小室ファミリーと家父長制、地方出身の象徴ウッチャンナンチャン、山口智子主演ドラマに見る結婚観の変化…90年代芸能界はなにを消費していたのか
ロスジェネ世代、就職氷河期世代と言われる現在37歳~51歳の人々。社会の中心にいながら、ときに「お荷物世代」とも呼ばれる彼らは一体どんな時代を生きてきたのか。書籍『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』の著者で1973年生まれのライター速水健朗氏に、90年代の芸能界について話を聞いた。
24時間営業の資本主義のはじまり
――世代論の中でも「若者論」は常に注目を集めます。
若者論というのは、あくまで抽象的な言い方ですよね。なんならネットミームと思っていいくらい曖昧な言葉。常に需要があるのは、消費論としての世代論でしょう。新しい世代は新しい消費をするという、マーケティングの話。近年だと、稲田豊史の『映画を早送りで観る人たち』が大きな話題になりましたが、あれも新しい消費論です。
――本書にも時代ごとにさまざまな消費の変化が記録されています。
そもそも1980年から2020年代までの40年間を振り返る作業というのは、事件にしても流行にしても商品にしても、意図的に抽出しなければ1冊にまとめるのは不可能です。そういう意味で、この本で取り上げた事象は、僕自身が興味をひかれたことだけを並べて、意図的に歴史を再構築しています。もはや忘れられているけど、個人的に覚えておいてほしいこと、教えたいことだけを書いている。
ペットボトルが普及する前、人々はどうやって飲みものを買っていたのか、ペットボトルの水やお茶が販売されたのはいつか、みたいな。そういった細かい出来事の積み重ねこそが時代を反映していて、今につながっているんだと思います。あまりに有名な事件やニュースについては、ほとんど概要にしか触れていないのも、そういう意図があったからです。
――個別のテーマでいうと、コンビニについて書かれた「24時間営業の資本主義」のパートもおもしろかったです。
コンビニは80年代半ばに定着して、90年代に店舗数が増えました、理由としては、その時代、都市部に独身者が増えたから。独身者は昼とか夜とか関係なく出歩きます。コンビニに限らず、レンタルビデオ、ファミレスなんかも独身者に向けたビジネスでした。これらは需要のルートが繋がっていて、深夜にレンタルビデオ屋へ行って、帰りにコンビニに寄る、という。
若者の象徴だったウッチャンナンチャン
ブラックミュージック影響下のとんねるず
――そこからドラマ『ウッチャンナンチャンのコンビニエンス物語』(1990年/テレビ東京)の話になり。
当時のウッチャンナンチャンは、夢を持って上京した若者たちの象徴みたいな存在でしたよね。内村も南原も地方出身なので、彼らが東京に来て、そこで見聞きした風景をネタにしている。
ウッチャンナンチャンの内村光良(左)と南原清隆(右) 写真:Sports Nippon/Getty Images
――90年代のウッチャンナンチャンは、コントの設定がコンビニの客と店員だったり、喫茶店での電話の呼び出しなんかをネタにしていて、モチーフも世相を反映した時事ネタのお笑いでした。
お笑いの話でいうと、「とんねるずはなぜ高卒を売りにしたのか」というパートもあります。実際にとんねるずが活躍した1980年半ばは、統計の数字としては大卒よりも高卒のほうが多かった時代。ただし、テレビ局やレコード会社といった、いわゆる業界人は圧倒的に大卒でした。
都心で生まれ、文化資本のある家庭で育ったような人たちが多数を占める業界の中で、とんねるずの二人は文化系でもないし、東京でも郊外の出身で、10代のころからディスコで遊んでいるような不良だった。そういうストリートの感じを本人たちも売りにしていたし、世間も歓迎した。
――二人が出身の帝京高校や、石橋貴明は成増、木憲武は祖師ヶ谷大蔵と、地元をレペゼンしていたのも印象的でした。
それはブラックミュージックの影響ですね。ラッパーが出身地をレペゼンするのと同じノリ。芸としても、石橋はMCハマー、木梨はマイケル・ジャクソンのものまねをしていたり、とんねるずとして発表した楽曲もその当時ストリートで流行っていたブラックミュージックを取り入れている曲が数多くある。80年代後半は、とんねるずを通じてお茶の間にブラックミュージックが普及していたとも言えます。
――『とんねるずのみなさんのおかげです』のコーナー「ソウルとんねるず」も、アメリカのダンス番組『SOUL TRAIN』のパロディでした。
とんねるずのブラックミュージックへのオマージュは筋金入りで、2008年にDJ OZMAと結成する矢島美容室も完全にそうですよね。
芸能人の結婚会見と山口智子主演ドラマに見る結婚観の変化
――90年代の音楽シーンでいうと、小室ファミリーと家父長制というテーマもありました。
擬似ファミリー的な集団を率いた音楽プロデューサーというと、海外では60年代に音楽レーベル「モータウン」を運営していたベリー・ゴーディや、そのまま「フィル・スペクター・ファミリー」とも呼ばれたフィル・スペクターがいますが、小室哲哉も自らプロデュースする歌手たちと「小室ファミリー」を形成しました。小室哲哉を頂点としたファミリーの中で、その時々で小室の恋人であった女性が“プリンセス”として扱われる。そういうゴシップ的な視線を含めて、世間は楽しんでエンターテイメントを消費していた時代だったんです。
90年代を席捲した小室ファミリーを築いた小室哲哉氏(1996年の記者会見) 写真:Los Angeles Times/Getty Images
――トピックスごとに扱っている事象は違うのに、本を読み進めていくと、ジャンルや年代を超えて、テーマや問題がつながったりもしますよね。
それは全体を通じて意識した裏テーマですね。第1章は、目次としては「ピッカピカのニュージェネレーション 1980年代」となっていて、1980年代の出来事を取り上げています。たとえば、1985年に起きたJALの123便の墜落事故について。この事故では、捜索隊より先にテレビクルーのペリコプターが現場に到着して、その様子を生放送で伝えたという、テレビ史的にも重大な出来事でした。ほかにも、小学館の『小学一年生』のテレビCM「ピッカピカの1年生」シリーズがフィルムではなくビデオで撮影されていたとか、ファミリーコンピュータのブームとか。
要は、第1章というのは、個別には重大事件やゲームや芸能の話をしていますが、全体を通して読むと、テレビ論になっているんです。いかにテレビが現実を追い越していったのか、というのが裏テーマ。ちなみに、第2章は90年代をモチーフにしていますが、裏テーマは通信の歴史になっています。
テーマがつながるということで言えば、第1章では80年代には芸能人の結婚会見が生中継されていたことについて書きましたが、第2章では「山口智子の主演ドラマに見る90年代女性の働き方」というパートがあって、結婚観の変化も見てとれる。
山口智子が主演のドラマは、常に時代の転機になっていて、結婚観や子育て観についても更新して、主体性をある女性を体現する役を演じていました。こういういろんな接続を楽しんでもらえたらいいなと。
取材・文/おぐらりゅうじ