【オフの補強で西の名門に完敗】

「山本由伸の獲得に失敗した後の"プランB"」。2024年のシーズンに向け、ヤンキースと契約したばかりのマーカス・ストローマンは、一部のニューヨーカーからそう認識されるかもしれない。メジャー通算77勝の実績がある投手に対して失礼にも思えるが、状況的にはそれも否定できないだろう。


ドジャース入りした山本はヤンキースも獲得を狙っていた Photo by Getty Images

 昨季82勝に終わり、7シーズンぶりにプレーオフ進出を逃したヤンキースにとって、今オフは重要な時間だった。ブライアン・キャッシュマンGMが陣頭指揮を執るフロントにとって、野手補強の標的はフアン・ソト、そして投手補強の軸としていたのが山本だ。昨年の現地時間12月7日、通算160本塁打のソトを首尾よくトレードで獲得し、その時点で大きな一歩を踏み出したかと思えた。

「未来ではなく現在に全力を尽くす(the future is always now)。2024年、最後に勝ち残るチームになることに集中している」

 そんなブライアン・キャッシュマンGMの言葉からも、"名門復活"のための大補強継続に対する手応えを感じた。ところが――。

 NPBでMVP3度という実績を誇り、まだ25歳と若い山本はヤンキースに"おあつらえ向き"の選手だった。最終的には10年3億ドルという巨額を提示し、1年平均の年俸ではドジャース(2708万ドル)を上回るほどのオファーだったことからも、高い熱意が窺える。

「ヤンキースは山本を獲得できると自信を持っていた」

 ある地元メディアはそう報じていたが、「これだけの条件ならば十分だろう」と手応えを感じていたのを理解できる部分もある。しかし、並々ならぬ意気込みで臨んだ"山本争奪戦"で、ヤンキースは12年3億2500万ドルを提示したドジャースに敗れた。今オフに大谷翔平、山本、タイラー・グラスノー、テオスカ・ヘルナンデスを獲得する大型補強を成し遂げた西の名門に完敗し、ヤンキースの補強の方向性に大きな狂いが生じることになった。

【先発投手陣は迫力不足】

 ヤンキースの投手陣は、昨季15勝、防御率2.63の好成績を残して初のサイ・ヤング賞を獲得したゲリット・コールが大黒柱として君臨するが、2番手以降の先発投手の補強が急務だった。

 山本を逃した後で、"代役"として獲得されたストローマンも好投手ではある。身長173cmと小柄ながら、2019年以降は4シーズンで防御率4点以下(コロナ禍で開幕が遅れた2020年は不参加を表明)。カブスでプレーした昨季も最初の20戦で防御率2.96、オールスターにも出場した投手と2年3700万ドルという"お買い得"の契約を結べたことは大きい。

「ニューヨークやヤンキースでのプレーを避ける選手もいるけど、僕はスポットライトやプレッシャーを怖がるタイプではない。むしろ最高の力が出る」

 現地時間1月18日、リモートで行なわれた会見でストローマンはそう意気込みを語った。ただ、ストローマンはすでに32歳で、これ以上の伸びしろがある投手ではない。

 実は、2019年オフにFAになった際、ニューヨーク出身のストローマンはヤンキース行きを希望したが、ヤンキースのフロントは興味を示さかったという。当時、他ならぬキャッシュマンGMが「(ストローマンが入団しても)ポストシーズンでは先発ではなく、ブルペン行きだろう」と酷評したことが大きな話題になった。

 それから3年。あらためてそのストローマンを獲得しなければいけなかったところに、ヤンキースの台所事情の厳しさが見て取れる。

 コール、ストローマン、移籍1年目の昨季は防御率6.85に終わったカルロス・ロドン 、昨季はケガによって8月5日以降は登板できなかったネスター・コルテスという先発投手陣で、ハイレベルなア・リーグ東地区で戦い抜けるのか。アーロン・ジャッジ、ソトを中心とする打線が強化されても、自信を持ってヤンキースを優勝候補に挙げるのは難しい、というのが正直なところだ。

【「悪の帝国」の異名は完全に過去のもの】

 もちろん山本を獲得できていたとしても、アメリカで実績のない日本人右腕が目論見通りに活躍できるという保証はない。それでも今オフ、インパクトに欠けたヤンキースの補強策を振り返った時、プライオリティだった山本の獲得失敗はその象徴に見えてくる。

 山本のドジャース入団会見時、米大手代理人事務所のワッサーマン社のジョエル・ウルフ代理人は「ジャイアンツはいいリクルートをした。ドジャースが勧誘していなければ、(山本の新天地は)サンフランシスコだったかもしれない」と、少し意外なエピソードを明かした。その言葉を信じるなら、ヤンキースは争奪戦の2番手ですらなかったということ。そんな裏話を聞くと、隔世の感がある。

「ジョージ・スタインブレナー(故人・元オーナー)は、世界最高の選手たちはヤンキースでプレーすべきだと常に考えていた」

 ソト獲得後の会見の際、キャッシュマンGMが誇らしげな表情でそう語っていたのが思い出される。

 ジョージ・スタインブレナー氏の生前、"ヤンキースが本腰を入れれば、ほとんどのスター選手が手に入れる"とも言える時代は存在した。特に厳しいシーズンを過ごした直後には、そのオフに有力選手を何人も獲得して逆襲を狙うのが恒例だった。しかし時は流れ、ヤンキースは依然として金満の伝統球団ではあっても、もう特別な存在ではなくなった。

 昨年12月、12年のメジャーキャリアを過ごし、ヤンキースにも4年半在籍して引退したザック・ブリットンのこんな言葉は誤りではない。

「オリオールズでプレーしていた頃、ヤンキースは圧倒的だった。それが信じがたいことに、(今では)『ヤンキースではプレーしたくない』という選手がいる。ヤンキースと対戦する選手も、『もう以前と同じではない。(ニューヨークは)恐るべき場所ではなくなった』と言っている」

 過去2年、ジャッジと再契約し、ソトの獲得は果たしたが、ヤンキースはもうマーケット全体をコントロールすることはできなくなった。

 ジョージ・スタインブレナー氏の逝去、「贅沢税制度」の導入、他の大富豪オーナーの登場など、さまざまな要因があるだろう。いずれにせよ、最近はめっきり使われなくなった"悪の帝国"という形容がもはや過去のものであることを、あらためて痛感する今オフの動き。ヤンキースがメジャー最多の27度という優勝回数をさらに増やすことが、簡単ではない時代がしばらく続きそうな気配が漂っている。