文武両道の裏側 特別編 
柔道家・朝比奈沙羅(獨協医科大3年)×元プロ野球DeNA・寺田光輝(東海大医学部3年)対談 
後編/全3回

女子柔道世界王者の朝比奈沙羅さん(27歳/獨協医科大3年)と、元プロ野球選手の寺田光輝さん(31歳/東海大3年)はともに医師を目指して現在医学部に通っている。今回、そんなふたりの対談が実現。後編では、ふたりが思う「文武両道」やスポーツと勉強に励む子どもたちに伝えたいことを聞いた。


医学生の日々を語り合った元プロ野球選手の寺田光輝さん(左)と柔道家の朝比奈沙羅さん

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【テスト対策の秘策はドラクエ!?】

ーー医学部在学中で現在、たくさんのテストに追われているおふたり。中学生や高校生にも通用するような、受験やテストを乗り越えるアドバイスや必殺技はあったりしますか?

朝比奈沙羅(以下、朝比奈) 必殺技みたいなものがあったら、私が教えてもらいたいです。

寺田光輝(以下、寺田) 僕はアウトプットに尽きると思っています。神経のテストの時に、むちゃくちゃ勉強したんですよ。車の運転中も映像授業の音声だけを聞いていて、いい感じだと思っていたんですが、いざテストで書くとなったらなんにも書けなくて......。聞いたことあるぞ、で終わっちゃったんです。だからアウトプットしまくる。別に書かなくても、言葉にしたり、自分のなかで思い出したりする作業をやりまくる。

朝比奈 めっちゃ腑に落ちました。やっぱり資料を読んでわかった気になるけど、いざ想定問題とか過去問を見た時に「なんですか、これは?」という状態になっちゃう。だから、問題を解く時はわからなくても書くことがすごく大事だなって、寺田さんの話を聞いて思いました。取り入れていきます。

寺田 あと記憶する時には、資料のこのあたりに書いてあったなというイメージ記憶とか語呂合わせを使ったりします。

ーー具体的にどんな感じですか?

寺田 たとえば結核の治療薬の名前を覚える時には、ゲームの「ドラクエ(ドラゴンクエスト)」で語呂合わせをしました。「リファンピシン」という抗生物質がありますが、ドラクエに出てくる「リファ」っていう民族と結びつけて記憶したり、「ピラジナミド」という薬はピラミッドの砂漠のステージをイメージしながらとか......。

朝比奈 それって覚える量が増えちゃったりしてません?(苦笑)

寺田 僕だけがやっているのかなと思ったんですけど、慶応大医学部の先生がYouTubeで同じこと言っていたんですよ。アウトプットとの間にひとつ挟んで、関連づけて覚えることが大切だって。だから結核の治療薬が思い出せない時、「ドラクエ」を思い出せれば、ヒントも増えるんじゃないかなと。

ーー勉強中に「ドラクエ」のゲームをしたりも?

寺田 してないです。「昔取った杵柄(きねづか)」ってやつです(笑)。

【第2の人生を選べるアスリートが増えてほしい】

ーースポーツ界では今、ラグビー元日本代表の福岡堅樹さんが順天堂大で医師を目指していたり、東京大卒でプロ野球選手を引退した宮台康平さん(元ヤクルトほか)が司法試験に挑もうとしていたり、アスリートの新しいキャリア形成の動きが出てきています。そういう流れをふたりはどう見ていますか?

朝比奈 すごくうれしいですし、やっぱり自分は孤独だった感じがあったので、同じような方が出てきてくれると頑張ってよかったなと思います。「無理だ」と言われたままにしたくない気持ちがすごく強いので、そういう選手や元選手が増えていけば、無理じゃない証明になります。

ーー寺田さん、そのあたりは?

寺田 難しいですね。もちろん、宮台さんのことはもちろん存じ上げていましたし、聞いた時にすごいなと思いましたが、直接の知り合いではないので特別うれしいと感じたわけではないです。でも、そういう方が増えたらいいなとは思います。アスリートとして現役を終えたあとに、次はこういう仕事をしたいというのは何でもいいと思っていて、ただ、そこに思いきり進んでいける環境が整うといいなと。そして、それを選べるアスリートが増えてほしいですね。

朝比奈 うんうん。

寺田 やりたくもないという感じでセカンドキャリアを始めるんじゃなくて、次はこういうことをやりたいと思って次の人生を歩んでいくのが素敵だなと。

朝比奈 私たちは医学部に入ったからすごいと言ってもらえますけど、それはなんでもいいと思っています。ただ競技がなくなった時に、依存じゃないですけどその先になんにもない状況になってほしくない。だから、できるなら勉強しようねって思います。

【文武両道はいい意味で逃げ道だった】

ーー今のふたりにとって「文武両道」とはどんなものになりますか?

朝比奈 最近、自分と向き合っていろいろと考えることがあるんですが、文武の両方あったから、あんまり大きな挫折をせずにここまで来られたなと思っていて。もちろん、現役で医学部に落ちたり、五輪に行けなかったり、東海大を卒業後の医学部受験も何回も落ちていたりという苦労がありながらも、文武のどっちもあったからこそどっちかがしんどい時に、いい意味で逃げ道になっていました。そういう意味では文武両道は自分がいられる場所を増やすという感じですね。

ーー朝比奈さんにとって「文武」のどちらも自分の居場所だったんですね。

朝比奈 あと、小学生の頃から柔道はいつか引退する時が来るから、やめたあとの人生が長いというのを、漠然とですが現実的に考えていました。だから勉強は大事だなって。

ーー漠然としていたものがどんどん確信に変わってきていますか?

