塚本晋也、興奮の連続だったハリウッド映画出演。波打ち際ではりつけ…渾身のシーンにマーティン・スコセッシ監督は「エクセレント!」

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『鉄男』で世界が注目する監督となり、戦争三部作の1作目『野火』が第70回毎日映画コンクールで監督賞と男優主演賞、高崎映画祭で最優秀作品賞、TAMA映画祭で特別賞など多くの賞を受賞した塚本晋也監督。

2016年には、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙−サイレンス−』に出演。2018年、戦争三部作の2作目『斬、』を公開。

現在3作目となる『ほかげ』が渋谷ユーロスペースほか全国順次公開中。『ほかげ』は、第80回ベネチア国際映画祭で日本人初のNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を受賞している。

 

◆マーティン・スコセッシ監督自ら芝居の相手役に

2016年に公開された映画『沈黙−サイレンス−』の原作は、遠藤周作の小説『沈黙』。キリシタンの弾圧が行われていた江戸初期の日本に来たポルトガル人宣教師・ロドリゴ神父(アンドリュー・ガーフィールド)の目を通して、人間の弱さ、人間にとって大切なものは何なのかを描いたもの。塚本監督は隠れキリシタンのモキチを演じた。

「『野火』の撮影も終わってベネチア(国際映画祭)に出して。ベネチアが夏の終わりで、この映画は終戦記念日に絶対上映したいと思ったので、そこから次の年の8月までの中に、ちょうど『沈黙』の撮影がギリギリ入って、『沈黙』の撮影が終わったら、すぐに『野火』の配給のためのいろんな宣伝活動が始まったという感じでした」

――『野火』のときよりさらに体重も落として。

「はい。さらに体重を落としました。でも、本当に大事な映画だったので、できることは全部やろうと思っていました。それこそ本当に特別な時間でした」

――『沈黙』はオーディションだったそうですね。

「そうです。オーディションをやるという話が日本にいる海外のキャスティングコーディネーターと、日本のコーディネーターの人に来た感じで。僕は『フルスイング』(NHK)というドラマで、カタコトの英語しかしゃべれない教師役をやったんですけど、カタコトでも英語をしゃべったということで、オーディションを受けないかって言われたと思うんです。僕がスコセッシ監督が好きとか、そんなことは全然知らずに。

僕はスコセッシ監督だし、オーディションに受かる、受からないじゃなくて、とにかくスコセッシ監督に会いたいということで受けることにしました。最初はもうちょっとちっちゃな役だったので、現実性を感じてオーディションを受けたんですけどね。

最初のオーディションではスコセッシ監督はまだいなかったんですけど、キャスティングコーディネーターの方が、『この小さい役はとても良かったけど、もう1個大きな役をオーディションしてみないか』って言ったのが、僕がやったモキチという役で。

今度はスコセッシ監督に会うことができて、非常にすばらしいオーディション体験をしました。もうここでマックスだなと思って、そこから先は望まんと思っていたら、次の次の日ぐらいに受かったという話が来て。喜ぶのはいいものの、そこから5年間難航するんですよね」

――スコセッシ監督も塚本監督のことをご存知だったそうですね。

「はい。最初にオーディションで呼んだときは知らなかったみたいです。同姓同名だと思ったみたいで、行ってみたら『あれっ?』ってなって(笑)。『六月の蛇』と『鉄男』が好きだと言ってくれました。

だからもううれしくて、わりと無邪気に。もちろん緊張はしているんですけど、僕はあまりに緊張したり、あまりに好きな人に会ったりすると、何か妙に柔らかい気持ちになって砕けるんです(笑)。もともと人見知りなんですけど、何か柔らかい無邪気な気持ちになって、伸び伸びとオーディションができました」

――緊張すると何も言えなくなったり、ガタガタする人が多いと思いますが。

「普通はそうですよね(笑)。オーディションのときに着物を着ているのに靴を履いているのもなあと思って裸足になったら、それがまたちょっと自分の気持ちに良かったんですよね。裸足で豪華なホテルの一室に入ったとき、下がちょっとふかふかしていたんですけど何か不思議にいい感じが起こって。

スコセッシ監督は、最初は少し離れてこっちを見ているんですけど、(芝居のときに)監督が僕の相手役をやるんです。監督は芝居が自然でむちゃくちゃうまいので、こっちもそれに釣られて同じようになるわけですね。

自然なセッションができたときに、ものすごく喜びがありますね。ジャズのセッションって、きっとこういうものなんだろうなって思いました。『いいセッションだったなあ』と思って、『お宝十分です!』という感じでしたね(笑)」

――受かったと聞いたときは?

