8月29日放送の日本テレビ「news zero」はジャニーズ問題に約25分もの時間を割いた。同日のテレビ朝日「報道ステーション」は約14分、TBSの「news23」は約17分取り上げた(編集部撮影)

「海外の人権問題は徹底的に批判するのに、もっと近くにあった問題はちゃんと取材して知ろうとしませんでした。なぜ『沈黙』してしまったのか、重く問われているという覚悟のもとに向き合っていきたいと思います」(日本テレビ「news zero」の有働由美子キャスター)

ジャニーズ事務所の故ジャニー喜多川前社長による性加害問題について、同事務所の設置した特別チームが調査報告書を公表した8月29日。夜に放送されたテレビ各局のニュース番組は、贖罪のコメントであふれた。

「外部専門家による再発防止特別チーム」(座長・前検事総長の林眞琴氏)の調査報告書は、ジャニー氏の性加害行為を事実として認定、「極めて悪質な事件」と断じた。未成年者に対し、強制わいせつ罪等に該当し得る性加害を長期間行い、被害者数は多数に上るであろうとした。

原因として、ジャニー氏の姉の藤島メリー泰子氏(故人)による放置と隠蔽や、「見て見ぬふり」を続けた事務所の不作為を指摘。加えて言及したのが「マスメディアの沈黙」だ。大半のメディアが沈黙し批判しなかったことから、事務所は隠蔽体質を強めたと分析している。

「もみ消しに加担」との指摘も

「事務所のアイドルタレントを自社のテレビ番組等に出演させたり、雑誌に掲載したりできなくなるのではないかといった危惧から、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道するのを控えていた状況があったのではないかと考えられ」、と「沈黙」の背景を推察している。

この「沈黙」は、国連の人権理事会「ビジネスと人権」作業部会の専門家が8月4日に発表した訪日調査終了時のステートメントに通じる。ジャニーズ問題についての記述の中で、「日本のメディア企業は数十年にわたって不祥事のもみ消しに加担したと伝えられている」と述べていた。

メディアはこのような指摘をどう受け止めるのか。NHKや日本テレビ、テレビ朝日などの主要テレビ局、さらには松竹や東宝などのエンタメ企業に見解を尋ねた。質問を送付したのは、特別チームの調査報告書公表前の8月21日。1週間ほどの期間を設けて各設問に書面で回答してもらった。

8月5日配信の『国連も調査「ジャニーズ問題」に企業はどう対応?』と同様、「性加害の問題についてジャニーズ事務所に問い合わせや確認を行ったか」などを尋ねるとともに、大きく次の2点を聞いた。

1つは国連の専門家のステートメントに盛り込まれた「もみ消しへの加担」についての認識だ。

判然としないNHKの回答

「報道が不十分だったのではないかとの指摘」と読み替えた局もあるが、日本テレビ、TBS、テレビ東京は「真摯に受け止める」と回答した。

ただ、守るべき「報道の自由」が事務所の圧力や事務所への忖度によって侵されることはなかったのか。自らを精査して内外に広く説明する必要がある。それは真摯に受け止めるというような受け身のものではないだろう。


テレビ朝日は、「被害に遭ったと告白した当事者の方々から、テレビでも報じられていれば、とご指摘されていることは重く受け止めております」と回答した。事務所との関係の深さから報道に後ろ向きとみられていただけに、多少踏み込んでいる印象を受ける。

フジテレビは、「『声を上げなかった被害者』も含め、被害にあった方々に寄り添って参ります」との姿勢を示した。

一方、回答が判然としなかったのはNHK。「性暴力について『決して許されるものではない』という毅然とした態度でこれまで臨んできました」と答えるにとどめている。

「もみ消しへの加担」と並んでもう1つ聞いたのは「今後の対応」だ。人権デューデリジェンス(自社や取引先における人権侵害リスクを特定し、防止や軽減策を講じること)を進め、ジャニーズ問題だけに限らず取り組む考えがあるのかを尋ねた。

この質問には、日本テレビが「人権尊重を重視しつつ取引先企業と対話を続ける」としたほか、フジテレビのように「人権侵害が起きないようなルール作りや研修を実施している」旨の回答があった。

「今後」の具体性に乏しい企業が多い

テレビ東京は、人権デューデリに関する政府のガイドラインなどを参考にしながら、取引先との対話を進めると答えた。


NHKは素っ気ない回答(記者撮影)

ただ、自社が解決すべき課題は何であり、それにどう優先順位をつけて進めるのかという具体性には乏しい。その点、スカパーJSATホールディングスの回答には具体性があった。現在の検討状況を示したうえで、期限を区切って人権デューデリを開始したいとの意思が明確だ。

今年度中に事業全体に関する人権方針の策定をするべく検討を進めていると、方向性が書かれている。人権デューデリについても方針を策定後、2024年度以降にリスクの高い取引から開始予定であると回答。優先順位をつけて何から着手するかを説明している。

エンタメ企業に目を転じると、今回質問の送付対象とした企業は総じて対応状況の説明に積極的ではないようにみえる。松竹は「児童への性加害は許されず、あってはならない」とする一方、ジャニーズ事務所への対応状況については回答しなかった。

東宝は、「取引先で起きた性加害を人権問題として捉えるか」という問いも含め、個別質問はいっさい未回答だった。なお、東宝はジャニー氏が演出等を手がけたミュージカル「ジャニーズ・ワールド」を興行するなどしている。

ジャニーズでの性加害問題をここまで拡大させることになった要因は自社にもなかったのか――。そうした視点で人権デューデリを進め、こうした事態を起こさせないようにする「当事者」としての責任が、メディア・エンタメ企業にはあるはずだ。

そしてその問いは、ジャニーズ事務所の取る対策をただ待っていたり、注視していたりするだけのCMスポンサー企業などにも向けられているのではないか。

(大塚 隆史 : 東洋経済 記者)
(緒方 欽一 : 東洋経済 記者)