、「沿線格差」を生み出したといえるのだろう。

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小林 拓矢(こばやし・たくや)
フリーライター
1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学卒。在学時は鉄道研究会に在籍。鉄道・時事その他について執筆。著書に『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)、『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)がある。またニッポン鉄道旅行研究会『週末鉄道旅行』(宝島社新書)に執筆参加。
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(フリーライター 小林 拓矢)