東日本選手権で総合5位に入り全日本進出を決めた本田真凜 photo by Nakamura Hiroyuki

【親友とともに全日本へ】

 11月4日、八戸。東日本選手権では、シニア女子がしのぎを削っていた。今年12月、長野で開催される全日本選手権に向け、上位5人のみが勝ち抜ける。火花を散らす戦いだ。

 フリースケーティングで最終滑走だった青木祐奈(日本大)は、自身の演技を直前に控えていたにもかかわらず、逡巡はなかった。本田真凜(JAL)の更衣室に入って、「(後続の結果で本田が全日本に)行けたよお!」と涙を目に浮かべながら報告し、祝福した。自分のことでもないのに、同期の成功がうれしくてたまらなかったという。

「(本田)真凜ちゃんとは(ノービスの)小さい頃から高め合ってきて。真凜ちゃんがいたから、表現のところにフォーカスできました。彼女がいなかったら、今の私はいない、と思うほどで」

 東日本女王になった青木は、嬉々とした顔で言った。

 この日、本田は総合5位で、9年連続での全日本出場を決めた(※最高成績は2016年の4位、2020年は体調不良で棄権)。それは小さな金字塔と言えるだろう。天才性だけがクローズアップされてきた印象はあるが、才能だけでは継続的に全国の舞台に立ち続けられない。

「(青木)祐奈ちゃんは、私が全日本決まった時にはいつも泣いてくれて。ノービスから海外で一緒に戦ってきた親友。全日本に一緒に出られることができて本当にうれしいです」

 本田も語ったように、仲間意識は強い。そういう固い絆で、彼女は支えられているのだろう。涙目に映った戦友の姿に、"本田真凜というスケーターの真実"が投影されているのかもしれない。

【「すべて出しきる」覚悟の演技】

 ショートプログラム(SP)、本田は『Faded』で「スケート人生の光と影というか、小さな頃からの思いを曲に込め、自分の人生を表現したい」と意気込んでいた。

「小学4年の野辺山合宿からずっと一緒にやってきた同期も、今日明日で現役最後になるかもしれないって。そういうのを話す、大学4年生になりました。だから、今までやってきたことをすべて出しきれるように」

 その覚悟のたまものか、6分間練習では驚くほどジャンプの成功率が高かった。コンディションがよく、体もすぐ温まるのか。ピンクのダウンジャケットをすぐに脱いで、白を基調にブルー、パープルのグラデーションの衣装になると、空気が華やいだ。

 本番では、ミスもあった。たとえば3本目のトーループ、「自分から手をついた感じで、もったいない」と悔しさをにじませた。しかし、他はみごとに制御し、スピンはすべてレベル4で美しかった。東京選手権から積み上げてきた練習の成果を見せた。51.84点で、4位スタートだ。

「最近の試合のなかでは、落ち着いて演技できたかなって思っています。まずはショートが終わって5位までに入れるか、が大事だったので」

 そう語る本田は、自分と向き合っていたと言う。

「ジャンプの前には、注意点を口ずさんでいました。自分と話すことで、緊張をまぎらわせて。いい方向に転がっていたんですが、最後のジャンプで緊張してしまいました。でも、いい意味で、試合というのではなく、みなさんに喜んでもらえるように、という感じで滑れたと思います」


「一番緊張した」というフリーの演技 photo by Nakamura Hiroyuki

【21年目で一番緊張したフリー】

 もっとも、全日本への道は甘くない。

 自信があるはずのフリーで、緊張が再び押し寄せてきたという。本田に対するメディアの注目度の高さも大会では突出し、それが空気を重くしたのかもしれない。6分間練習では、リンクサイドにいた時から顔が強張っているほどだった。ジャケットのチャックを首元まで上げ、足を踏み鳴らし、熱い息で手のひらを温め、どうにか自分を保っていた。

「東日本は1年のなかでも一番緊張する大会で、1カ月前から夢に出るほど。スケート21年目で、一番緊張したフリーでした。ネガティブな感情がたくさん出てしまって」

 本田は言う。「失敗できない」という焦燥か。しかし、彼女は心をポジティブに変換するだけの経験を重ねてきた。パープルの濃淡を使い、ゴールドのストーンを散りばめた衣装でスタートポジションをとると、スイッチが入った。『マーメイド』のアリエルの役柄に没入し、表情が一気に輝いた。

「今日はお兄ちゃんが会場に応援にきてくれました」

 本田は笑顔で言う。

「ショート後も、家族からメッセージをもらって。みんながついている、自分ひとりじゃない、と思うことができました。まあ、自分もベテランと言えるほど長い間、スケートをやってきて、試合の持っていき方は知っているので。サルコウを失敗した時点で0コンマの点差になるとは思い、とにかく最後まで諦めず落ち着いて滑ろうと思いました」

 コレオでのロングスパイラルは美しかった。ダブルアクセルがシングルになるなどの失敗はあったが、粘り強く滑り続けた。そのおかげか、90.28点で僅差の総合5位をもぎとった。最後は、フィギュアスケーターとして生きてきた場数の勝利だ。

 競技後、通路で関係者に囲まれながら、会話を続ける本田は邪気のない笑みをもらしていた。重圧から解放されたのだろう。

「今日みたいに、何点以上取らないと(全日本に出られない)、という緊張のなかでの演技ではないので。しっかりと、強い自分を見せられるように頑張りたいです」

 本田は柔らかい声で、全日本に向けた抱負を語った。ようやく呪縛から解き放たれた。全日本選手権のフリーを、笑顔で終わることが目標だ。