青木祐奈、本田真凜らフィギュアスケーターの光と影 戦いは全日本選手権へつづく
東日本選手権を制した青木祐奈 photo by Nakamura Hiroyuki
「全日本選手権」
それは、多くのフィギュアスケーターにとって、目指すべき夢の舞台と言えるだろう。国内で最高のスケーターたちが集う。競争も激しくなるが、それだけに心を揺さぶるドラマがいくつも生まれる。
全日本への道、そこに浮かぶ光と影とはーー。
11月4日、八戸。東日本選手権のシニア女子は、上位5人に全日本の出場権が与えられることになっていた。全日本出場へ、越えるべき試練だ。
「いつもはショート(プログラム)がよくて、フリーがうまくいかないんですが。今回は、フリーでできる一番の演技で、自己ベストを更新できました。思ってもいなかった全日本に出場できることが決まって」
三枝知香子(日本大)は、込み上げる喜びを口調ににじませていた。ショートプログラム(SP)は13位だったが、フリーは4位で大逆転。開き直った勝利か、総合4位に滑り込み、全日本への切符を勝ちとった。
もっとも、"逆転"は狙ってできるものでもない。「絶対に出たい」という衝動は先走らせ、焦りを生む。思うように体が動かず、ミスの沼にハマる。
たとえばこの日、思ったように力を出しきれなかった選手は、自分が許せないようにうつむき、コーチの励ましにもうまく反応できなかった。残酷なコントラストだが、その情景のすべてが全日本へつながるのだろう。敗れた者の記憶も、何らかの形で託されるのだ。【本当の戦いはこの先に】
「ジュニア1年目から全日本に勝ち進んで、あっという間。全日本出場は必ず勝ちとりたくて...」
本田真凜(JAL)はそう語っていたが、9年連続での出場権を得ている彼女でも、「今回の東日本は21年目のスケート人生で一番緊張した」と漏らすほどだった。最後まで自分を信じられるか。そのせめぎ合いに生じる情念にこそ、物語の筋はある。
5位となり9年連続全日本に進出した本田真凜 photo by Nakamura Hiroyuki
たとえば、会場の地元である八戸工大一高の聖前埜乃華はSPこそ15位だった。しかしフリーは地元の声援を一身に受け、8位と健闘している。その巻き返しは見事だった。彼女は、こうした大会をきっかけに強くなれるかもしれない。
なぜなら、声援を力にできる選手は、化ける可能性があるからだ。
世界女王で、全日本を連覇中の坂本花織やグランプリ(GP)ファイナル女王で昨年の全日本2位の三原舞依は、キャラクターこそまったく違うが、声援に力をみなぎらせる選手である。「かおちゃん、がんば!」「まいちゃん、がんば!」。その声援に心の底から感謝し、奮い立つ。肉体に残った力を渾身でしぼり出し、そのたびに強くなって、逆境にも立ち向かえるのだ。
「全日本にピークを持っていくのも大切で。今回の悔しい演技を、そこで活かせるようにしたいです。去年(全日本22位)よりも今年は成長しているし、全日本の舞台で、実力を発揮するだけ」
江川マリア(明治大)はそう言って、2位で全日本へ進んでいた。東日本を試金石にできるか。それも試練のひとつだろう。
GPシリーズに出ている選手の多くはシード権を持っていて、世界を転戦後、全日本に出てくる。そのライバルを上回るには、東日本の表彰台に甘んじているわけにはいかない。本当の戦いは先にあるのだ。
「東日本の初優勝はうれしいですが、フリーは自分が満足いく内容ではなかったし、悔しくて、思っていたのと違うなって」
そうはっきりと語ったのは、優勝した青木祐奈(日本大)である。トータル179.40点で2位に15点差以上つけての完全制覇だったが、昨年の全日本は191.89点をたたき出して7位に入っているだけに、立ち止まってはいられないのだろう。
今月11月のNHK杯にも出場するが、セカンドのループを得意とするなどスコアの積み上げ要素のある選手だけに、今後どこまで仕上げられるか。
「NHK杯には今も出る実感がなくて。これから3週間、準備する時間があるので。たくさんの方に成長した姿を見てもらえるようにしたいです」
青木は、学生最後の大会に挑む。彼女だけの物語があるはずだ。
大会会場は、入場無料で玄関の通路は誰でも通れるだけに、ファンも含めて人でごった返していた。競技後、戦い終えた選手同士、その家族や関係者が集い、そこかしこで話に花が咲いているようだった。ひとつの宴の終わりのようでも、始まりのようでもある。
会場の外はすっかり、日が暮れていた。暗がりに動く、いくつもの影があった。女子の次に始まった男子の順番を待つ選手たちが、夜の寒さを吹き飛ばすように汗を流していた。電灯の光に映した影が旋律に合わせるように動いて、地面を蹴る音がざっと鳴った。
「ひゅうひゅうひゅう」
縄跳びが空気を裂く音が重なり、あたりに響いていた。彼らが全日本への道を行く番だ。