日本を礼賛する記事やテレビ番組が後を絶たない。ライター・編集者の中川淳一郎さんは「ウォシュレットや試合後のゴミ拾いに感動する外国人で日本人が気持ち良くなっている間に、経済成長では抜かれてきた。日本人は自国が衰退途上国であることを自覚すべきだ」という――。

※本稿は、中川淳一郎『日本をダサくした「空気」 怒りと希望の日本人論』(徳間書店)の一部を再編集したものです。

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■「日本礼賛」になぜ人気が集まるのか

日本礼賛記事が横行してしまうのも、分からなくはない。結局は「読者がそれを求めている」ということなのだから。

たしかに、日本はすごい国である。人々はそれなりに穏やかだし、「おもてなし」の精神を備えた人も少なくない。困っている様子の人を見かけたら「どうしましたか?」と声をかけ、助けようとする場面もわりと多い。エレベーターでは「開」ボタンを押して他人がスムーズに出入りできるようにする。駅のホームでも整然と並んで、できる限り“押し合いへし合い”状況に陥らないよう皆が心がける。

大したものだ。店は総じて清潔に保たれているし、観光地やテーマパーク、レジ待ちの行列などで割り込みをするような人もほぼいない。電車は定刻どおりに到着して、1分でも遅れようものなら車掌が謝罪をする。

スーパーに並べられた商品は見事なまでに品質が保たれており、不格好な野菜などはまず見つからない。肉や魚介類の下処理も丁寧だし、惣菜は多種多様で選ぶのが大変なほど。ガソリンスタンドでは念入りに窓を拭いてもらえる。

日本ほど丁寧な国は、おそらく他に存在しない。だから、日本人はもっと自信を持っていい。別の表現をするなら「外国人から折に触れてホメてもらわないと、自分たちがちゃんと認めてもらえるか、嫌われていないか、不安になってくる」みたいな卑屈さは持つべきではない、ということだ。外国人様から称賛されないと、自我が保てないとでもいうのか?

■外国人のリップサービスを真に受ける日本人

そもそも、それなりの常識を持った人間、発言権のある人間、公的な立場の人間であれば、外国に行ったらその国、そして人々、文化、食べ物などをホメたりするのが当たり前の作法である。基本的には本心からの発言であることが多いと思うが、少なからずリップサービスもあるだろうし、ちょっと感心した程度でも「たいへん感銘を受けた」と話を盛ることもあるだろう。

別に斜に構えて「本当にそう思ってる?」「お世辞でしょ」などと猜疑心(さいぎしん)を持つ必要はないが、過剰に反応をうかがったりする姿勢も不要である。「そりゃどうも」「ありがとうね」くらいでちょうどいい。

それなのに近年の日本人、そして日本のメディアは外国様から少しでもホメられると、やたらと反応してしまう。その最たるものがWBC関連記事のタイトルであり、サッカーやラグビーW杯のたびに登場する「日本サポーターが観客席のゴミを片付け、世界が賞賛」「『日本代表のロッカールームとベンチにはゴミがひとつも残されていない!』日本人の配慮に世界が感動」的な記事である。

■「ソト」からホメられないとプライドが持てない卑屈な民族

朝の情報番組や夕方のニュース番組などでも「外国人が日本の素晴らしさに感動」「日本人にとっては当たり前のアレに、外国人が大注目」といった企画を作っては、日本の良さを発信し続けている。番組内のコーナーだけでなく「YOUは何しに日本へ?」「世界!ニッポン行きたい人応援団」(どちらもテレビ東京系)、「世界が驚いたニッポン! スゴ〜イデスネ!!視察団」(テレビ朝日系、現在は「ニッポン視察団」)など、番組一本がまるまる、日本人の自尊心を満たすための内容でまとめられている番組すら存在する。

「実は、日本の100円ショップのことを外国の皆さんが絶賛しているそうなんです!」などと司会者やリポーターが大袈裟にネタ振りし、出演者やガヤ連中が「えーっ!」と反応したところでCMへ……。そんな演出がお約束であるこの手の番組、私は大嫌いだ。なぜかといえば、まるで日本人が「ソト」からホメられ続けていないとプライドが持てない、卑屈で情けない民族のように思えてくるからである。

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そもそも、今や衰退国である日本のダイソーで100円のものは、海外では全く価格が違う。2021年のベストセラー『安いニッポン』(中藤玲・著/日経プレミアシリーズ)では、世界各国のダイソーで販売される商品の価格を示しているが、以下のようになっている。

日本:100円/中国:160円/台湾:180円/タイ:210円/シンガポール:160円/オーストラリア:220円/アメリカ:160円/ブラジル:150円

■日本人は値上げを許せない

もはや日本が一番安いのである! それだけ日本は安過ぎる。要するに「100円を当たり前だと感じる貧乏人からクレームが来るのが恐ろしい」ということである。外国では「これがベースですから」で日本よりも高価格で販売できるのだが、貧乏な日本は値段が上がるのは許せないのである。

正直、ここに出てくるラインナップを見て、オーストラリアとアメリカ以外、日本の方が安いことに恥を感じないか? と私は感じた。あぁ、これらの国よりも我が祖国は貧乏人だらけで、彼らの方がむしろ経済的優位性があるのだな……と。

■アメリカ人の傲慢さと愛国心を見習うべき

私は1987年から1992年までアメリカに住んでいたが、もうウンザリするくらいアメリカ人の愛国心と自信を見せつけられてきた。

スポーツやプロレスの試合で相手国が優勢になると、途端に割れんばかりの「U.S.A.!」コールが巻き起こる――そんな光景を試合中継などで見たことがある人もいるだろう。「何事においても、アメリカが最強で、最高!」と信じて疑わないのがアメリカ人なのだ。

