アビスパ福岡にあって、浦和レッズになかったモノ「選手たちが恥ずかしがらず、いいものを表現ができた」
浦和レッズは、この大会で過去2度の優勝経験を持ち、今季J1でも3位(第31節終了時点。以下同)。対するアビスパ福岡は、これが初の決勝進出であり、今季J1での順位は8位である。
今季のルヴァンカップ決勝に駒を進めた2クラブを比較すれば、どちらを優位と予想する声が多かったかは、言うまでもないだろう。
だからこそ、浦和のマチュイ・スコルジャ監督は、この日の敗戦を繰り返し「Disaster」と表現した。Disasterとは、すなわち「災害」。よりこの場に即した日本語を当てるなら、「思いもよらぬ惨事」と言ったところだろうか。
試合は開始5分にして、浦和のゴールキックを中盤でカットした福岡が、わずか4本のパスでMF前寛之のシュートまでつなげる速攻で先制。これで主導権を握った福岡は、反撃を試みる浦和に対して効果的なカウンターを繰り出すと、前半終了間際の45+4分、カウンターで得た左CKの流れから最後はDF宮大樹が左足で押し込み、リードを2点に広げた。
福岡の最前線で体を張り、攻撃の起点となり続けたFW山岸祐也が、笑顔で振り返る。
「チームとして、やることがしっかりできたからゴールが決まったと思うし、それが結果として表れてよかった」
結局、後半に入って浦和がさらに攻勢を強めるも、反撃は1点止まり。福岡が2−1で逃げ切り、初戴冠を遂げた。
ルヴァンカップを制して初のタイトルを手にしたアビスパ福岡。photo by Yamazoe Toshio
スコルジャ監督曰く、「我々の強みは堅い守り」。にもかかわらず、前半に2点も失ってしまっては、思いもよらぬ出来事だったと言うしかない。
もちろん、福岡の視点に立てば、それは惨事どころか、クラブ史に残る歓喜の瞬間だったわけだが、いずれにしても大方の予想を覆す結果だったことは確かだろう。
では、なぜ福岡は戦前の予想を覆し、ルヴァンカップ初優勝を手にすることができたのか。
その要因について語った両チーム指揮官の言葉が、不思議なほど符合していたことは興味深い。
「先制されたあとはボールをキープしながら流れを変えようとトライしたが、ナーバスになってしまった。ハーフタイムで交代するなど対策しようと思っていたところで、前半終了間際にまた失点。2点差を追いつくのは大変な作業だった」
そう語るスコルジャ監督が、より重く受け止めていたのが、立ち上がりの1失点目。「決勝戦の立ち上がり5分で失点しまうのは、試合前の"メンタルの準備で何かが間違っていた"のだと思う」と、Disasterに至った理由を口にした。
一方、福岡の長谷部茂利監督が勝因として挙げたのもまた、メンタルの準備である。
「スタッフを含めて、選手たちがこの一戦にかける思いを恥ずかしがらず(に表現して)、泥臭く、自分たちができることをすべてやり尽くして、このゲームに挑んでいる。気持ちとか、心がつかさどるものは目に見えないが、そういうところで今日は"いい準備"ができて、いいものを表現できたと思う」
しかも、福岡にとっては、これが1996年のJリーグ参入以来28年目にして手にする初タイトル。つまり、試合前の福岡は、優勝とはどういうものかを知らないチームだったということである。
だからこそ、メンタル面でいい準備をし、強い気持ちで臨むことが必要だ。長谷部監督は、そう考えていた。
「いずれ(タイトルが)獲れると思っているクラブがあると思うが、それでは獲れない。我々には今回こういうチャンスが来て、クラブ一丸となって獲るんだという意気込みで乗り込んできた。
歴史のなかでアビスパは、J1の3大タイトルを獲れていなかったので、今日獲れずにまた、何年もずっと獲れないチームになるか。ここで獲ってまた来年も、そしてこれからも(ずっと)獲るんだというチームになるか、の瀬戸際だったと思う」
福岡が過ごしたJリーグでの歴史を振り返れば、J1でひとつのタイトルも獲れていなかったどころか、J1残留すらままならず、J2で過ごす時間のほうが長かった。
1996年にJリーグ新規参入を果たすも、一度もひと桁順位に上がることなく、2002年にはJ2降格。その後は3度のJ1昇格があったが、いずれも1年でJ2へ逆戻りとなっていた。
ようやく潮目が変わり始めたのは、長谷部監督が就任した2020年のことだ。
このシーズン、福岡はJ2で2位となり、J1へ復帰すると、翌2021年はJ1ではクラブ史上初となるひと桁順位の8位でフィニッシュ。昨季は14位だったが、J1 での連続3シーズン目を迎えた今季もまた、冒頭で紹介したとおり、ひと桁順位をキープしている。
長谷部監督の下、次々に歴史を塗り替える途上で手にした初タイトル。選手から「シゲさん」と慕われる52歳の指揮官は、「歴史は変わった」と力強く言い、こう続ける。
「クラブは前進し、上を目指す。そういう方向に向かったんじゃないかとうれしく思う」
福岡のクラブ史に、燦然と輝く1ページが記された。