(写真:筆者撮影)

3月のWBCでの侍ジャパンの世界一に始まって、プロ野球のペナントレースは観客動員1位を誇る阪神タイガースが、同じ関西のオリックス・バファローズとの「関西ダービー」を制して日本一に。「A.R.E.」は新語・流行語大賞を受賞。

夏の甲子園はエリート中のエリートの慶應義塾高校が107年ぶりの日本一、侍ジャパンは11月のアジアプロ野球チャンピオンシップでも優勝し、12月に入ると大谷翔平が10年7億ドル、日本円に換算して1000億円余の超大型契約で、ロサンゼルス・ドジャースと契約と、2023年はまさに「野球イヤー」ではあった。

筆者も大いに記事を書かせていただいたが、実はここまで盛り上がっているにもかかわらず、日本野球のバックヤードは暗澹たる状況なのだ。この現実から目をそらしてはいけないだろう。

すでに何度もこのコラムで書いてきたが、野球の競技人口には長期低落傾向が続いてきた。しかし、これだけ日本野球が盛り上がっているのだ。スポーツメディアだけでなく一般メディアも連日のように「野球」のニュースを報じている。さすがに、数字は動いているのではないか? そう期待をかけたくなるのだが……。

ここ10年の野球競技人口の推移

数字は冷酷なものである。小学校、中学校、高校、大学、それぞれの野球競技人口の推移を見ていこう。


中学の競技人口は、2014年には22万人あまりだったが今年は12.9万人になった。高校野球は2014年の17万人が今年は12.8万人に。小学校は12.3万人が10万人余(2022年)といずれも減少している。なお小学校は発表されていないが、筆者が関係者に確認したところ「増加していない」とのことだった。

そして大学だけが2014年の2.4万人余から2.8万人とやや増加している。最も競技人口が多い中学校の減り方が著しい。また大学以外の各カテゴリーも減少傾向にある。この数字を2014年を「100」として増減を見るとこうなる。


ここ10年、中学の減少率は41.5%、高校は24.6%、小学校は17.7%だ。

その中で大学だけが2014年よりも競技人口が増えているが、これは私学を中心とした新興大学が、学生数の獲得を目指して野球部員数を増やしていることが大きい。しかし大学も2018年をピークとして競技人口は足踏みを続けている。

子どもが野球を始めるのは、早ければ小学校の低学年、遅くとも中学生の間だ。高校に入っていきなり野球部に入る子どもは少ない。そんな中で2023年、中学の競技人口は12万9454人、高校は12万8357人と数字が近接している。

中学硬式野球リーグでも入団希望者は…

近い将来、中学の野球人口が高校を下回るようなことがあれば、高校野球の競技人口は一気に減少するのではないかという危惧があるが、実は中学野球には、学校部活のほかにボーイズリーグ、リトルシニア、ヤングリーグ、ポニーリーグ、フレッシュリーグなどの「中学硬式野球リーグ」がある。

これらは「野球塾」「野球予備校」と呼ばれ、強豪高校野球部への人材供給源となっている。中学硬式野球の競技人口は合わせて5万人程度とされる。この中学硬式野球が、今の甲子園を頂点とする高校野球を支えている。

筆者は今年6月、WBCで日本が世界一になってから、ボーイズ、リトルシニア、ヤング、ポニーの4リーグに「入団希望者は増えているか?」と問い合わせたが、ポニーを除く3団体は「増えていない」とのことだった。唯一ポニーだけが入団希望者が増えたが「WBC人気とは関係ないと思う」とのことだった。

小学校から大学までの競技人口は、2014年には54万人弱だったが、2023年には38.6万人に減っている(小学校の2023年の競技人口を10万人と設定)。減少率は、28.5%、この間、小学校から大学までの若者人口も1599万人から1510万人弱と減少してはいるが、減少率は5.6%にすぎない。

野球の競技人口の減少は少子化だけでは説明できないのだ。

「野球離れ」が止まらない背景

筆者はおよそ10年前からこうした「野球離れ」の主たる原因として旧弊な指導者の存在を上げてきた。


(写真:筆者撮影)

暴力、パワハラもいとわない「昭和の指導」、勝つためには一部の選手を酷使する「勝利至上主義」などが、特に母親の忌避感を招いた。「父親は野球をさせたいが、母親が反対する」などによって「野球離れ」につながった。

しかし、近年はこうした旧弊な指導者は大幅に減った印象がある。少年野球チームでも「全員試合に出場」「初心者は優しく指導」などを売り物にするチームも増えてきた。古い野球指導をする指導者は、ここ10年でかなり淘汰が進んだのではないかと思う。

しかし一方で前にも触れたが親の負担は、増える一方だ。「お茶当番」「遠征の送迎」などの負担に加え、野球用具の金額も高くなる一方だ。競技人口が減っているのだから、グローブやバットなどの生産数は減少する。メーカーは売り上げを維持するために価格に転嫁しようとする。

