12日にカタールで開幕したアジアカップ。1956年に始まった同大会は今回で18回目を数えるが、実はこれまでにないほど世界で注目を集めている。そのことは今回、打ち立てたふたつの記録によって裏づけられるだろう。AFC(アジアサッカー連盟)によると、取材申請をした記者の数、そしてアジア以外のジャーナリストの数が史上最高であるというのだ。

 はっきり言って、これまでアジアカップに興味を持つ非アジア人はほとんどいなかった。アジアのなかですべて完結している。そんな感じの大会だった。ところが今回、ヨーロッパの主要クラブも他人事ではいられなくなっている。

 もともと今回のアジアカップは、中国で2023年の6〜7月に開かれる予定だった。それがコロナ禍の影響で中国が開催を断念。代替地がカタールとなり、気候の落ち着いた2024年の1〜2月の開催となった。この時期のアジアカップ開催自体は新しいことではない。ただこれまでは、アジアの選手が何人クラブを抜けようと、世界のサッカーに大きな影響はなかった。しかしアジアの選手の世界進出のおかげで、今は多くのチームの主要選手が、この大会に奪われてしまう事態となったのだ。それもリーグ戦の結果を左右しかねない、大事な時期に1カ月近くも......。


ベトナム戦を前に練習する久保建英ら日本代表の選手たちMB Media/AFLO

 最も損失が多いのはブンデスリーガだろう。1部だけでなく、2部にもアジアの選手は多い。ブンデスリーガは1月12日、真冬のインターバルを終えて再開したが、そこには11人のレギュラークラスの選手の姿がなかった。その内訳は日本が4人と一番多く、ついで韓国とオーストラリアが3人、イランがひとりだ。

 フランスにもモナコの南野拓実を始め、日本や韓国の選手が多い。"ヨルダンのメッシ"の異名を持つムーサ・アル・ターマリもいる。彼が所属するモンペリエは現在12位と微妙な順位だ。この時期に主力を取られることは、今後のチームの行方を大きく左右してしまうかもしれない。

 イングランドでは、誰もがアジアカップが開催されていることを知っている。ブライトンのロベルト・デ・ゼルビ監督が、ケガの三笘薫を招集した日本代表に苦言を呈した話は、大きく報じられた。三笘はチームの中心選手。監督もチーム幹部もサポーターも、彼の足首が心配でたまらない。

【高まるアジアの存在感】

 アーセナルのミケル・アルテタ監督も、まだ完全な体調でない冨安健洋を送り出すのは複雑な心境だったようだ。冨安はいくつものポジションでプレーできる有用な選手。彼が4試合に出られないこともそうだが、ケガでプレーできなくなることを危惧している。アーセナルはスタッフをカタールに派遣し、冨安がきちんと扱われているかをチェックするという。

 そして最近の活躍で一躍リバプールの注目選手となった遠藤航。多くのKOP(コップ/リバプールサポーターの愛称)が、彼がアジアカップを戦うメンバーに選ばれないことを祈ったようだ。

 日本人選手に加えて、韓国のソン・フンミン(トッテナム)などもアジアカップの位置づけに革命を起こしたと言っていい。今、イングランドのメディア、チーム幹部、サポーターは、彼らの一挙手一投足に注目している。

 チームにとってアジアカップは厄介者かもしれないが、ネガティブな面だけではない。人々の興味もかきたてている。イングランドではひとつの地上波とひとつのCSがアジアカップを放送予定だ。ブライトンやアーセナルのサポーターの多くはアジアカップを見守るだろう。三笘が、冨安が、プレーするのか、しないのか。ケガの状況はどうなのか。悪化していないか、それとももう復活したのか。どんなプレーを見せてくれるのか。

 そして彼らの多くは日本を応援することだろう。こんなことは今までの大会ではなかった。それだけアジアの存在感は高まっているのだ。

 スペインのラ・リーガからアジアカップに取られる主力選手は久保建英ひとりだが、レアル・ソシエダにとっては大きな痛手だろう。リーグ戦だけでなくコパ・デル・レイのベスト16の試合も久保無しで戦わなければならない。レアル・ソシエダの本拠地サンセバスチャンの人々は怒っていて、地元の新聞は「ドラマ・アジア」の見出しをつけた。久保はアジアカップが終了した(日本が敗退した)時点で、翌日にでも帰ってくるという約束をチームとしているとされる。

【スカウトや代理人がカタールに集結】

 視点を南米に向けよう。南米のクラブチームにはアジアの選手はほとんどおらず、プレーに影響することはない。それでも皆がアジアカップに注目している。ブラジルでもアルゼンチンでも、地上波でアジアカップが放送される予定だ。スポンサーもついている。

 今、南米の主な国はサッカーのオフシーズンだ。いつでもサッカーを見ていたい南米人にとって、レベルの上がったアジアカップに興味津々なのだ。いつも見ている自国代表のクラブチームでの仲間も多くいる。ガブリエル・ジェズスのチームメイトの冨安、というように。またパリ・サンジェルマンのイ・ガンインはネイマールの親友としても有名である。ネイマール自身も「子どもたちと一緒に彼を応援するつもりだ」と述べていた。

 ブラジルでは少なくとも10の新聞がアジアカップの記事を掲載。テレビ局ESPNは特集を組み、優勝候補の一角として日本を紹介、森保一監督のプロフィール載せていた。これまでブラジルで遠いアジアカップの特集がされたことは皆無だった。

 これは、いつか見たことがある風景だ。1990年代初め、アフリカサッカーが強くなり、アフリカの選手がヨーロッパに進出するのにつれて、アフリカネーションズカップが注目されるようになった。そしてやはり1月に開催されるこの大会に、ヨーロッパのチームは頭を悩ませていた。ちょうど今回のアジアカップと同じだ。

 今回も、ヨーロッパのクラブをより悩ませているのがこのアフリカネーションズカップであり、アジアカップとほぼ同時期に開催される(1月13日〜2月11日)。つまり多くのクラブは、アジアの選手に加えて、アフリカの選手も欠いてしまうのである。

 ヨーロッパのクラブチームを語る時、どのメディアもアジアカップとアフリカネーションズカップを避けて通ることはできなくなった。そしてもしかしたら今回は、アフリカネーションズカップよりもアジアカップが注目される初めての年になるかもしれない。

 アジアカップには記録となる数の記者が押しかけていると書いたが、カタールに来ているのは彼らだけではない。チームのスカウトや代理人が世界中から多く集まっている。アジアはまだタレントが眠っている宝の山、知られていない優秀な選手がいるかもしれない。ESPNは「欧州のクラブと契約していないアジアカップ注目選手」などという特集も組んでいた。アジアの選手にとって、今回のアジアカップは飛躍のショーウィンドウになるかもしれない。