ローソンは「金しゃりおにぎりシリーズ」など6品目を9月13日から値下げした。写真は「焼さけハラミ」(同社提供)

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ローソンは「金しゃりおにぎりシリーズ」など6品目を9月13日から値下げした。写真は「焼さけハラミ」(同社提供)
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「ロスリーダー」について。

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「泣く子と原油には勝てぬ」。サプライチェーンと調達の世界ではこう言われる。原油が上がればどうしても関連コストは上昇する。これは環境として受け入れるしかない。するとあとは売価に反映するか、自社で損失を引き受けるか、取引先に泣いてもらうかだが、昨今は値上げできる雰囲気が整ってきた。世間の理解も、値上げがなければ賃上げできないと考えてくれるようになった。だから仕方ないよね、と。

ただし現在の日本では、実質賃金は上がっていないし、生活は苦しいというのが一般的な感覚ではないだろうか。値上げの時代には、むしろ値下げすれば訴求性がある。

たとえばイオン。トイレットペーパーや食用油などプライベートブランド(PB)の一部を値下げすると発表した。原材料価格が落ち着いているからだという。たしかに原油は、ロシアがウクライナ侵攻をはじめた2022年に比べると落ち着いている。トイレットペーパーに影響するパルプ、サラダ油に影響するキャノーラ(菜種)も1年前のピークほどではない。とはいえ物流費、人件費等は上昇を続けており、原価の面からみれば値下げを選ぶ局面ではない。そうであるからこそ、不意打ちのような値下げは相当な注目を浴びた。

あるいはローソン。「金しゃりおにぎり」シリーズや「これがチキン南蛮弁当」など、4%から20%値下げした。品目は6品と限られており、もともと高かった商品でもある。おにぎりの旧価格は税込み279円もした(!)。チキン南蛮弁当も724円だったしね。それに、ローソンは2022年には大幅に値上げをしている......が、それでも値下げのインパクトは大きかった。インフレとはいいながら、まだまだ低価格商品の魅力があるということなのだろう。

先日、私はドン・キホーテの新形態ショップ「ドミセ」(東京・渋谷)のオープン日に視察に行った(その後、大阪・八尾[やお]にも出店)。PB商品を中心にする店だ。当日は同社の関係者が集合し、「なんでこんな品揃(ぞろ)え少ねえんだよ」とか「こんなんで店舗をまわせんのかよ」と店内で侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしていたのが印象的だった。私は一般客にまじって、関係者が何を話しているのかじっくり聞いていた。なるほど、同店に懸ける熱情はホンモノだ。

ドン・キホーテなんてアジア圏からのインバウンドで安泰ではないかとも思えるが、同社(PPIH)の決算短信を読むと、意外なほど悲観的な記述がある。インバウンドは徐々に回復しているが、「消費マインドが低下し、企業間での価格競争が拡がることが予想され」るため、PB「情熱価格」を使い、お買い得感のある商品を提供し続けていく、と。

多くの企業が値上げに踏み切る中、もっとも効率的なマーケティングは、皮肉ではなく、一部の商品を値下げすることだ。そうすれば注目を浴びる。実際にこうして当連載でも取り上げてしまった。

わざと赤字や薄利を甘受する商品を"ロスリーダー"と呼ぶ。赤字でも薄利でも客を呼び込み、ついで買いを誘発すれば元は取れる。その意味で、現代は価格戦略が大変に重要な時代といえる。もはや実際のコストうんぬんではない。「値を下げて」でも、いかに「名を上げる」かという観点こそが大事になっている。

●坂口孝則(Takanori SAKAGUCHI) 
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!

写真/時事通信社