時計の針が22時を回って鳴り物を使った応援が禁止されるなか、阪神ファンで超満員の甲子園球場に地鳴りのような大歓声が沸き起こった。日本シリーズ第4戦、3対3で迎えた9回裏、一死満塁。今シリーズで不調の4番・大山悠輔が打席に向かう。

「(感情的には)別に何もないですね。ランナーを還す形だったので。それしか考えていなかったので」

 最終回にサヨナラ勝ちを狙った阪神は一死から1番・近本光司が四球を選ぶと、2つの暴投で三塁へ。オリックスは2番・中野拓夢、3番・森下翔太を続けて故意四球で塁を埋め、選択したのが大山との勝負だった。


9回裏、一死満塁からサヨナラ安打を放った阪神・大山悠輔(写真右) photo by Kyodo News

【一進一退の攻防戦】

 1点入れば終わりの状況で満塁策は十分に考えられる作戦だったが、大山にはどれほどのプレッシャーがかかっていたのだろうか。

「プレッシャーなんて毎日ありますから。いつもどおり、冷静に。そこで力んでたくさん失敗してきているので、より冷静にという気持ちを持って打席に入りました」

 オリックスは9回に投入した6番手ジェイコブ・ワゲスパックがコントロールに苦しみ大ピンチを招いた。満塁で迎えた大山に対して3ボールとあとがない状況に追い込まれると、ストレートを続ける。

 大山は1球見逃したあと、ファウルを2球続けて7球目。内角高めに投じられた148キロのストレートを引っ張ると、打球は三遊間を抜けてサヨナラ勝利を呼び込んだ。

「一人ひとり必死ですし。勝つために全員がひとつになってやっているので。とにかくどんな形であれ、勝ったことが一番です。チーム全員でつかみとった勝利だと思っています」

 前日、1点差でオリックスがモノにした第3戦以上に、この日は一進一退の攻防となった。超満員の観衆がとりわけ手に汗握って見入ったのは、阪神・岡田彰布、オリックス・中嶋聡の両監督による"采配合戦"だ。

 オリックスが5回途中、阪神が6回頭から先発投手に代えて2番手を送ると、ともにリーグ優勝の原動力となったリリーバーを惜しみなく注ぎ込んでいく。一方、攻撃では代打、送りバント、盗塁、ヒットエンドランなど、さまざまな手を打った。

 オリックスは7回、代打レアンドロ・セデーニョのヒットなどでチャンスをつくり、2番・宗佑磨がセンター前タイムリーで2点を加えて3対3の同点に。7回途中からマウンドに引きずり出した阪神の3番手・石井大智をイニングまたぎの8回に攻め、一死一、三塁のチャンスをつくると、中嶋監督は代走からレフトの守備に入っていた9番・小田裕也の打席でT−岡田を代打で送る。阪神の岡田監督が左腕の島本浩也を投入すると、オリックスは代打の代打・安達了一を打席へ。

 はたして、中嶋聡監督はスクイズを仕掛けるのか、強攻させるのか。一塁走者の廣岡大志が初球で二盗を成功させてチャンスを拡大したなか、中嶋監督が選んだのは強攻だった。

 が、結果はサードゴロで本塁突入した三塁走者の紅林弘太郎がアウトに。二死一、三塁となった直後、阪神の岡田監督は右前腕筋挫傷、左脇腹筋挫傷などから139日ぶりの復帰となる湯浅京己を5番手に送った。

「フェニックス(リーグ)でずっと抑えてたからな。状態とか、そんなん関係ないよ。ここまで来たら」

 昨年、最優秀中継ぎに輝いた湯浅の力を信じたことに加え、岡田監督は相手打線の並びを冷静に見ていた。

「ツーアウトで、左(打者)が続いて、(次は)右やったからな」

 湯浅は1番・中川圭太を1球でセカンドフライに仕留め、大声援を受けてベンチに戻った。阪神は9回表をクローザーの岩崎優が無失点に抑えると、その裏、4番・大山が殊勲打を放ってサヨナラ勝利。今シリーズの対戦成績を2勝2敗の五分に戻した。

【見応えある両監督の采配合戦】

「遅くまで、すいませんでした」

 試合後の勝利監督インタビューで謝罪から入ってスタンドの爆笑を誘った岡田監督は、裏の通路で待ち構える報道陣の前に現れると、次々と打った手の意図を説明した。最後、勝負を分けた9回裏の攻撃についてはこう話している。

「中野を(申告敬遠)やった時には、森下も敬遠と思ったけどな。まあ、1点勝負やからな、結局はな。でも(ワゲスパックは)フォアボールのあるピッチャーやからな。それはちょっと、どうかなと俺は思ったよ。逆にな。フォアボールがあるのにな」

 オリックスはセットアッパーの山崎颯一郎がコンディション不良からか、2戦連続でベンチ外となったなか、最終回に登板したワゲスパックの乱調が響いた格好だ。そうした起用も含め、両監督の「采配」が見どころとなった一戦だった。

 とりわけ勝負を分けたポイントのひとつが、前述した8回表だ。代打の代打が送られ、スクイズも想定されたなか、岡田監督はどう考えていたのか。記者に問われると、じつに興味深い回答をしている。

「采配てねえ、外れた時の大きさのほうを考えたら、なかなか出せんよ。そんな簡単にスクイズとかね、できないって。短期決戦では余計に。それで一気に流れもいってしまうわけやからな。それほどサインのひとつ言うたら、怖いことやから。そんな簡単にね、一、三塁やからセーフティースクイズとかって、できへんて。口で言うのは簡単やけど、見てるほうは簡単やけど、そんなんできないって。ひとつのミスが流れを変えてしまうんやから。今日のゲームを見たら、わかるやんか。ひとつのミスで、これだけゲームが変わるわけやからな。そんなん、簡単にサイン出されへんて」

 相手がチャンスで動いてくるのかどうか、心理状態まで踏まえて判断し、自チームの手を決めていく。「采配」にはそこまで含まれるのだ。ただ送りバントや盗塁、スクイズのサインを出すことだけが、監督の決断ではない。相手が動いてこないだろうと読めれば、勝負の流れに影響を及ぼせるわけである。

 セ・パをぶっちぎりで制したふたりの知将の真っ向勝負で生まれた、日本シリーズ第4戦の大熱戦だった。