第2回WBC日本代表監督を務めた原辰徳氏(中央)【写真:Getty Images】

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2009年のWBCでイチロー氏にイジられた原監督の言葉

 昨年限りで巨人監督の座を退いた原辰徳氏。巨人を通算17年間(2002〜2003年、2006年〜2015年、2019年〜2023年)率い、球団の歴代監督で最多の通算1291勝を挙げ、2009年の「第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」では野球日本代表「侍ジャパン」を大会連覇に導いた。現役時代に10歳下の“弟分”として共に巨人で活躍し、現役引退後はコーチとして原氏を支えた野球評論家・緒方耕一氏が、名将の素顔の一端を明かした。

「本当にお前さんたちはねえ……強い侍になった! おめでとう!」

 現地時間2009年3月23日、侍ジャパンは米ロサンゼルスのドジャースタジアムで行われた第2回WBC決勝で韓国を撃破。原監督の一言をきっかけに歓喜のシャンパンファイトが始まった。緒方氏はこの時、外野守備走塁コーチを務めていた。

「お前さん」とは、まるで時代劇に出てくる江戸時代のおかみさんが使う言葉のようだが、緒方氏は「原さんは巨人でも、第1次監督時代(2002〜2003年)は僕自身が2軍コーチだったのでわかりませんが、第2次監督時代(2006年〜2015年)には使っていました。普段一緒にいない日本代表選手たちにはインパクトがあったようです。イチロー(当時マリナーズ、現マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)はしょっちゅう、『出た、“お前さんたち”が出たぞ』とイジって、和やかなムードを醸し出していました」と振り返る。

 実際、シャンパンファイトの直前、イチロー氏が「監督、お願いします。“お前さんたち”はマストです」と原氏に音頭を取ることを促す映像が残っている。緒方氏は「“お前たち”だと、上から目線過ぎる感じになってしまう。“君たち”だと距離がある。“お前さんたち”は、選手との絶妙の距離感を象徴していたと思います」と見ている。

 2006年の第1回大会を王貞治監督(現ソフトバンク球団会長兼特別チームアドバイザー)の下で制していたこともあって、第2回を迎えたWBCは人気爆発。2月に日本代表が宮崎市で合宿を行うと、宿舎ホテルとサンマリンスタジアム宮崎を結ぶ国道220号に前代未聞の大渋滞が発生し、“イチロー渋滞”と呼ばれたほどだった。

「人生初のロマネコンティを飲ませていただいた」豪華な会食

「選手たちを乗せたチームバスが渋滞に巻き込まれて、『WBCって、こんなにすごかったっけ?』と驚きました。コーチ陣は乗用車に分乗し、毎年巨人のキャンプで宮崎に来ていた僕が先導して、市内から畑を抜けて球場に至る裏道を通りました」と緒方氏が振り返る。

 猛烈なプレッシャーにさらされた上、「合宿に参加した選手33人のうち、5人を外さなくてはならなかった。人選が難しかったし、心苦しかったです」。困難を乗り越えて優勝という結果にこぎつけることができた理由の1つは、原監督の選手との接し方にあったと言えそうだ。

 一方で緒方氏は巨人でも、2002年から2003年までと2006年から2007年までは2軍守備走塁コーチ、2008年から2010年までは1軍守備走塁コーチとして、原監督を支えた。原氏はコーチ陣を頻繁に会食へ連れ出し、綿密なコミュニケーションを図っていたという。

「特に、原さんと言えばワインです。原さんがワインを飲みに連れて行ってくださる時は、だいたい5〜6人。1〜2杯ずつ飲むと、ちょうどボトル1本が空く人数でした。1〜2杯ずつ何種類ものワインを味わわせていただくと、僕のような素人にも、先ほどの物より渋いとか、香りが違うとかがわかるので楽しかったです」。ワインの選択、順番にも細かい気遣いがあった。

 最も印象的だった会食は2003年オフ。原氏が球団フロントとの確執もあって、前年に日本一になったにも関わらず巨人監督を辞任し、“第1次原政権”に幕を下ろすと、一蓮托生で共に退団することになったコーチ陣(緒方氏、村田真一氏、斎藤雅樹氏、吉村禎章氏ら)を自宅に招いた。“最後の晩餐”である。

「僕が人生で初めて(世界一高値で取引されるといわれるフランスワインの)ロマネコンティをごちそうになったのが、あの時でした。それに板前さんが出張して、寿司を握ってくれていました」と緒方氏。この豪華な会食には、各コーチの夫人も招かれていて、「原さんはいつもレディ・ファースト。あの時も男性陣より高級なお酒をふるまっていました」と笑う。

 今年11月に「第3回WBSCプレミア12」に挑む侍ジャパン・井端弘和監督は大会ごとの契約とあって、2026年に行われる次回WBCの監督候補には、現在65歳の原氏の名前も取りざたされている。緒方氏は「もちろんやってほしいと思いつつ、年齢的に心配な部分もあります」と少し複雑な胸中を明かす。“若大将”がもう1度ユニホームに袖を通す機会は訪れるだろうか。(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)