私が日本に帰国することを高校の同級生に伝えた際には「ハァ〜⁉ なんでアメリカみたいな素晴らしい国から出ていくの? あなたはアメリカにいるべきよ!」「アメリカにはピザがあるのよ! 日本にはないでしょ!」などとまくし立てられたものだ。

また、パスポートを保有するアメリカ人が10%台であることに疑問を呈した時には(現在の日本も10%台)、「あのさ、お前ら日本人みたいにわざわざ外国に行かなくても、オレらにはフロリダ、カリフォルニア、ニューヨーク、テキサス、ニューオーリンズ、ラスベガス、コロラドスプリングス、ナイアガラの滝などサイコーの観光地がいくらでもあるんだよ。なぜ海外に出なくちゃいけねぇんだよ。しかもカナダとメキシコにはパスポートなしで行けるんだぜ(当時)」と強く反論された。

アメリカ人の愛国心はたしかに鼻に付くが、「外国からどう見られようが気にしない。俺たちの国が一番だ」という揺るぎない自信は、日本人も多少見習うほうがいい。

■「他国からの評価を愛国心の支えにする日本人は惨め」

そうしたアメリカ生活の記憶も含め、「外国人の“日本礼賛発言”を欲しがる、日本人の気持ち悪さ」について、旧知の編集者A氏と語り合ったのだが、彼は私の意見に賛同しながら、こんなことを言っていた。

「日本礼賛番組で紹介される『外国人がウォシュレット(温水洗浄便座)に感動』とか『温かい便座に感激』なんて話、初めて聞いた時は面白いと思いましたけど、いいかげん、飽きましたよ。誰だって自国のことを海外の人からホメてもらえれば悪い気はしないだろうし、事実、日本は安全で暮らしやすい国だと思う。でも、他国からどう評価されるかを自分の愛国心の支えにしたり、外国人のリップサービスを真に受けたりする日本人が増えているのだとしたら、なんだか惨めな話ですよね」

■「日本人をおだてておけば小遣い稼ぎになる」

さらにA氏は、著名な経営者であるX氏の書籍を制作していた際に聞いた話も教えてくれた。

「Xさんが話していたのですが、日本で暮らす外国のビジネスパーソンたちの間では『テキトーに日本のことをホメそやして、〈日本最高!〉みたいな本でも出せば、ちょっとした小遣い稼ぎが簡単にできるぜ』なんてジョークが酒飲み話などで語られているのだとか。『日本人は、外国人から日本のことをホメてもらえると、尻尾を振る犬のごとく喜ぶ』と感じている外国人は多いらしい。Xさんは『対等に扱われていないことに気づくべき』『外国人のお世辞を真に受けて、満足しているようでは、足をすくわれる』と指摘されていました」

私もまったくもって同感である。現在の日本という国、そして日本人はどこかナメられているのだ。

ちょっと目端の利く外国人であれば、日本がもはや凋落(ちょうらく)国であることを把握しつつも、まだ多少のカネは持っていて、文化度もそれなりに高く、アジア唯一のG7国としてささやかな影響力も残していることを理解している。

「ま、当座は日本のことをホメておくか。そうすれば、まだまだカネが搾り取れるだろうし、何かしらのリターンだって得られる可能性はあるかも」――そう考えて、要領よく立ち回っている外国人も多いに違いない。アメリカの製薬会社が作った新型コロナウイルスのワクチンを、お人好しに7回もキメたのは日本だけである。

■「衰退途上国」であることを自覚すべき

とはいえ、成長力や勢いといった点では、日本はいまや完全にシンガポールやマレーシアに抜かれている。GDPの順位も中国に負けて、3位だ。2023年はドイツにも抜かれて4位に落ちる可能性もある。

こと電子産業やIT分野では、中国、韓国、台湾といった東アジアの国々に追い越され、挽回の気配すらない。世界における競争力も、存在感も衰えるばかりの斜陽国家――それが現在の日本なのだ。「衰退途上国」とも評される状況だというのに、外国人からおだてられて「よかった、まだ日本は“いい国”だと思ってもらえているようだ」と安堵(あんど)している場合ではない。

中川淳一郎『日本をダサくした「空気」 怒りと希望の日本人論』(徳間書店)

バブル期の日本は、よくも悪くもゴーマンだった。当時アメリカにいた私は、日本人駐在員が「アメリカ人は仕事が終わってないのに定時に帰るし、仕事ぶりも雑だ」と見下しているさまを不快に思ったものだ。また、ソニーの盛田昭夫氏と石原慎太郎氏の共著『「NO」と言える日本―新日米関係の方策』(光文社)という本を読んで「もう少し謙虚になれよ、ジイさん……」と呆れたことを、ハッキリ記憶している。

しかし時は過ぎて、日本の立ち位置は変わった。日本という国、そして日本人は、実に卑屈になってしまった。極論を承知で述べるが、日本人はバブル期のゴーマンさを思い出さなければならない。当時の盛田氏や石原氏のようなゴーマンさの半分でもいいから、日本人は持つべきなのだ。

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中川 淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
ライター
1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライターや『TVブロス』編集者などを経て、2006年よりさまざまなネットニュース媒体で編集業務に従事。並行してPRプランナーとしても活躍。2020年8月31日に「セミリタイア」を宣言し、ネットニュース編集およびPRプランニングの第一線から退く。以来、著述を中心にマイペースで活動中。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットは基本、クソメディア』『電通と博報堂は何をしているのか』『恥ずかしい人たち』など多数。
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(ライター 中川 淳一郎)