「それが、受かったと僕に伝えてくれたプロデューサーが怪訝(けげん)そうな顔をして、『ちょっと監督』って言うから落ちたと思ったんですよ。『みんながいるからここで言わないで』って。その顔からすると、落っこちたと思うじゃないですか。

そうしたら2人きりになったときに、『何か受かったって言うんですよ』って。だから『何でそんな顔をしているの?受かったんでしょう?』っていうのが最初だったので、ついぞ喜びを感じ損ねちゃったんですよ(笑)」

 

◆撮影は興奮の連続

1988年に原作を読んだマーティン・スコセッシ監督が、28年の歳月を経て映画化にこぎつけた『沈黙−サイレンス−』。塚本監督演じるモキチは、波打ち際で十字架にはりつけにされて命を落とすのだが、そのシーンの撮影時には全スタッフが泣いていたという。

――撮影はいかがでした?

「もう興奮興奮の連続でしたね。僕ははりつけになるシーンがあるんですけど、そのときに歌を歌うというのを自分が提案して、歌いたいって言ったんです。

最初の顔合わせで、主役2人(アンドリュー・ガーフィールド、アダム・ドライバー)と窪塚(洋介)さん、監督もいて。『歌の練習した?』みたいな気軽な感じで言われたので、『はい、練習しました』って自分で探した歌を歌ったんですけど、すげえ喜んでくださって(笑)。

他の俳優さんたちも、『おーっ!』ってなったので、ちょっと掴みはOKだったなっていう感触があって(笑)。これで出だしはOKだぞという感じがあったので、あとは一生懸命やればいいやって思いました」

――ロドリゴとモキチが額を合わせている写真も印象的でした。

「そうですね。あれも監督は、俳優の自由性を尊重するので、『おでこを合わせてください』と言う人ではないんです。とにかく頭からケツまで演技をしているうちに、自然におでこがくっついちゃって。

カメラが何回も何回もいろんな角度から撮っているので、それをうまいこと使ってもらって。この間にアダムさんがいるんですけど、その表情もちゃんといい編集をしてつないでいるんです」

――はりつけのシーンは打ち寄せる波がかなり激しくて驚きました。

「そうですね。水は危なかったです。僕もちょっと神経質になりました。演出は、『セリフを言って水がくる』というだけなんですけど、波がバーンと来るので、セリフが1個しか言えないんですよ、次の波が来るまで。

それで、鼻の中に水が入っちゃって、1回、1回咳き込んでしまうんです。咳き込みを立て直してセリフを言うと、もう次の波が来ているので、とにかく一生懸命やっているっていう感じですね。

あのシーンは結構危なかったです。演技じゃないですね(笑)。ただ水が来たのでそうなっちゃったっていうだけで。よくあのシーンを褒められますけど、あれは別に芝居がいいとか悪いとかじゃなくて、ただ自然にそうなっちゃっただけなんですよね。

むしろロドリゴとおでこくっつけるシーンは、思いっきり芝居を頑張ったんですけど、どっちかというと、皆さんはそのはりつけのシーンのことを言ってくださいますね(笑)」

――『野火』よりさらに痩せていましたね。

「そうですね。本当に40キロ台まで痩せちゃっていたというのと、メイクも施していますしね。自分でも最後にポチャッと落ちるときに、『うわーっ、自分のからだ痩せていてほっせえ』と思いながら水の中に落ちました。からだが紙みたいになっていて、波がくるとユラユラだって思いながら(笑)」

――スコセッシ監督はどういう風に感じてらしたのでしょうね。

「相当喜んでくださいましたね。監督は現場にいるというよりはモニターのところにいるので、はりつけのときもちょっとした丘の上のモニターのところにいたんですけど、丘からバーッと降りてきて、『エクセレント!』って、すげえ勢いで言ってくれて。僕は『いいことしたなあ』って、ちょっといい気持ちでした(笑)。

原作では歌うって書いてあったんですけど、脚本ではナレーションで『モキチは歌ったとさ』って書いてあったんですね。

でも、これは絶対に音として賛美歌が聞こえたほうがいいと思ったので、そういう提案をして、提案するだけじゃダメなので、ふたつほど当時歌っていた可能性がある賛美歌を用意したんです。一つは本当の純粋な賛美歌で、もう一つは隠れキリシタンが歌っていたという、賛美歌に全然聞こえない日本の『南無妙法蓮華経』に近いようなもの。

そのふたつを提案したら『どっちもいいですね』って言ったけど、モキチはもう死ぬことに決まっていて、隠れている必要がないので、思う存分賛美歌を歌ったほうがいいということで、まだ弾圧がない頃、みんなが歌っていた賛美歌を歌うということになりました」

――出来上がった作品をご覧になっていかがでした?

