坂口孝則氏が指摘。インボイス制度を巡る「対立」と「無関心」の構図
鈴木俊一財務大臣はインボイス制度の導入に際し、「事業者の立場に立って柔軟かつ丁寧に対応」していくよう岸田文雄首相から指示を受けたと述べた
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「インボイス制度」について。
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「正直、ほとんどの国民は何とも思っていないでしょう」。テレビ番組のコメンテーターにとっては禁句だ。政治家や企業の不祥事、芸能人の不倫、訪日旅行者の振る舞い......。MCから「許し難い」というコメントを求められ、電波に乗るのでほとんどのコメンテーターは非難する。しかし実際はさほど気にしていないし、どうでもいいと思っている。たぶんインボイス制度についても同様だ。
今年10月1日にインボイス制度がはじまる。みなさんが会社のカネで食事をしたとする。当然ながら飲食店から領収書をもらい、それをもとに費用を精算する。この消費税版だと思ってもらえばわかりやすい。
1000円の商品を購入すると、10%の100円を消費税として支払う。その際に「100円の消費税を払ってくれましたよ」と発行される証明書がインボイスだと考えてくれればいい。支払った側はその証明書があれば、消費税分が控除される。
それならすべての事業者がインボイスを発行すればいいじゃんと思うが、しかし、物事は単純ではない。これまで、年間課税売上高が1000万円以下の事業者は消費税の納税義務が免除されていた。つまり、お客から消費税分の100円をもらった後、年間売上1000万円超だったらそれを納税するが、1000万円以下だったら現実にはフトコロに入っていた。
しかも多くの場合、「この仕事は10万円ね」と依頼されて引き受けるとき、そもそもそれが消費税込みなのか抜きなのか合意していない。それが今後は依頼主から「インボイスを発行できなければ10%差し引いて請求してね」と言われてしまうと、単純に売上=年収が10%減ることになる。これはとても了承できない。
いっぽうで、インボイス制度に賛成の勢力は、これまでも消費税を納税している。なぜ弱小業者は消費税をもらっておいて、納税しないのだ? 課税の平等原則に反しているじゃないか、と怒る。そもそも年間売上1000万円以下なんて商売として成立していないじゃないか、と。
この両者の対立は深刻だ! 売買を仲介するサプライチェーンの世界では大変な状況になっているのではないだろうか! そう思って関係者数百人に訊(き)いてみた。しかし反応は芳しくなかった。こう言うと怒られるかもしれないが、ほとんどの関係者は認識すらしていなかった。
取引先は年商1000万円超がほとんどで、「インボイスを出せない個人タクシーに乗るときは注意しろって言われたくらい」だそうだ。また、稀(まれ)に年商1000万円以下の取引先があっても、消費税分を勝手に差し引くと優越的地位の濫用とみなされるので従来の取引を続ける、とも。
さらに、インボイスを出さない相手との取引でも6年間は控除を受けられるという経過措置もある。もちろん業界によっては大問題だろうが、冒頭の感覚を引き継ぐなら、企業間取引の大半はさほど問題なし、というのが多数派のようだ。私の認識が偏っていると言われれば甘受する。
それより私が驚愕(きょうがく)したのは出版社から聞いた話。某著者はお金持ちになる方法とか利殖の方法を書いてくれていた。でも年商が1000万円以下らしくて、インボイス発行の登録番号はないんだって。インボイス制度の開始は年商を上げる思考のキッカケにすべきと私は思う。
●坂口孝則(Takanori SAKAGUCHI)
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!
写真/共同通信