高校野球では来季から新たな規格の低反発金属バットを導入する。日本高野連は全国の加盟校の高校野球部に1校当たり2本(さらに追加で1本)、新規格の金属バットを配布すると発表したが、特に公立校の指導者からは「3本ではとても足りない。新しいバットは1本4万円弱もする。OB会に頼んでみるが、追加で何本購入できるかわからない」という声も出る。

さらに根本的な「野球離れ」の原因は「子どもと野球の接点が、どんどん失われていること」にあるだろう。

競技人口の統計には表れないが、日本の男の子は、小学校時代からひろく「野球遊び」に親しんできた。オバケのQ太郎やドラえもんなどの漫画に登場する子どもは放課後には「野球遊び」に興じた。

学校から帰るとランドセルを放り出して、グローブとバットを手に、仲間が待つ空き地に行って、日暮れまでバットを振り、ボールを投げてきたのだ。夜はビールを飲む父親の傍らで野球中継に見入っていた。そして翌朝学校に行くと「昨日のプロ野球で活躍した選手」のことが話題になったのだ。

実は昭和の時代は、スポーツ少年団に所属する小学生選手も、中学野球部員も、こうした「野球遊び」に飽き足らなくなったエリートたちだった。ユニフォームを着て野球をする子どもたちの背景に、その数倍にも達しようかという「野球予備軍」がいたことが、他のスポーツとの決定的な差だったと言えよう。

子どもたちの周りから姿を消した野球

しかし今や、プロ野球の地上波放送は特別な試合を除いてあまり放映されなくなった。30年ほど前には安定的に20%もあった視聴率が、21世紀に入って5%を切るようになったからだ。

また、バブル期以降、空き地にはさまざまな建物が立つようになった。公園は増えたが近隣住民の苦情などにより多くの公園が「ボール遊び禁止」になった。

子どもたちの周りから急激に「野球」が姿を消した。そして新たに「サッカー」「バスケットボール」などの他の球技が進出した。守勢一方の「野球」は、子どもの意識から急速に姿を消していったのだ。

サッカーやバスケットボールなどは、JFA、JBAなどの統括団体が、子ども世代の競技普及活動のために予算を割き、長期的な展望のある活動計画を立てている。サッカーは「キッズリーダー」、バスケットボールは「キッズサポーター」などのライセンス制度を敷いて、子どもの指導に一定の方針を立てて、指導をしている。指導方針の基本は「スキルの習得」以前に「サッカー、バスケットボールを好きになってくれること」になっている。

しかし野球ではそもそも「統括組織」がない。小学校、中学、高校、大学、社会人から独立リーグ、プロ野球まで、すべて別組織だ。「日本野球協議会」というプロアマが話し合う組織はあるが、日本野球界全体のことを主体的に考える団体はない。

各団体ともに危機感を抱いて、普及活動をしている。日本高野連は2018年に発表した「高校野球200年構想」の中で小学生への普及活動を奨励している。プロ野球も各球団が自身のフランチャイズで幼児向けの野球教室を行っている。東京六大学は今年から「グラウンド開放」で、子どもたちに遊び場を提供している。

それぞれの取り組みは確かに有意義で、日々進化しているとは感じるが、サッカーやバスケットボールでは、その競技が好きになった子どもたちに「次のステップ」が用意されるのに対して、野球はそれがない。

子どもの野球教室で野球好きになった子どもが、小学校の野球チームに入ろうと思っても、その学校にはもはや野球部がないことが多い。小学生が中学で野球をしようと思っても同様だ。また、チームがあってもその指導法が旧弊だったり、勝利至上主義的だったりすることもある。

「野球が好きでたまらない子どもを作る」という共通のプロジェクトを組んで、野球界が大同団結しない限り、ここまで盛り上がりを見せている「野球のエネルギー」を、有効活用する手段が全くないことに、筆者は隔靴掻痒の思いを隠せない。

大谷翔平のグローブ寄贈先が象徴すること

先日、大谷翔平が自身が契約する「New Balance」ブランドの軟式用グローブを全国2万校の小学校に右用2個、左用1個の3個、計約6万個を寄贈すると発表した。クリスマスのタイミングで、一部の地方には届いたようだ。筆者の住む市にも大谷のプレゼントが届いた。市は市役所でグローブを公開した。


大谷翔平が寄贈したグローブ(写真:筆者撮影)

そのグローブには「私はこのグローブが、私たちの次の世代に夢を与え、勇気づけるためのシンボルとなることを望んでいます。それは、野球こそが、私が充実した人生を送る機会を与えてくれたスポーツだからです。」というメッセージが添えられていた。

小学生の野球人口が10万人余であることを考えると、このプレゼントの巨大さがわかるが、プレゼントの送り先は各学校であって、野球団体ではない。野球の専門家でもない小学校側に活用法をゆだねることになるのだ。

大谷翔平という空前のスーパースターのプレゼントを受け取って有効活用できるような野球団体がない、という現実こそが、今の日本野球を象徴しているように思う。

(広尾 晃 : ライター)