「僕は『いろいろおかしいところがあったら言ってください』みたいな、ちょっと意見を求められるような係になっていたので、最初に見たときはスタッフの目線で慎重に見ちゃったんですよね。なので、純粋に作品を見ることはできなかったんですけど、やっぱりすごい物量感だなって思いました」

――公開されてから7年になりますが、たまにご覧になったりすることはありますか?

「ありますね。そんな何度もではないんですけど、やっぱりあのときのことって夢だったんじゃないだろうなと思って(笑)。あんなすげえいいことが起こり得るかと思って確認したり。

最後に自分の名前が出るんですけど、あれは本当か、嘘だろうと思って見るとちゃんとSHINYA TSUKAMOTOって書いてあるっていうのをたまに確認して、夢じゃなかったんだと思うことはあります(笑)」

 

◆長年タッグを組んできた天国の盟友と…

2018年、塚本監督は『野火』に続く戦争三部作の2作目で、初の時代劇『斬、』を製作。この映画は、時代の波に翻弄され、人を斬ることに疑問を持つ浪人・都築杢之進(池松壮亮)と彼に想いを寄せる農家の娘・ゆう(蒼井優)をはじめ、彼に関わる人々を通して、生と暴力の問題に迫る衝撃作。

「この頃になると、小さいスタンスで、撮影期間も短く、どちらかというと俳優さんの演技の力に頼ることの比重を大きくして、池松(壮亮)さんと蒼井(優)さんの魅力を引き出すという形になっています」

――池松さんも蒼井さんも塚本監督とお仕事をしたかったのでうれしいとおっしゃっていましたね。

「池松さんがそう言ってくださっていたのはちょっとわかったんですけど、蒼井さんがそう言ってくださったのはちょっとびっくりしました。

もしかしたら違う世界の人だと思っていたので、お頼みしても返信もないかもしれないなと思いながらお頼みしてみたら引き受けてくださって。びっくりという感じですね」

――監督が思い描いた通りのキャスティングに。

「そうですね、キャスティングだけは、もう完全に思い通りに、絶対これだけはやらせていただきますね。どんなメジャーな映画でも、キャスティングは自分の思い通りにならなかったということはないです」

――『斬、』は、監督とずっと一緒に組んで音楽を担当されていた石川忠さんが亡くなられて、監督が石川さんの音楽を編集して完成させて、第51回シッチェス・カタロニア国際映画祭の最優秀音楽賞を受賞されました。

「そうなんですよ。石川さんの声は特徴があるので、空想の天国の石川さんと相談しつつ。『これ、どうっすかね?』って聞くと、特徴のある声で『そうっすね』みたいな感じで返事が来るので、『そうっすよね』とか言いながら並べていった感じですね」

――それで音楽賞を受賞されたというのはすごいことですね。

「よく考えたらそうですね。天国の石川さんもお喜びでしょう」

――石川さんへの監督の愛を感じます。

「そうですね、それまでずっと一緒にやっていましたし、『斬、』を作っているときはご存命だったから、石川さんに音楽を頼んでいたんですよね。作り終わる頃に亡くなられたので、ちょっと諦められない気持ちもありました。ほかの方に頼む気はまったくなかったですし。

それで、(石川さんの)奥さまにご協力いただいて、ご自宅にあった『鉄男』などかつての曲も、まだ使ってない曲ももらって全部聴いて、映像に貼り付けていきました」

『斬、』は、高崎映画祭最優秀作品賞、毎日映画コンクール男優助演賞、アジア・フィルム・アワード編集賞、芸術選奨文部科学大臣賞など多くの賞を受賞した。

©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

※映画『ほかげ』
渋谷ユーロスペースにて公開中
配給:新日本映画社
監督・脚本・撮影・編集・製作:塚本晋也
出演:趣里/塚尾桜雅 河野宏紀/利重剛 大森立嗣/森山未來

◆世界が少しでも平和でありますように

戦争三部作の3作目となる映画『ほかげ』が現在、渋谷ユーロスペースで公開中。この映画は、終戦後の闇市を舞台に、絶望と闇を抱えたまま混沌の中で生きる人々を描いたもの。

半焼けになった小さな居酒屋で、からだを売ることを斡旋され、絶望から抗うこともできずに生きている女(趣里)。闇市で食べ物を盗んで暮らしていた戦争孤児(塚尾桜雅)は、盗みに入った居酒屋の女を目にして入り浸るように。やがて若い復員兵(河野宏紀)も加わり、3人は仮の家族の様相になるが、復員兵の様子がおかしくなっていく…。