朝比奈 自分に自信が持てなくても、努力すれば必ずちょっとずつは積み上がってくるものだと思います。とくに勉強は、勉強したら勉強しただけ、点数もちょっとずつですけど上がっていく。やったらやっただけ強くなるのがわかるので、自分を好きになれる要因にもなるかなと思います。

 もともと自分自身にまったく自信がなくて、すごくネガティブなタイプなので、柔道もそうだし勉強もやっぱり自分が頑張った分だけ結果を出すことで、自信が生まれてきているのはあります。

ーー寺田さんはどうですか?

寺田 僕は文武両道が本当にわからないんですよ。でも、朝比奈さんが「いい意味で逃げ道になっていた」とおっしゃっていたとおり、僕も勉強をやりたくないと思った時には野球に逃げていましたし、野球はおしまいだと思った時には、じゃあ医師を目指そうという、ある意味での逃げがあった。あっちこっちに行っていたのが僕の文武両道だったのかなと。自分が逃げてきたから、今の子どもたちに文武両道をやりましょうとは自信を持って言えないし。文武両道ってすごく難しい話だと思いながら朝比奈さんの話を聞いていました。

ーー文武両道という言葉は、ポジティブな意味だけではないと。

寺田 そうかもしれません。でも今の日本においては、絶対に勉強はできたほうがいいのも事実だと思います。めちゃくちゃ賢くなるとかそういうことではなくて、競技に打ち込んでいる学生なら、赤点をとらないくらいの点数をどうやって効率的にとろうかとか、勉強の仕方を学んでおくだけでも、その競技が終わったあと、次のステップに進みやすいんじゃないかという気はしています。別に文武両道にする必要はないですけど、もう片方の準備をしておくことはすごくいいんじゃないかな。ちょっと偉そうなことを言っていますけど、僕が全然できなかったことを踏まえて、今はそういうふうに思いますね。

【悔しさが原動力「売られたケンカは買うタイプなので」】

ーー最後に、お互いに聞いておきたいことはありますか?

寺田 じゃあ、僕から。僕は競技が終わってから医学部へ進みましたが、朝比奈さんの場合、競技をしながらじゃないですか。そのモチベーションというか、そのタイミングを選んだ理由とは? たとえば、競技をやりきったあとに医学部に入る選択肢もあったんじゃないかなと思いますが。

朝比奈 たしかにそうですよね。

寺田 ラグビーの福岡さんも競技を終えてからです。唯一、朝比奈さんだけが本当に文武両道でやられてると思うんですよ。個人的にすごく興味があるので、その源にある思いを聞かせてもらえませんか?

朝比奈 悔しかったからですね。柔道では「勉強とか医学とか言って、よそ見をしてるから五輪に出れないんだよ」と言われて、逆に医学界隈からは「柔道の片手間で勉強しているようじゃ、医学部なんて到底無理」というふうに言われました。悔しいんだけどけっこう本質を突いているなんて自分で思えちゃったんですよね。だからこそ自分が両方を達成したら、みんななんにも言えなくなっちゃうんじゃないかと。それならやっちゃおうって。

寺田 なるほど。

朝比奈 そういうふうに言われて、前は泣いたりしてましたけど......今も思い出すと泣いちゃいそうなんですけど。父がけっこう熱血漢で「そんな人たちは無視して、前へ前へどんどん進んで行け!」というタイプなので、泣いても自分の道を進んでいこうと。小さい頃から反骨心は強かったので、自分自身が矢面に立っている以上は、私を見てくれている人たちにとって、憧れや理想の姿でいたいというがあったし、売られたケンカは買うタイプなので(笑)。泣いちゃうけど猛攻するというか、泣きながら強くなるってタイプ。だから今も泣きながら考え続けている感じなんです。

寺田 朝比奈さんは、本当に強いですよね。やっぱり自分は無理です。到底追いつけないです。

朝比奈 今度は私からの質問になりますが、寺田さんは部活を何かされてないんですか? 東海大は私も通っていましたがスポーツが強いですし、学部のほうでも、サークルのほうでも野球にはけっこう力を入れていると思うんですが......。

寺田 部活とかサークルは入ってないです。たぶん自分自身が適応できないんじゃないかなと。僕としては野球をするなら絶対に負けたくないと思うので、部活の雰囲気を壊しちゃうんじゃないかなと。

朝比奈 寺田さんは一途というか、なんていうか熱意がすごいですよね。

寺田 本当にその「武」の分を「文」のほうに振りきっていけたらと今は思っています。あと、自分は、朝比奈さんみたいに今はもう動けないですから(笑)。

終わり 

前編【<アスリート医学生対談>柔道世界女王で医学部合格の朝比奈沙羅に元プロ野球・寺田光輝は尊敬のまなざし「恐れ多すぎる存在です」】を読む

中編【<アスリート医学生対談>「勉強よりマウンドのほうが100倍プレッシャー」「私は柔道より勉強が...」元DeNA・寺田光輝と柔道家・朝比奈沙羅が語り合う!】を読む

【プロフィール】
朝比奈沙羅 あさひな・さら 
1996年、東京都生まれ。ビッグツリースポーツクラブ所属。小学2年から柔道を始める。渋谷教育学園渋谷中・高から東海大学体育学部を卒業し、2020年に獨協医科大学医学部に入学。2021年6月、現役の医学生として出場した2021世界柔道選手権ブダペスト大会の女子78キロ超級で優勝。

寺田光輝 てらだ・こうき 
1992年、三重県生まれ。小学3年から野球を始める。県立伊勢高校卒業後、2010年に三重大学教育学部に進学するも中退。2012年に筑波大学体育専門学群に入学し、野球部に所属。2016年にBCリーグ・石川ミリオンスターズに入団し、2017年NPBドラフト会議で横浜DeNAベイスターズに6位指名されて入団。2019年に引退。2021年に東海大学医学部に入学した。