プレミアリーグ第11節、15位のエバートンとのアウェー戦に臨んだ7位ブライトン。三笘薫は過去10戦中、先発は9度。途中でベンチに下がったことも1度しかない。この日も当たり前のように先発を飾り、フル出場を果たした。

 ブライトンの左ウイングには、よくも悪くも競争原理が働いていない。チャンピオンズリーグ級のチームを目指すなら、ライバルは最低でも1人はほしい。プレミアのウイングで最も格上の選手と思しきモハメド・サラー(リバプール)をも、三笘は出場時間で上回る。

 左サイドバック(SB)はもっと深刻な状況で、候補者3人が戦線離脱中だ。この日、左SBに入ったジェームズ・ミルナー(元イングランド代表)は、本来右SBか守備的MFだ。左SBとしては先日のチャンピオンズリーグ、アヤックス戦に続いての出場だったが、適任には見えない。ポジショニング、なにより三笘との縦の関係が円滑ではなかった。

 三笘が出ずっぱりになる理由がわかる気がした。三笘がいなかったら、左サイドは機能停止に陥っているだろう。三笘の左ウイングらしいプレーは、ブライトンの生命線と言える。ゴールへの最も確実なルートに見える。その機会をどれほど作ることができるか。


エバートン戦にフル出場した三笘薫(ブライトン)photo by Reuters/AFLO

 エバートン戦。最初にその機会が訪れたのは開始5分だった。パスカル・グロス(ドイツ代表)の縦パスを鼻先で受けた三笘は、そのまま軽やかなフットワークからトップスピードに乗る。対峙する相手右SBアシュリー・ヤング(元イングランド代表)に走り勝ち、背後を取ると、カバーに来たジェームズ・ターコウスキ(元イングランド代表)もわずか2タッチで抜き去った。ゴールライン際の最深部に進出すると、右足アウトで鋭角に折り返した。

 ゴール前にアダム・ララーナ(元イングランド代表)が詰めたが間に合わず、ブライトンはチャンスを逃すことになった。三笘のドリブルは完璧な軌跡を描いたが、速すぎて周りが追いつかなかったという印象だ。そのスピードとドリブルテクニックに、自軍の選手も、相手選手やグディソンパークを訪れた3万8683人の観衆同様に見入ってしまった。開始5分に起きた、まさに挨拶代わりとなるウイングプレーだった。

【精神の安定がプレーの安定を生んでいる】

 だがその直後、ブライトンはエバートンに先制を許す。すると試合展開もエバートンに傾いてく。ブライトンはいつものようにボールを保持したが、ひと言で言えば高級感に欠けた。三笘のウイングプレーがゴールへの近道であることは明白であるにもかかわらず、いい形でボールが渡らなかった。左ウイングの活躍には左SBとのコンビネーションが不可欠であることを再認識させられた。

 普通の左ウイングなら、次第に疲労でプレーのリズムを崩していく。それが顕著だと、後半の早い時間帯に、粘り強くプレーしても後半30分前後には交代を命じられるだろう。

 だが三笘の場合、満足なプレーができなくても、消えることもなければ、空回りすることはない。表情からもうかがえるように飄々と、淡々とプレーする。感情のコントロールができていると言うか、精神の浮き沈みやムラッ気というものを内包していないかのようである。

 集中力を欠いたプレーをすることがない。オーバーファイトしてカードをもらうこともない。そうした精神の安定がプレーの安定を生んでいる。90分プラスアルファ、それは確実に持続する。フルタイム出場にも納得がいく。

 それがこのエバートン戦が0−1のまま終わらなかった理由だ。三笘がフルタイム出場したことでブライトンは、勝ち点1を積み上げることができた。

 同点弾が生まれたのは敗色濃厚に見えた後半39分。右サイドでボールを展開していたパスワークが、マフムド・ダフード(元ドイツ代表)の左足を経由して、左で張って構える三笘まで大きく展開された。

 三笘にはエバートンの左サイドハーフ、ジャック・ハリソン(元イングランドU−21代表)がしっかりついていた。局面は1対1。三笘にとって結果を出すにはハードルの低い設定だった。この試合、三笘が対峙するマーカーと1対1になる機会が少なく、免疫が相手についていなかったことも輪をかけた。

 三笘はハリソンに対し、内を突くと見せかける動きをした。ハリソンには、それがフェイントには見えなかったのだろう。まんまとその罠に掛かってしまう。瞬間、ステップの踏み方を間違え、体勢を悪くした。

 三笘は「あっち向いてホイ」とばかり、マジックを発揮。ハリソンの逆を完璧に取り、縦に進出した。先発した左ウイングが、後半39分に繰り出すフェイントにしてはあまりにもいい切れ味だった。右SBヤングがカバーリングに入ったが、間合いを詰めきれず、三笘に折り返しを許す。

 その左足から放たれたマイナス気味の弾道が、ヤングの身体に当たりコースを変えると、次の瞬間、ゴールネットが揺れていた。記録はオウンゴール。しかし実質的には三笘のゴールと言えた。

 途中でベンチに下げるべきでない。最後まで使ったほうがむしろ三笘らしさは発揮される。エバートン戦は、三笘が自らのペースを持続させることに誰よりも長けた選手であることを証明した試合。それがエバートン戦の感想である。その精神の安定ぶりはどこからきているのか。日本人の目にもミステリアスに映る新種の左ウイング。興味は尽きない。