――『ほかげ』は、第80回ベネチア国際映画祭で日本人初のNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を受賞されました。

「ありがたいですね。本当にできたばかりだったので、うれしかったです。『斬、』から5年経ったので、さすがにみんな自分のことなんか忘れているんじゃないかなと思ったんですけど、とても温かく迎えてくださって。また帰ってきたなみたいな感じになりますね。

本当はこの間に、『野火』のときに出会ったノンフィクションの映画化で、すごく大きな規模の戦争映画を作ろうと思ったんですけど、コロナの影響で先延ばしになってしまって。また企画の立ち上げも、とても難しい企画だったので、小さな規模でできる闇市の映画を同時進行ではじめて、そっちのほうの準備が整ったので先に作ったという感じですね。

本当はその大きな規模の戦争映画で、炎のような映画を作って、その火を沈めるように、静かな『ほかげ』を作りたかったんですけどね。でも、その大きな戦争映画がなくても『野火』という映画があるので、『野火』と『斬、』と『ほかげ』で、三つの連関ができたなとは思っています」

――今、世界のあちこちでまた戦争が起きています。

「そうですね。日本がちょうど『野火』を作る頃から何だか怪しくなってきて。そのときはたしかに日本のことをずっと考えていたんですけど、世界中至るところで非常に危ない状況になってきているので、今の日本の危ない歩みと世界の危ない歩みが変なところで悪くマッチしないように祈っている感じです。

その願いとか祈りを込めて、わりと静かな気持ちで作ったという感じですね、この『ほかげ』に関しては」

©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

――戦争孤児を演じた塚尾(桜雅)くんもすごいですね。

「そうですね。まだ小学生ですけど、あの子は本当にすばらしい。最初から責任感ある感じで来たので、大人と子ども分け隔てしない演出で、大人と同じように演出をさせてもらってやっていました」

――盗みを働いて生きてきた戦争孤児が、いろいろな経験をしながら変わっていく。これからは真っ当に生きていけるんじゃないかとちょっと希望が見えました。

「そういう希望を託した感じです。自分の力で生きていくと決めて」

――俳優さん、皆さんすばらしくて趣里さんは声もいつもとは違いましたね。

「やっぱりすごいです。何か母性を感じさせるようなたたずまいと声ですよね。僕が言ったわけではなく、ご自分のプランで作ってきたので、すばらしいです。

僕は概要を説明するばかりなので。あとは1回テストというか、リハーサルは1日設けるんです。撮影していて、『あれっ?そういうつもりだったの?』、『えーっ、違うつもりでやっていた』なんて途中で気づいて撮影が止まったら大変なので、一応必ず1回軽くやるようにしています。

それで、『大体間違いないね』って確認しておいて、あとは本番のお楽しみで(笑)。あまり決め決めにしないんですけど、(撮影していた)去年の夏がむちゃくちゃ暑かったので、本当のセットで衣装を着てリハーサルをしてみたら、ちょっと暑すぎて途中でやめちゃったんです(笑)。あとは、ちょっと大事なところは口で説明しますって(笑)」

――監督は渋谷、東京のど真ん中で育っていますが、闇市の名残りはあったそうですね。

「はい。渋谷マークシティのところの前のガード下に傷痍軍人さんがいて、ふぞろいのガラクタのおもちゃを売っていて、そのガラクタを見るのが楽しみだったんです。

子どものときには、ここが闇市の名残りという意識はもちろんなかったですけど、今振り返ると、あれは紛れもない闇市の名残りだなっていう感じですね。その風景が、自分の子どものときのわりと大事な原風景みたいに、いつまでも残っていたんですね。それで、闇市の映画を作ることになって、つながってきた感じです。

ちょっと今の世の中に不安があるので、そういう祈りの気持ちみたいなのが伝わって、戦争があると、こういうことになってしまうんだということを実感として感じていただけるとうれしいです」

――今後はどのように?

「コロナのときにやりたかった、大きな規模の戦争映画というのが大事なので、本当にやるまでは、あまり口にしないようにしていたんですけど、今はもうしゃべったほうが、言霊が起こると思ってなるべくしゃべっています(笑)。

それがまず一番大事で、あとは、いただいた出演のお話で、その戦争映画と両立ができそうなものはお引き受けさせていただいて一生懸命やるということでしょうかね」

過激な衝撃作も多いが、穏やかな話し方と表情が心地良い。『ほかげ』は、監督・脚本・撮影・編集・製作のひとり5役。塚本監督ならではの独特のスタイルでこれからも作品を撮り続けて欲しい。(津島令子)